成
長いようで短かった旅路の果て。
僕は今、一番最初に女神と出会った部屋にいる。
右手にもつ愛槍は壊れこそしていないが歪にひしゃげて、刃は赤くて黒い血に濡れている。
左手には魔王の生首。まだ、とれたてなので、赤くて黒い血が垂れている。
僕はすっかり変色してしまった "御神体" の前へ槍と首を差し出した。
「ただいま……女神さま」
「お疲れ様。タカヒロ」
静かに見守っていた女神が僕を労ってくれる。
「あなたは数多の魔物を討ち、見事に魔王を倒してみせたわ」
僕は足から力が抜けていくのを感じて、その場に座りんだ。
奇しくも、前世で倒れた時と同じ配置だ。
「たった一人の勇者が、悪しき集団を蹴散らしたのよ」
ただ、今度は腹が減っているわけではない。
むしろ、しっかりと満たされている。
「僕は、何者なんだろう」
原因は一目瞭然。己の足を見れば分かる。
魔王による最後の抵抗、魔砲による……
いや、もういいか。
村長の猟銃による凶弾が足に当たったのだ。
今も大量に出血している。
だというのに、僕はひどく冷静に流れ出る血を眺めていた。
「見てよ。黒い血だ」
ここに至るまで見飽きるほど浴びてきた血にそっくりなものが、僕の足から流れ出ている。
もう勇者の時間は終わった。
ボロボロの農具も、村長の生首も、母の亡骸も、すべて元通り。
だというのに、僕からは黒い血が流れ出ている。
……ああ、そういうことか。
「それでもあなたは勇者です、タカヒロ」
それでも──女神たちは消えるでもなく、確たる存在としてそこいて。
「おやすみなさい。願わくば……」
「クロはたかひろの事、一生大好きにゃん」
「シロもですわん。いつまでも待ってるわん」
三人はゆっくりと僕の前に手をかざし、確かな温もりをもって僕のまぶたを閉じた。
願わくば
もし、本当に生まれ変わる事ができるのなら
こんな風に、仲間と言える存在と
一緒に
──
────
──────
「……もし」
何だろう。誰かの声が聞こえる。
「もしもーし」
ゆっくりと目を開くと、女の人が笑っていた。
なんだかそれがおかしくて、こっちまで笑ってしまう。
「突然ですが、あなたには異世界でスローライフを送ってもらいます」
「あはは、唐突だね」
「持ち込むモノは私が勝手に決めました」
「クロにゃん!」
「シロですわん!」
「そして私です」
やれやれ、と空を仰ぐと無数の星が瞬いているのが見えた。
星の数は数え切れないほど多くて、きっと世界中の人がひとつずつ手に取ってもたくさん余る。
今、僕が立っている大地もその星のひとつ。
僕は僕の世界を、これからも守り続けよう。
おわり。