滑走?試験
今年の祭りは滑走。
会場の準備は万全。
山、穴、そして池ができている。
競技者は一人ずつ、山の上からボードを持って滑走。
穴に入る前にボードに乗り、そのまま滑って池に飛び込む。
穴の出口から池の飛距離を競う種目となった。
「これが滑走?」
「原型はありますね」
「そうなのか」
「安全だなんだと考えた結果ですから」
直接的な戦闘をする武闘会に比べれば安全だろう。
穴の中の勾配も、丸い石を何度も転がして実験し、良い感じの飛距離が出るように調整した。
半分、地面に埋まったジャンプ台みたいなものだな。
これなら穴を掘らなくても良かったか?
いや、山を作る分の土がいるから仕方が無いか。
「穴の中には滑りやすいように液体を塗っています」
「油か?」
「いえ、不燃性の液体です。
油だと高価ですし、万が一がありますから」
「そうだな。
で、何を塗ったんだ?」
「ハイエルフさん達が集めてくれた草を絞って集めた粘液です」
「あー……」
知っている。
あのローションみたいなヤツね。
主に何に使っているかは秘密です。
池の方の水の溜まり具合は十分らしい。
穴の方に流れないように注意しているが、波立つと少しは入るかな。
穴の底の排水を考えないといけないかもしれない。
「それじゃあ、試験。
始めましょうか」
お祭り実行委員会のメンバーである文官娘衆の一人が、声を上げる。
山の上にはボードを持ち、気合十分のドノバン。
「一番手がドノバンなのか?」
「くじ引きで決まりましたから」
なるほど。
さすがに妊娠中の者は不参加。
お腹も大きくなってるしね。
「いくぞー!」
ドノバンが山の上からボードを持って走り、あ、転倒した。
ゴロゴロゴロ……そのまま穴に入り、穴から飛び出して池に落ちた。
「大丈夫か?」
ドノバンは大笑いしているから大丈夫みたいだ。
「次、いきまーす!」
二番手、ダガがボードを持って山の上で構えた。
「ドノバンの様子を見て躊躇しないのか?」
しなかった。
全力で走り、穴に入る直前でボードに飛び乗った。
そして滑走、ジャンプ。
ボードを持ったまま体勢を維持し、水面を何度もバウンドしながら対岸にまで到達した。
「おおっ」
「理想的なジャンプですが……安全面を考えれば、池をもう少し拡張した方が良さそうですね」
「三番手!」
今度はルーだ。
ズボン姿でやる気を見せている。
走るのかと思ったらいきなりボードに乗った。
そしてそのまま滑走、大空にジャンプ。
ボードを途中で離し、三回転ぐらいして水面に落ちた。
飛距離はそこそこ。
「いきなりボードに乗るのも悪くありませんね。
坂にも粘液を塗った方が……ああ、いや、走る人の邪魔になってしまいますか」
「今みたいにボードと選手が分かれた場合は、どっちで計測するんだ?」
「選手の方です。
ボードで計ると、投げる人とか出ますよ」
「……確かに投げそうなヤツがいるな」
誰が頭に浮かんだかは秘密だ。
「四番手、いきまーす」
声は下から聞こえたが、山の上には選手がいた。
クロだ。
クロがボードに片足を置き、構えていた。
軽く一吠えし、ボードを押しながらダッシュ。
そしてボードの上に鎮座。
本人は真面目な顔だが、なんだか可愛い。
そしてそのまま滑走し、ジャンプして放り出された。
ボードを持てないのに体重移動でコントロールしたのか、ボードと一体になったまま綺麗に着水、沈んだ。
「おいおい」
クロは犬かきで泳ぎ、岸に上って体を一振り。
こっちに来て目を輝かせていた。
気に入ったようだ。
「試験、最後。
五番手、行きます」
五番手はミノタウロスのロナーナだ。
ロナーナはゆっくりと山を駆け下り、途中でボードに乗った。
そして穴に突入………………出てこない?
穴の底でボードに座るロナーナがいた。
「今のは?」
「勢いが足りなかったようですね。
ロナーナさん、どの辺りまで行きました?」
最後の最後で問題が出た。
そうか。
勢いか。
「ロナーナさん。
すみませんが、もう一回お願いします」
「わかりました」
「何をするんだ?」
「最初っからボードに乗ってもらおうかと」
ロナーナの二回目。
最初っからボードに乗っているので、先程よりも穴への突入速度は速かった。
そして、ジャンプ。
飛距離は短かったが、大きな飛沫を上げて着水した。
お祭り実行委員会で話し合いが行われた。
「最初っからボードに乗った方が良いでしょうか?」
「走らないと、差がつかないんじゃないかな?」
「何か差はあるでしょ。
じゃないと、ルーさんとロナーナさんの飛距離が違うことの説明が」
「体重でしょ」
「それ、ロナーナさんの前で言わないようにね」
「ボードの違いとか、ボードに乗っている時の姿勢の違いとか?」
「その辺りかな?」
結果。
二部開催。
一部、走って途中でボードに乗るスタイル。
二部、最初からボードに乗るスタイル。
二部の前に坂全体に粘液を塗るらしい。
俺はTVのローションを使ったバラエティ芸を思い出していた。
うん、頑張ってほしい。
「計測は、ティアさん、グランマリアさん、クーデルさん、コローネさんが担当で」
「ボード制作は村長、山エルフさんたち、あとは自主制作を希望した人が何人か」
細かいことを決め、話し合いは終わり。
本番が待ち遠しい。
「村長。
お待ちを」
「ん?」
「今のは滑走に関しての話し合いです」
「ああ」
「これから、食事や出し物などに関しての話し合いです」
「……」
村長である俺は、なんだかんだで忙しかった。
雨。
大樹の村にも雨は降る。
雨が降れば、俺の中の常識では傘だ。
だが、この世界にはそんな物は無い。
俺にできたのは毛皮を頭から被って守ること。
【健康な肉体】がなければ風邪をひいていたかもしれない。
なんにせよ、雨の時は滅多に外には出なかった。
この世界の住人は、ルーが来た時に判明したのだがマントを使うらしい。
頭はどうするのかと聞いたら、帽子だそうだ。
なるほど。
帽子か。
ザブトンと相談し、マントと鍔の広い帽子を作った。
魔法使いみたいだった。
なので魔法使いの杖っぽい物を木を削って作ってみた。
魔法使いアクションをしたことは黒歴史だ。
クロとザブトンが優しい目で見てたなぁ。
そんな雨具だが、現在は傘っぽい物がある。
竹製のフレームに、ザブトンが作った布を張っただけのものだが、ちゃんと開閉機能もある立派なもの。
なかなか便利。
だが、大樹の村での普及率は一割以下。
他の者たちは、魔法でなんとかしているらしい。
くっ。
ファンタジー世界め。