コタツと軍団長
とりあえず、春にやらなければいけない仕事がある。
それは屋敷中のコタツを片づけることだ。
節目で片づけないと、出しっぱなしになるからな。
そういうわけで、俺はレギンレイヴ、鬼人族メイドたちを従え、屋敷の各部屋をまわった。
抵抗は激しかったが、コタツを一つ、また一つと片づけていく。
難関と予想された宴会を続けているドースたちのところのコタツは、ヒカルとヒミコを囮にした作戦で突破した。
マルビットがコタツの中に潜り込んで抵抗したが、こちらにはレギンレイヴがいたので強制撤去となった。
許せ。
コタツとはまた次の冬で会えるさ。
予想外に難敵だったのが、グーロンデが屋敷で使っているコタツ。
オルトロスのオルが、激しく抵抗した。
なんでもオルは、このコタツをグーロンデ、ギラル、グラル、そしてオルの家族団欒の象徴と思っているらしい。
それを取り上げる俺は、すごい悪人に見えていることだろう。
遠慮なく吠えている。
オルよ。
あまり上下関係を言う気はないが、この屋敷の主は俺なんだぞ。
それに、この部屋だけコタツを残すといろいろと面倒だぞ。
絶対、コタツを求めたメンバーがここに集まる。
そうなれば家族団欒も守れないと思うんだが?
あと、村にあるグラル用に建てた家、そこにもコタツはあるだろ?
そっちの撤去は俺じゃなくて、グーロンデの判断だぞ。
最近はずっと屋敷にいるけど。
俺の説得は通らず、結局はグーロンデがオルを宥めて、なんとか回収……
グーロンデ、ギラルがコタツ布団を掴んで離さないんだが?
「ギラル?
ああ、ずっと宴会に行っているドラゴンのことですね」
……
ギラル、グーロンデがめっちゃ怒ってるんだけど、なんでだ?
食事の件での喧嘩は収まったんだよな?
まだ続いているのか?
そうじゃない?
とすれば……
ギラル、ずっと宴会に参加していたけど、グーロンデに断ってなかったのか?
まさかな。
頼むから、違うと言ってくれ。
目を逸らすな!
でもって、コタツ布団から手を放せ!
コタツで家族団欒をもう一度?
だから、片づけるのは待ってくれ?
…………
一日だけ待つことになった。
なんとか仲直りしてほしい。
オル、グーロンデの味方なのはわかるが、ギラルに吠えるのは手加減してやりなさい。
ギラルも反省しているだろうから。
……反省してるよな?
グーロンデのところのコタツを除いて、残るは俺の部屋のコタツ。
まあ、問題はないだろう。
普段使っているクロとユキも、俺たちが来たらコタツから出てくれたしな。
素早く片づけよう。
……
クロ、ユキ。
俺たちがコタツを運ぶたびに、キュンキュンと悲しい声で鳴くのはやめてくれないかな。
そ、そんな目をしても駄目だぞ。
しかし、まあ……その、なんだ。
グーロンデのところのコタツを片づけるまでは、置いておくとしよう。
明日は片づけるからな。
俺と一緒に行動していた鬼人族メイドたちがなにか言いたそうだが、なにかな?
「村長はクロさんとユキさんには甘いです」
……
うん、自覚してる。
ヴェルサは椅子に座り、膝の上に猫を乗せてボーっとしていた。
呼びかけても反応が遅い。
例の趣味を完全に封印したからだろうか?
萎れた花のようだ。
始祖さんに相談したいが、海岸のダンジョンでヴェルサと話し合っているあいだの仕事が溜まっており、しばらくは村に来られないと連絡を受けている。
ヴェルサに村を案内する途中で、俺と交代しなければいけなかったぐらいだからな。
村で受け入れると決めたからには、このまま放置というわけにはいかないだろう。
さて、どうしよう。
……
なぜ、そこまで影響のある趣味を封印してまで、魔神に仕えし三十七人の軍団長の一人というのを秘密にしなければいけないんだ?
特にザブトンに対して。
まさか、軍団長の一人ってことが嘘とか?
いや、それはないか。
つき合いは短いが、ヴェルサが始祖さんに嘘を吐き続けるとは思えない。
じゃあ、どんな理由だ?
