冬の工作
もうすぐ春になる。
それを感じながらも、まだ寒い。
猫はコタツで寝ている。
最初の頃は色々と遠慮気味だったが、今ではクロたちに混じってコタツに入れるぐらいになっていた。
お気に入りは屋敷の梁のスパイダーウォーク。
冬でも起きているザブトンの子供たちと場所の奪い合いをしていた。
いや、奪い合いというか譲り合いかな?
喧嘩しないかなと心配したけど、問題なかった。
双方、頭が良いからな。
ザブトンの子供たちは知っていたが、猫もなかなか賢い。
トイレは一回で覚えたし、食事も待てができる。
失敗らしい失敗といえば……一回、酒樽に落ちて溺れかけたことだろうか。
助け出した後も千鳥足だったな。
ちなみにその時の酒は、酒スライムが味わっていた。
その後、妙に酒スライムが猫を酒樽の方に誘導するようになったが……猫は巧みに避けている。
馴染んだというヤツかな。
そういえば猫は雄だった。
雌猫をどこかから貰ってきてやるべきだろうか。
今日の俺の作業は、屋敷の作業場に置かれた大きな馬車が相手となる。
馬車。
車輪が付いていて、馬で引っ張るヤツだ。
開拓時代の幌馬車がイメージとしてあるが、目の前にあるのはボックスタイプ。
貴族が乗るようなヤツで、各所の装飾は豪華だ。
内は二人がゆったりと座れるソファーが向かい合うようにセットされている。
外には御者が二人座れるようになっており、合わせて六人乗り。
フラウに言わせると、かなり良い馬車だそうだ。
それがなぜ俺の屋敷の作業場にあるかというと……
「この仕掛けは、どういった所に使うんですか?」
俺が作ったサスペンションに山エルフたちが食いつき、用途を説明したらマイケルさんから馬車を強奪……ごほん。
借りてきたからだ。
サスペンションを作ったのはスプリングができたから。
前々からハウリン村に要望しており、小型ワイバーン便で完成を知らせてくれた。
ベッドやソファーに仕込もうと考えていたのだけど、残念ながら引き取ったのが予想より大きく硬いスプリングだった。
なんでも、棒状の鉄を作って曲げると強度に問題があり、最初っからある程度曲げてスプリングを作ったそうなのだが……今の技術だとこれが限界と言われた。
受け取った俺としては、せっかく作ってもらったのだからなんとか活用法と考え……
思い付いたのがサスペンション。
スプリングの大きさが、車のサスペンションみたいだったから。
車の模型を思い出し作ってみた。
ショックアブソーバー……スプリングの中に入れるピストン部分は木製で。
強度に不安があるけど、試作だからな。
ピストンの中に入れるオイルは村で採れた油。
貴重品だが使ってみる。
油が洩れないようにするのが少し手間だったが……なんとかなった。
で、完成。
作ってみたけど……これ、どうしようかなぁと思っていたところに山エルフ。
ハウリン村に作ってもらったスプリングは数があったから、とりあえず一台分やってみようとなった。
そうなると行動が早い。
山エルフたちはラスティとフラウを巻き込み、数日掛けてマイケルさんの所で馬車を獲得してきた。
始祖さんがお出掛け中でなかったら、遠慮なく使った気がする。
「スプリングが鉄製で重いから、数は使えませんね」
車軸と車体を分離させ、サスペンションを前後四箇所ずつの計八箇所に。
でもって、改造できる場所を徹底改造。
車体の軽量化。
収納の拡張。
車輪、車軸の強化。
玩具の改造みたいだ。
馬車でやるとは思わなかったけど。
俺と山エルフたちは徹底して弄った。
結果。
「お尻が痛くない」
「うちにも一台欲しいな」
「これは売れます。
是非、量産化を」
フラウ、ビーゼル、文官娘衆の感想。
これまでの馬車に比べ、格段に振動が柔らかいので嬉しいとのことだ。
俺も乗ってみたが……言うほど良い乗り心地だろうか?
かなり揺れる。
前はこれより酷かったのか?
車体に車軸が直に設置されていたしな。
周囲の驚き具合から、かなり改善されたと考えよう。
ちなみに馬車を引いたのはケンタウロスの駐在員。
馬を呼ぶ前に自主的に引いてくれた。
しかも二人で。
現在、ウルザを中心とした子供たちが馬車に乗って楽しんでいる。
……
「普通はあんな速度で馬車を走らせないよな?」
俺の質問に、順番待ちをしている見学者たちは首をかしげた。
馬車に乗ったことがある者は少ないらしい。
馬車は他の者に任せ、俺は別の物を作業する。
まずは今年生まれた子供たちのための積み木。
持ちやすく、なおかつ口に入れない大きさにするのが難しい。
角も取り、怪我をしないようにヤスリをしっかりとかける。
丸、三角、四角の基本は複数。
細長いのや少し曲がったヤツも作り……完成。
丁寧にやったので、四セット作るのに夜まで掛かってしまった。
【万能農具】じゃなかったら、もっと時間が掛かっていたんだろうな。
馬車はケンタウロスの交代要員が追加され、遅くまで走っていた。
耐久テストでもやっているのかな?
ドワーフたちが馬車に乗りながら酒を飲むことにチャレンジしていたが……大丈夫だな。
彼らは意地でもリバースしない。
馬車の内装が汚れることはないだろう。
翌日。
今日の作業は椅子。
椅子といっても普通の椅子じゃない。
足にソリみたいなのが付いていて揺れる椅子。
正式な名前は知らない。
俺はお爺ちゃん椅子と呼んでいた。
それを作ってみた。
「ロッキングチェアですか?」
正式な名前がわかった。
とりあえず、強度と耐久チェックをと思うのだが……
自分で座ってみて、大丈夫そう。
耐久に関しては……長く使うしかないよな。
作った椅子に座布団を置き、その上に酒スライムを座らせて揺らしてみた。
ふるふると喜んでいるように見える。
そうかそうか。
……
五分ぐらいで飽きて去っていった。
そうか。
現在、猫が椅子に座り微動だにさせない。
揺らしてほしいのだが……
まあ、いいか。
今のところ、問題は無さそうだ。
本命を作る。
そう、ロッキングチェアは実験。
本命は揺り籠だ。
これまで何度か作ろうと思った。
いや、実際に作った。
しかし、赤ちゃんが使うと思うと怖くて不採用にしている。
だが、そろそろ良いだろう。
お父さんの作った揺り籠で、寝てほしい!
勢いに任せて頑張った。
まずは一台。
……45度以上傾くと転倒の恐れがあるな。
60度、いや90度でも元に戻ってもらわないと……
「この筒はなんですか?」
……
山エルフの純真な瞳が痛い。
苦心し、なんとか一台。
普通の揺り籠を作った。
うん。
考え過ぎは良くない。
普通が一番。
実際に使う者たちに評判を聞いてから、改善しよう。
俺はさっそくアンのもとに行き……
つかまり立ちをしている息子の勇姿を見た。
……子供の成長は早いなぁ。
リアたちのところも同じだった。
揺り籠は不要だそうだ。
次の子が産まれた時に役立てよう。
ちなみに、これまでは天井から吊るした揺り籠を使っていたらしい。
お父さん、空回り。
ロッキングチェアの上に座る猫が、俺を慰めるように鳴いてくれた。
ありがとう。