冬前の会議
武闘会が無事終了し、来賓もバラバラと帰っていく。
温泉に通っている始祖さん、フーシュを除けば最後まで残ったのはライメイレン。
なかなかヒイチロウから離れなかった。
最終的には連れ帰ろうとまでした。
なんとかハクレンとラスティの説得で帰ったが……またすぐに来そうな感じだ。
孫なら他にもラスティやヘルゼルナークとかいるだろうに。
男の孫ってのが大事なポイントなのかな?
ハクレンに聞くと、ラスティやヘルゼルナークの時もそれなりに構っていたそうだ。
なるほど。
ギラルの娘、グラルが村に残ることになった。
ハクレン、ラスティが問題無しというので許可した。
当面は俺の屋敷の客用の部屋で寝泊りする予定。
仕事は……まあ、しばらくはウルザと同じで勉強さえしてくれたらいいかな。
武闘会の反省会を終え、後は限界まで冬の準備。
食品を加工したり、獲物を狩ったり、冬の間の薪を確保したりとだ。
そういえば薪は今のところ、俺が大半を用意している。
死の森の木は切り難い。
また、燃え難い。
薪には不向きだそうだ。
俺の【万能農具】で伐採、加工しているから、そう感じないだけで。
死の森の木を木材にしてマイケルさんに販売、マイケルさんからは薪を購入するということも考えたが、流通量の少ないマイケルさんとのやり取りが薪で埋まるので中止になった。
薪より海産物が欲しい。
ラミア族の住む南のダンジョンよりさらに南に行けば、薪に適した木もあるらしいのでラミア族に伐採と乾燥を頼んだりはしている。
いずれは俺が用意しなくても良い環境を作りたい。
薪に変わる燃料の確保も考えた方がいいかな。
会議が行われた。
村の代表や種族の代表、文官娘衆が集まっている。
会議の主な議題は、冬の間の仕事の割り振り。
「クローム伯より、麻雀牌を二十セットの注文が入っています」
「二十セット?
多いな」
「雑談をしながら楽しむのに丁度良いそうです。
ゲームの途中だと抜け難いですし」
貴族の雑談か……
大事な話とかしてるんだろうな。
「それと、ゲームにハマった貴族が自前の牌を欲しがってと……」
「それはわかるけど、別に魔王国で作ってくれても怒らないぞ」
「職人に打診したところ、百三十六の牌を同一規格で作るのは至難の業だそうで……」
「あー……」
俺が【万能農具】で楽している部分だな。
「折り畳みのテーブルや点棒、箱などは魔王国で制作するので、牌をお願いしますとの事です」
「了解。
頑張るよ」
「お願いします。
次にゴロウン商会より、馬車用のサスペンションを追加で十組」
「現在、二十組の注文を受けているんだったよな?」
「はい。
合わせて三十組になります。
ハウリン村の方は、十組ずつの納品になってもいいなら可能とのことです」
サスペンションの要のスプリングはハウリン村製だからな。
「ハウリン村が大丈夫なら……」
俺は山エルフのヤーをみる。
「問題ありません。
引き受けてください」
頼もしい。
引き受けることになった。
「コーリン教より、創造神像を二体……一体は温泉地に置きたいとのことです」
「温泉地に置きたいってことは、一体は木像じゃ駄目ってことかな?」
「いえ、材質には拘らないそうです。
この辺りの木なら温泉地でもそうそう傷まないでしょうし」
「了解。
受け渡し期間を確認しておいて」
「それに関してですが、できた時で構わないと。
その代わり、魂が乗った時に作ってほしいとのことです」
「難しいことを……」
このように外部からの依頼を優先して、冬の活動が決定される。
もちろん、村人の生活を脅かさない前提でだ。
「これは今年の冬だけの仕事になりませんが……魔王国のホウ様より、お酒の製造希望が来ました」
「製造希望?」
「はい。
ホウ様の指示する穀物と方法で作ってほしいとのことです」
簡単に言えば、穀物の段階で買うから酒にして売ってほしいとのことだ。
「ん?
それならこっちに頼まなくても、自分の所で作れば良いんじゃないか?」
ホウは魔王国四天王の一人で、貴族だろ?
前に聞いた話だと領地を持っているらしいから、酒造業関係者だっているだろう。
「お酒を理解している者にしか頼みたくないと」
まあ、それなら村のドワーフたちが相応しいだろうが、領地の酒造業関係者が泣くぞ。
俺はドワーフのドノバンをみる。
「酒が不出来になるかもしれないってのに……そこまで信頼されちゃあ、やらないってワケにはいかないだろう」
「わかった。
穀物の買取に関しては次の収穫の後で……なんだこの手紙は?」
「ホウ様からの嘆願書です」
「ひょっとして、今年の収穫分から売ってくれと?」
「はい。
クローム伯を通して、一度は断っているのですが……」
手紙を確認。
内容は長々と丁寧に書かれているが、要約すれば“今年のサトウキビを売ってください”とのこと。
サトウキビからってことは……蒸留酒かな?
