貴族娘秘話?
シャシャートの街に着いたら、中央北側にあるビッグルーフ・シャシャートに行くことをお薦めする。
どんな場所かって?
街の中の街かな?
わけがわからないだろう?
大丈夫、行けばわかる。
見た事もないほど大きい建物だ。
そのビッグルーフ・シャシャートに行ったら、是非食べて欲しいのがカレー。
香辛料をたくさん使ったスープに、パンを浸して食べる料理なのだが、これがまた美味い。
我を忘れるぐらい美味い。
俺も初めて食べた日は、三回も列に並んだ。
ああ、カレーを売っているマルーラというお店は自分で並んで購入しなければいけないお店だ。
ちょっと変わっているだろ?
椅子もテーブルもあるんだぜ。
なのに、並ばないといけないのはどうしてだろうって俺も思った。
けど、答えは簡単。
そこはお店だけどお店じゃない。
屋台なんだ。
屋台なら、自分で並んで買うのも普通だろ?
列に並んでいる時、常連っぽい人にそう教えてもらって、俺も納得した。
そのカレーなんだけど、パンじゃなくて他のお店で買った食べ物を浸しても美味い。
もちろん、浸すんだから固形物だぞ。
香草と一緒に焼いた鳥肉とかな。
他のスープを混ぜるのはあまりお薦めしない。
薄くなるだけだ。
やめておけ。
ああ、経験談だ。
でもってだ。
マルーラのカレーはカレーで美味いんだが、そこはカレーだけで商売をしているわけじゃないんだ。
ピザ、揚げ物、丼物、そしてパスタがある。
ああ、ちゃんと一つずつ説明しよう。
まず、ピザ。
平らにした生地の上に、具を乗せて焼いたものだ。
この上の具の組み合わせによって味が変わる。
昼のランチタイムはお店が決めた味になるけど、夜はある程度注文が出来る。
好き嫌いがあるなら、夜の方がお薦めだ。
どんな具があるんだって?
そりゃ、トマト、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、イモ、ニンニク、香草。
野菜だけじゃないぞ。
薄く切った肉とか、煮込んだ鳥肉とかも美味いぞ。
半熟の卵を落とすかどうかで議論してるヤツもいるな。
でも、ピザに欠かせないのはチーズだ。
チーズをタップリ。
これがピザだ。
次に揚げ物。
具材に小麦を塗して、卵を溶かした汁で包んだ後、パンを細かく砕いた物を塗し、油で煮た料理だ。
油で煮るのを揚げるってんだ。
だから揚げ物。
そんなのが美味いのかって?
メチャクチャ美味い。
揚げ物は、一皿にドーンとでっかく出る豚肉のカツ、牛肉のカツがあるんだけど……
カツってのは、揚げ物の料理の名前だ。
マルーラの人間がそう言ってた。
そういうもんだって思っておけ。
話を戻すぞ。
串カツってのがあるんだ。
こう一口サイズに切った具材を、串に刺して出してくれる。
具材は、豚肉、牛肉、鳥肉に、タマネギ、レンコン、ナス、シイタケ、トマト、卵。
魚を切ったのもあるな。
あと、練り物って言って、魚の身を捏ねて固めた物とかも美味いぞ。
ああ、そのまま食べるんじゃないんだ。
食べる前に、ソースをかける。
これがまた美味い。
どう説明していいかわからないぐらい美味い。
当然ながらソースの作り方は店の命だ。
どれだけ偉い人が頭を下げても、教えてもらえない。
せいぜい、小瓶に分けてもらえる程度だな。
それでも、大喜びしてた。
凄いだろ。
ただ、油で揚げているから、食べ過ぎに注意って店の連中は言ってる。
ああ、次ね。
次は丼物。
これはレギュラーメニューじゃないんだ。
ライスってのがある時だけ。
なにせ丼物ってのは、そのライスの上に料理を乗せたものだからな。
牛肉を煮詰めた物がお薦めなんだが、豚肉のカツを卵とスープで煮込んだのも良い。
だけど、残念ながら丼物の内容は店が決める。
色々と手間がかかる料理らしくて、細かく聞いてられないんだってさ。
ん?
