酒とお祭り実行委員会とクルミ
とある酒飲みが言った。
「甘い物を放置しておけば、自然に酒になる。
つまり、神様が酒を欲しているということだ」
それを聞いて、ドワーフが言った。
「うるせえ、黙って飲め」
そのドワーフはドノバンだろうか?
「いやいや、ワシは騒ぎながら飲むのも嫌いじゃないから」
俺とドノバンは、居住区の隅にある実験場に来ていた。
酒飲みが言った通り、甘い物を放置しておけば自然に酒になる。
糖分が発酵して酒になるというヤツだ。
理屈はそうだが、発酵は運任せ。
腐る場合が大半。
しかし、ちょっとしたコツを知っていれば上手くできる。
それは温度管理と最初に発酵を助ける酵母を入れること。
酵母はブドウなどを発酵させて得るらしいが、俺は【万能農具】でクリア。
ありがとう神様。
実験場では、村で収穫できる果実で酒を造れないかと色々やっている。
俺がこの実験場に来ているのは、上手くできた酒を今後も生産するかどうかの決定のため。
と言っても、ドノバンたちによってある程度厳選されている。
俺は最終確認をするだけだ。
「右からザクロ、トマト、スイカだ」
これがドノバンたちのお薦めらしい。
俺は小さなコップで、少しずつ味わう。
正直に言えば、俺は酒にはうるさくない。
俺が言えるのは、美味いか不味いか、好みかそうじゃないか。
ドノバンたちによって厳選されているだけあって、どれも美味い。
好みはザクロ。
スイカはちょっと……といった感じ。
トマトはいけるが、レギュラーには向かない。
お世辞を言っても仕方が無いので、素直に伝える。
そして生産に関しては問題なしとOKを出す。
ドノバンは満足そうに頷き、指を三本出す。
「最初は大樽三つずつ。
果実の確保を頼む」
「わかったが、ザクロの収穫量はすぐには増えないぞ。
トマトとスイカは次から増やそう」
「うむ」
「市場の反応を見て、生産量は上下させるからな」
「この味なら大丈夫だ。
問題は値段の方だな」
「マイケルさんが来たら相談だな」
「うむ。
それとだ……わざわざ此処に来てもらった理由はもう一つあってな」
「ん?」
ドノバンが、満面の笑顔で小さなコップを差し出してくる。
さっきの試飲で使ったコップよりも小さい。
「自信がありそうだな」
俺は小さなコップの中の酒を、口に運ぶ。
………………
「凄いな」
「だろ」
「これは……ハチミツ酒か?」
「ああ。
村のハチミツで造った」
「マイケルさんが、絶対に止めてって言ってなかったか?」
ハチミツ酒は勝手にできる酒の代表格。
なにせ収穫したハチミツを放置していればいいのだから。
ただ、作り方は簡単だが、ハチミツの確保が難しくてそれなりのお値段だ。
そのそれなりのお値段のハチミツの中でも、村で収穫できるハチミツは最高級品らしく、マイケルさんから酒にせずに売ってくださいと懇願されている。
なので村でのハチミツ酒はマイケルさんの所から購入した物が普通。
「卸さなければかまわんだろ?」
「飲んだら売ってほしいって言うと思うぞ」
「だろうが生産量がな。
ハチミツは料理にも使っているから、メイドっ娘たちと奪い合ってる状態だ」
「確かに。
酒にして卸すことを考えると、ハチミツが足りないか」
ハチミツはマイケルさん以外に、ビーゼル、ドライム、ドース、始祖さんたちにも売ってるしな。
「うむ。
今回のは褒賞メダルと交換したハチミツでやった」
自費研究であり、それを俺に飲ませたということか。
つまり……
「要求は?」
「村用ということで、造らせてほしい」
「量は?」
「年に大樽一つ」
……うーむ、結構な量。
しかし、味は絶品。
酒とは思えない味だった。
「わかった。
ハチミツを用意しよう。
ただ、しばらくは極秘だぞ」
「わかっておる。
女共は、甘味に弱いからな」
酒にするぐらいなら甘味にという勢力は存在する。
だから、しばらくは極秘に進め……
「味で黙らせる」
ドノバンの言葉に、俺は頷いた。
「ところで、もう少し無いのか?」
「ははは。
こんなに美味い酒、ワシらが残していると思うか?」
「確かに。
よく俺の分があったな」
「村長を説得させるために必要だと言ってな。
