九話、それは余りにもかけ離れた
魔法水晶は資料を選んだ翌日には出来上がっていた。
緋色は盾を、鳴はホルスターのように水晶のついたベルトを、真中は杖を、そして統也はグローブを受け取る。
「あんたら……本当にいい根性してるねぇ、戦いたくて目を輝かせるなんて」
「だって!これで私が一番強くなったんですよ!」
「だって!これでボクが一番強くなったんだよ!」
「だって……これで私が一番強くなったから……」
「だって、これで俺が一番強くなれましたからね」
声を揃えて同じことを言う、あの真中でさえまっすぐに自分が強いと信じている。
我が強いのは魔法使いの性だ、真面目だろうが、無邪気だろうが、面倒くさがりだろうが、謙虚だろうが関係なく、心の底では
自分こそが一番であるべきだ
そう思って憚らない部分があるのだ。
故に四人は笑って顔を見合わせる、選んだ魔石は教えあった、ならば既に不意打ちも邪道もなく正々堂々と
戦うのみであると。
「本当にいい顔だね、まあそりゃ新しい玩具貰えば喜ぶのが子どもさね、存分にやっちまいな!」
ミルンもまた、それを楽しむのだ派手にやらかしてこそ魔法使いだろうと。
魔法水晶による補助は戦闘を劇的に変えた。炎を出すだけだった緋色に指向性や物理的な防御力がつき、鳴もまた指向性と自身の移動速度に磁力を上乗せして更に速く、真中は新たな視点を作ることでより死角をつくように、威力を高めた攻撃を行う。
飛び交う炎の槍、隙を突いたり全方位を囲むように飛び出す水の棘、それらを捻じ曲げ、避け、縦横無尽に飛び回り近距離で放つ高火力の雷、天変地異を起こしていると言っても過言ではないほどの破壊的威力の嵐。
それらに対しひたすら回避行動を取る統也だが以前と同じ移動方法だけでは簡単に捕まる、その瞬間、彼は消える、瞬間移動だ。
あらかじめマーキングしていた場所に自身の場所を動かす『空間転移』の魔法水晶の力だ。マーキングできる数は最大三つと限られているがマーキングするのは空間でも、小石でも構わない。故に握り込んだ手に小さな鉄の塊をいくつもつくり、窮地に陥れば本命を紛れさせながらばら撒き転移する。
「んぁー!もう!三個しかマーキングできないって言ってもどれについてるかわからないじゃん!」
「あんなに量があったら……マーキングの時に光るって言ってもどれだかわからないし……厄介……」
「厄介は真中に言われたくないな、背中側からの攻撃とか意地が悪いぞ」
「統也もだけど鳴もせっかくの槍が当たる気しないー!」
四人が思い思いの愚痴をこぼす、その中でも統也への当たりが強いのは彼のもう一つの魔法水晶のせいだ。
鳴や緋色の攻撃をかわしながら位置を調整し、真中へも攻撃が向くようにする、真中の物理的な壁は水だ。緋色の槍が速く放たれれば貫通する、射線上に統也と真中が重なれば勝機とそれだけ緋色は大量の槍を放つ。
それを避けるために移動した真中の足下、そこには最初の移動のために使った鉄球がある。
「「あ」」
真中の背後に統也が現れたのを見た鳴と緋色は小さく声を出す、だがもう遅い。統也の右手が銀色に輝く、上方に視点を作っていた真中が、慣れない視点の処理のせいで一瞬遅れて反応し、魔力で障壁を作る、それすら無意味。
筋力に優れていたり毒を放つような相手には決して使えないが、こと人間相手、魔法使い相手ならば必殺の一撃。
『魔力消滅』読んで字の如く、魔力を強制的、かつ瞬時に空の状態へ持っていく魔法水晶。ただし対象は使用時に体の一部にまとった銀光に触れた相手のみ。
魔力の障壁を触れただけで消滅させて、真中へと真っ直ぐ伸びた腕がその魔力を消しとばす。
魔法を否定する接近戦、それは普通の魔法使いとはかけ離れた在り方。
「まず最下位脱出っと」
不意打ちに成功した統也がようやく声を発する。
「それはいいけど……手……どけて」
目は隠れて見えないが明確に上目遣いで睨んでいるとわかる声音、それもそのはず、統也の掌は真中の胸に当たったままだ。
「うわー!意地悪な技だと思ってたらエッチな技だった!」
「ちがっ鳴!違うから!」
「統也!?まさかそんな目的で!?」
「ちーがーうー!そんなはず無いだろ!」
鳴がわーわー言いながら紫の髪が空中でただの線にしか見えない速度で飛び回り、緋色は髪と目だけでなく顔まで赤くなっている。
統也はと言えばまじめにやったのに茶化されて焦ったこと、最下位脱出で少し何か重荷が落ちたのか久々に素の子供らしさが出てしまっている、それを真中は見逃さない。
礼子という保護者がいなくなってから自分たちのために大人であろうとしてるのを真中は許せない。
「こういうのは……二人だけの時に……ね?」
「わー!えっちだえっちだー!」
「え?え?そういう事だったの?二人って、気づかなかった」
「鳴うるさい!緋色もそんなんじゃないから!てか真中は何で急にそんなこと言ってるの?早く手離してくれ!」
からかう為に真中がぎゅと統也の手を自身の胸に押し付けている、焦った統也は手を離したくても強く振りほどくこともできず、転移することも頭からは抜けている。
その頭の回らなさも、騒ぐ姿も三人に頼られる自分であろうと無理をしていた統也とはかけ離れている。
わーわーと騒いだ挙句、結局その模擬戦は流れてしまったが、視点を作ることができ、不意打ちに強い真中を倒した。それはそのまま戦えば対人特化の統也が勝利する事は決まっているようなものだ。
その後、統也の『魔力消滅』を喰らうとその後の模擬戦ができない事を考えて明日からのメニューの変更などが告げられ、机上研修となった。