ははは。
お金を積んだって駄目さ。
いや、本当に。
実際、あの店に行ったらわかるよ。
聞いてられないって。
なに、そうガッカリするな。
丼物はハズレ無しって言われるぐらい評判だ。
そうそう。
裏メニューになるんだが、この丼物。
ライスの上にカレーをかける食べ方がある。
俺は一瞬で食べ終わったね。
そして絶望したもんだ。
なぜ、味を噛み締めなかったのかと……
最後にパスタ。
ああ、そこらで食べられるパスタだ。
ちょっと珍しい、細長いパスタがマルーラの主流だ。
最初、俺も食べ難いと思ったんだけど、フォークでこう……くるくるっとな。
そうだ。
簡単そうだが、最初は注意だ。
服に汁を飛び散らすぞ。
パスタの味?
味は色々あるが……ミートソースというのだったかな?
細かくした肉とタマネギ、トマトをかけたやつ。
俺はそれが好きだ。
あとはオイルをたっぷりと塗したやつ。
こっちはちょっと辛い。
他に味噌味、醤油味……
シャシャートの街は港だからな、海産物をつかったのも多い。
貝や魚を使ったパスタもある。
一番人気は……ちょっと拮抗しているかな。
細長いパスタは、最近になって出た味だから。
みんな、色々と試してみているんだ。
もちろん、カレーにパスタを浸して食べてもみた。
美味かった。
いや、美味い美味いと下手な感想で申し訳ない。
まあ、細かいのは自分で体験するか、詩人にでも聞いてくれ。
ははは。
ん?
裏技?
ああ、そういや俺との話の切っ掛けはそれだったな。
マルーラの料理を簡単に食べる方法。
本当にここだけの話だぜ。
ビッグルーフ・シャシャートの通りを挟んだ向かいに、イフルス学園ってのがあるんだ。
そこの生徒になれば、昼はマルーラの料理が食べられる。
メニューは選べないけどな。
格安というか、昼飯代が授業料に含まれているんだ。
嘘じゃないさ。
ビッグルーフ・シャシャートの一部に、そこの生徒用に設けられたスペースがある。
疑うならそこにいるヤツに聞いてみな。
とある家の貴族と執事。
「二ヶ月ほど前。
そういった会話がなされたようです」
「それで、私の娘は?」
「イフルス学園に入学しておりました」
「入学?
入学金はどうしたのだ?
多少の金は持ち出されたが、入学金になるほどではないのだろう?」
「なんでも奨学制度というのがあり、働きながらだと入学金が一部免除の上、後払いで構わないそうです」
「つまり、私の娘は働いているのか?」
「マルーラという一番人気のお店でウェイトレスをしておりました。
あの我侭だったお嬢様が、立派になられて……ううっ。
ちなみに、ズボンしか穿かないお嬢様がスカート姿でした」
「……ひょっとしてお前、見てきたのか?」
「はい。
執事ですので」
「……」
「どうしました旦那様?」
「どうしましたじゃないだろう。
ズルいじゃないか。
娘のスカート姿……ごほん。
勇姿をお前だけ見るなんて」
「私だけではありません。
奥様とメイド数人が一緒に見ております」
「え?」
「シャシャートの街まで、馬車で十日。
船を使えば四日ですから。
交代で。
あと、カレーは大変美味でした」
「わ、私も行くぞ!」
「残念ながら、王都で行われる会議の予定があります。
そろそろ向かわねばならないかと」
「うぐっ」
「シャシャートの街のイフルス代官には、奥様が挨拶しております。
ご安心を」
「い、いや、そういう問題ではなくだな」
「会議が終わった後、シャシャートの街に向かえるように手配しておきますので。
あ、マルーラで学んだ、バーガーなる物を昼食にご用意いたします。
パンの間に様々な具を挟んだもので、移動中でも食べやすいと評判です。
ちなみに、私はお嬢様の手作りのバーガーをあちらで頂きました」
「き、貴様ぁっ!」
殴り合う貴族と執事であった。
「大丈夫ですか?」
メイド長が執事に濡れたタオルを渡す。
「ありがとう。
大丈夫です」
「あまり旦那様をイジメないでください」
「旦那様とお嬢様の喧嘩が、家出の原因ですから……つい」
「気持ちはわかりますが」
「外ではやりません」
「当然です。
それで、お嬢様に監視は?」
「二人、置いて来ました。
万全です」
「一安心ですね」
「……貴女には、お嬢様は行き先を伝えていたのでしょう?」
「……さあ?
なんのことでしょうか?」
「お嬢様から、貴女宛の手紙を預かっていますが?」
「貴方のそういった意地悪なところ、お嬢様は嫌ってますよ」
「それは困りました。
改善せねば。
さしあたって……明日の昼、貴女の為の馬車と船を手配しましょう。
お嬢様の様子を見て来て下さい」
「素晴らしい改善です」
遅くなって申し訳ない。