反応の遅いヴェルサから、根気強く聞きだした。
魔神はとある戦いの前に、自身が敗北することを予感していた。
そこで、三十七人の軍団長に遺言らしき命令を残した。
例えば、「北の小勢力をまとめろ」。
例えば、「南の砦を守り、誰にも渡すな」。
例えば、「西の地に潜伏し、時を待て」。
時間がなかったのか、簡単な命令ばかりだった。
そんななか、ヴェルサに残された命令は「軍団長であったことを忘れ、自由に生きろ」だった。
……なるほど、魔神に仕えし三十七人の軍団長の一人と名乗るのは命令違反なわけだ。
だが、ヴェルサとしてはこれまで共に戦った魔神やほかの軍団長を忘れることはできず、身を隠しながらも軍団長を名乗り続けたのか。
…………
確認だが、それをなぜザブトンに秘密にする必要があるんだ?
まさか、ザブトンも軍団長の一人なのか?
違う?
そうだよな。
ザブトンがそんな物騒な集団の一員とは思えない。
軍団長なのはフェニックスの雛のアイギスと妖精女王?
……
………………
アイギスは、少し前まで飛ぶより地面を歩くほうが速かった鳥だぞ?
妖精女王にいたっては、子供と遊ぶかパンケーキを食べてるかの自由人だし……
その二人が軍団長?
冗談だろ?
アイギスが弱いのはまだ雛だから?
いや、まあ、そうだろうけど……雛だから過去の記憶も戻っていない?
大人になって記憶が戻れば国を燃やし尽くす空の王?
記憶が……まさか、大人になれば人格というか鳥格が変わってしまったりするのか?
アイギスがアイギスじゃなくなってしまったり……それは大丈夫?
大人のときも今みたいな感じの鳥だったと。
それに過去の記憶が戻るとしても、かなり先の話……ああ、五~六百年も先の話なのね。
よかった。
……よかったのか?
ちょっと不安だ。
今度、アイギスを撫でておこう。
それで、妖精女王は神出鬼没の妖精たちを率いて縦横無尽に相手を苦しめていた?
いや、まあ、たしかに妖精女王の能力を使えばそれも可能か。
軍団長の中でも、五~六番目ぐらいに怖い存在だった?
想像できないな。
ここじゃ、遊んでいるか、ぐでーっとしている姿しか見てないからな。
いやいや、ヴェルサが嘘を吐いているとは思わないさ。
しかし、妖精女王が軍団長なら、そっちにも秘密にしないと駄目じゃないのか?
妖精女王はほかの軍団長のことは気にしないタイプだったし、いまもそうだから、こっちから余計な過去話をしなければ問題なしと……
なるほど。
ふーむ。
アイギスと妖精女王が軍団長か。
人に歴史ありだな。
いや、フェニックスと妖精に歴史ありだな。
……
話がそれてしまったが、どうしてザブトンに秘密にする必要があるんだ?
それは言えない?
いや、まあ、無理に聞き出そうとは思わないが……
これだけは確認させてくれ。
……ザブトンが実は魔神とか?
違う?
よかった。
ところで、ヴェルサの膝の上にいるライギエルよ。
さっきからいろいろと主張しているが、どうした?
俺たちがライギエルと言っているのは魔神のことで、お前のことじゃないぞ。
あんまり激しく暴れると、ヴェルサに神猫とか言われるからそのぐらいにしろよ。
「猫は猫だ。
よしよし」
わかってる、冗談だ。
ああ、顎下を撫でてもライギエルは喜ばない。
撫でるなら背中だ。
もしくは後頭部。
待て、額は上級者向けだ。
下手に撫でると引っかかれ……馬鹿なっ!
ライギエルが喜んでいるだと!
俺でさえ、あそこを撫でるのには時間がかかったというのに!
ヴェルサ、偉業だぞ!
もう少し嬉しそうに撫でるんだ!
どうだ?
元気が出たか?
……駄目か。
うーん。
どうすればヴェルサが元気になってくれるのか。
例の趣味を解禁すればいいのはわかっているが、それは悪手だと確信できるしな。
少し考えるとしよう。
次の日の昼。
俺の部屋のコタツに、マルビットが入っていた。
うん、こうなるのはわかっていた。
グーロンデのところのコタツを片づけたら、こっちのコタツも片づけるからな。
オーロラやローゼマリアを仲間に引き込んでも駄目だぞ。
オーロラ ティアの二女。(三歳)
ローゼマリア グランマリアの娘。(一歳)
マルビット 天使族の長。