本当はもう少し大きなコップ一杯分はあったのだが……」
「飲んだのか?」
「……か、神様が欲したのだろう」
ははは。
「それは仕方が無いな」
神様にもお裾分けと、俺とドノバンは生産の決まった三種類の酒を大樹の社に奉納した。
神様のせいにしてすみませんと、ドノバンが謝ってた。
ちなみに、奉納した酒は酒スライムが飲み干してた。
「村長、酒スライムを極刑に」
ははは。
「まあまあ、酒の味を保証してくれたってことで」
美味い酒を目の前に我慢できないのは、ドワーフも酒スライムも一緒だな。
一応、神様の分だから次からは飲まないように注意。
聞いてくれるかどうかは不明。
今年のお祭りに関して、試験を行なった。
試験内容は“タワー”。
決められた場所に、切った木を積んで高さを争う競技だ。
元々は林業が盛んな村で行われている競技らしい。
今年もクジで決まった。
「駄目です」
普段は俺が【万能農具】で切っているから意識してなかったが、死の森の木を切るのは重労働だった。
半日掛け、ハイエルフたちで人間の腰ぐらいの木を一本。
文官娘衆たちは、木に傷も付けられなかった。
「燃え難いから、火の魔法で焼き切るのも大変だし……これは無理では?」
となったので、最初っから切った木を用意することになった。
木を積み上げることを重視した形だ。
しかし、そうなると最初に大きな木を確保した方が有利となるので……
「山のように用意しないと奪い合いになりますよね」
「大きい木は運び難いという欠点があるけど……ミノタウロスさんたちなら気にならないのでは?」
「木を組んでも良いんですよね。
そうなると、ハイエルフさんたちの独擅場になりませんか?」
種族差が大きくなるという結論。
まあ、元からこれだと手が翼のハーピー族が参加できない。
となると……
色々と試行錯誤し、考えた結果。
バランスゲームになった。
チーム戦での対戦方式。
スタッフが複数の木を積み、その上にシンボルを乗せる。
そして交互に各チームが木を一本ずつ抜き、シンボルを落とした方が負け。
つまり、木でやる山崩し。
問題は一つ。
「盛り上がりますか?」
大きな問題だ。
山崩しだからな。
「もう一つぐらい、競技を増やしますか?」
「じゃあ、あれやろうか。
話し合いの段階で弾かれたヤツ」
「わかりました。
前座でそれをやってから、本番の“タワー”……原型がありませんね。
新しい名前をお願いします」
「素直に“山崩し”で良いだろう」
「わかりました。
では、後は……木の形や組み方ですね」
「考えることが多いな」
「まったくです」
お祭り実行委員会は、お祭りに向けて活動を続けた。
クルミは堅い実として有名だ。
割るにはコツがいる。
……
無理。
きっとこれは特に堅いクルミに違いない。
ハイエルフの一人が、二つ同時に握って割る方法を教えてくれた。
なるほど。
堅い実同士で割るわけか。
これなら……
無理。
考えてみれば、基本的な握力不足なのだろう。
だが、人間には知恵がある。
クルミ割り器。
ペンチみたいなヤツや、万力みたいなヤツ、鉄球を安定して落下させるヤツと少し考えただけで様々なクルミ割り器がイメージできる。
人類がクルミと長く戦った証拠だろう。
クルミ割り人形とかいう工芸品もできたぐらいだしな。
使ったこと、無いけど。
ともかくだ、ガットに頼んでクルミ割り器を作ってもらおう。
……
話をしたら、トンカチを渡された。
なるほど。
そうだよな。
クルミ割りに特化する物を作るより、すでにある物を使った方が良いよな。
過程はどうであれ、クルミの中身を食べるという目的が果たせたら良いんだ。
細かいことは気にしないでおこう。
あ、ペンチ型は面白そうだから後で作ってみる?
万力型は?
小さいのはネジ穴が難しい?
そうか。
ちなみに、俺以外の者たちは素手でバキバキとクルミを割って食べている。
特に山エルフとドワーフが速い。
「割れないと死活問題でしたので」
「酒のツマミに合う」
俺が苦労したクルミを、豆腐を潰す感じで割られると自分の非力さが悲しくなる。
後日。
ガットの作ったクルミ割り器は、一村で愛用された。
「同志」
「え?
いえ、村長は、その……違いますよね」
寂しかった。