前に来た時、かなり気に入っていた様子だった。
量は三樽分。
……
俺は文官娘衆に頼み、在庫を確認する。
「あいつは酒の味がわかるヤツだ。
売ってやってくれ」
ドノバンの後押しもあり、引き受けることに。
この件は、ドノバンに任せる。
「あと、ドノバンさんにこれを」
「ん?」
「武闘会の後、クローム伯が帰る際にお酒を渡したじゃないですか。
そのお礼状では?」
「律儀なものだな……んんんんんんんんんんん」
ドノバンは手紙を見て顔をしかめた。
「変なことでも書いてあったのか?」
「いや、お礼状だ。
ただ……向こうの要求の酒を全部渡したわけじゃないからな。
なぜあの酒が無いのだとクドクドと書かれている」
チラリとお礼状を見るが、怨念が篭っている感じがする。
「あの酒って?」
「例のハチミツの……」
村のハチミツで作ったハチミツ酒か。
確かにあれば美味かった。
「飲ませてやった時に、そう簡単には飲めんぞと伝えたのだがな」
ブツブツ言いながらも、ドノバンはなんだか嬉しそうだ。
怨念篭る手紙だが、見方を変えれば作った酒を熱望されているということだからかな。
その後、色々と話し合う。
三村の新しい移住者の食器類が不足していること。
一村で竹細工用の竹が不足しているとのこと。
グラルのための家作りの計画。
家ができればラスティと同じように使用人を連れてくる予定らしい。
ギラルが来た時に泊まれる場所としても使いたいとのことだ。
同様にドースからも家を希望されている。
冬場の建設は無理……頑張ればできそうな気もするな。
いや、無理は駄目。
春になった時にすぐに建設できるように準備に集中しよう。
他に、今年も競馬をするのか?
プールを何かに使えないか?
北のダンジョンの巨人族と、南のダンジョンのラミア族との交流を盛んにするための道作りの提案など。
話の内容は多岐に渡るが、大半が今すぐの決定にはならない。
冬の間に各自、考えましょうということだ。
……考えないとな。
思いつきでばかり行動している自分を反省。
会議の後は軽い食事会。
そういえば、少し前の納豆騒動を思い出す。
フローラに頼まれて納豆のタネを作っていたのだが、ドワーフたちが慌ててやってきた。
なんでも大豆を発酵させた物は、酒造りの天敵だということだ。
そういえば、納豆菌の強さをどこかで聞いた覚えがある。
酒やチーズ作りの時に、納豆菌はタブーだと。
やばいことをしてしまったかと思ったが、ドワーフたちは発酵小屋の四隅で何か作業をし始めた。
「なんだこれ?」
「発酵させる精霊を大人しくさせるための呪いだ」
俺が感心していると、これは発酵小屋を建てた時にドワーフが設置したらしい。
知らなかった。
これが納豆のタネによって限界が来て警報を発し、ドワーフたちが来たそうだ。
「よし、これで当面は大丈夫。
他の発酵食品に影響が出たら、悪いがその大豆を発酵させた物は別の小屋で専用に作ってくれ」
どういった原理かわからないが、菌が広がらないようになったらしい。
この世界では、菌も精霊が司っているのかな?
「この呪いって、誰か研究しているのか?」
「さあ?
ワシらは昔っから、使っているだけだからな」
「フローラは?」
「古代の精霊魔法の一種ですね。
廃れているので研究している人は少ないかと」
「これがあるって知っていたのか?」
「自分のテリトリーですから。
ただ納豆が警報を出すほど強力だとは思いませんでした。
すみません」
「いや、俺も油断していた。
未然に防げてよかった」
本当に良かった。
しかし、菌を封じ込めるのはなんとなく理解できるが、発酵した食品を持ち出す時はセーフというのはどういった理屈なんだろう?
衣服や身体に付着した菌も外に出さないのか……昔の人の執念を感じるな。
いや、食に拘るのは性か。
俺は目の前に並べられた食事や酒を見ながら、ため息を吐く。
軽い食事会じゃなかったっけ?
宴会になってるけど。
まあ、いつものことか。
会議に参加してない人たちも集まり始めていた。
菌に関して、ご都合主義とか言ってはいけない。