キハトロイ美容品店
僕の名はミケル。
最近、体力のなさを実感しているので、腹筋とか腕立てをやっている。
それを母が生温かい目で見てくるのが、少し気になる年頃の男。
アルフレートくんの仕入れた美容品を取り扱う店が開店した。
店の名は出資者たちが王家に決めてもらおうと任せ、王家がいろいろと考えていたのだけど、混代竜族が来てすべてがふっとんだ。
王家はアルフレートくんに聞き取りをして、混代竜族の名を知り、その名を店名にしたいと提案。
混代竜族の名を使って大丈夫かなと心配したけど、そのあたりはアルフレートくんが確認してくれたので問題なし。
店の名はキハトロイ美容品店に決まった。
あの混代竜族は、アルフレートくんとかなり前からの知り合いらしい。
近所のお姉さんみたいな感じだと言ってた。
それを聞いて、「ああ、あの混代竜族、雌だったんだ、怖っ」と思ったのは秘密だ。
ドラゴンは雄より雌のほうが危ない。
これ、常識。
アルフレートくんも、少し考えてから否定しなかったしね。
さて、キハトロイ美容品店。
商品のよさもあって、開店から連日の大盛況。
とはならなかった。
そりゃね。
うん。
混代竜族が来る場所に近づきたがる者など、いるわけがない。
いるのは混代竜族を倒して名をあげようとする、勇敢な冒険者ぐらい。
実際、五組三十四人ぐらいが店の前を陣取ったけど、アルフレートくんの護衛であるカトウさんが蹴散らした。
商売の邪魔をしてはいけない。
そして、彼らはもっと実力をつけるべきだ。
あれでは混代竜族どころか、色竜すら倒せないだろう。
いや、カトウさんが強すぎるだけかな?
しかし、冒険者を蹴散らしてもお客が来ない。
なんだったら、店の従業員も半分ぐらい来ない。
来ている従業員も、大半は涙目だ。
ガタガタと震える音を無駄に広い店内に響かせている。
そして、大きな問題は店の位置。
もともとは侯爵家の屋敷があった場所を買い取って店に改装したから、それなりに王城の近くなんだよね。
しかも、大通りに面した場所。
三つの王家は、真面目に遷都を考えた。
母が止めたけど。
だけど、このままでは店も王城も困る。
店の近くに職場や家を持つ者も。
それはアルフレートくんの望むところではないので、母が情報を開示した。
混代竜族が荷を運んだのは初回だけと。
以後の商品の輸送は、丸顔狐族の商人たちが担う予定であると。
情報を開示しても三日ぐらいは様子をみられた。
でも、美容品や魔道具、薬を欲したのだろう。
少しずつ、ほんとうに少しずつ店を訪れる者がでてきた。
しかし、店に来た客は雇われて買いに来た者ばかり。
これには店が困った。
魔道具は販売できるけど、美容品や薬は必要とする者が来店しないと販売できない。
試供品で配ったものと違い、効果が強いから。
体質に合うかどうかのチェックもせずに売ることはできなかった。
販売できる魔道具も、値段が高いからそう売れない。
でもまあ、店が繁盛しなくてもアルフレートくんとしては、まったく気にしない。
暇なぐらいがちょうどいいとアルフレートくんは言ってた。
だから、母もこれ以上は動かなかった。
動いたのは、シルバーシルク伯爵家。
家を救ってくれたアルフレートくんの店を潰してはならないと、一家でやってきた。
一家はすごく覚悟の決まった目をしていた。
そして、店内を見てまわり、なにごともなく欲しい物を買って帰った。
帰り際の一家の顔は、やりきった顔だった。
続いて、ゴドレイク伯爵夫人とブラックリバー伯爵夫人。
キハトロイ美容品店の開店のために、大きく動いた二人だ。
互いの手を絶対に離さないと言わんばかりに強く繋ぎ、仲よく店を訪れた。
そして、これまたなにごともなく買い物をして帰った。
帰りは手を繋いでいなかったのは、買った物を持っているからだと思う。
こうした成功例があれば、それに続く者が出てくる。
とくに開店前に美容品や薬を購入した者が続いた。
なにせ、美容品や薬は使えば減るのだ。
美容品や薬の効果を知った者たちは、減ることに耐えられなかった。
混代竜族に対する恐怖を乗り越えて、貴族が列を作った。
ちなみに、商品の買い占めはできない。
「購入制限はありません。
商品が足りなくなったら、急いで持って来ますから。
ご安心ください」
アルフレートくんがそう言ったから。
でも、誰も安心はしなかった。
誰が急いで持ってくるか、察したから。
なので、お客たちは自主的に購入数を制限するようになった。
その制限を越えて買うときは、大きな声で理由を言い、他者に売らないと誓っている。
それはいいんだけど、その誓いを聞くためにコーリン教の司祭が一人、お店に常駐しているのはどうかと僕は思う。
そして、貴族が列を作るころになると従業員は慣れた。
諦めたともいう。
でも、従業員には商品を特別割り引きで購入できる特権があるから。
賃金も高いしね。
ただ、それらは来ている従業員。
最初に逃げた従業員は逃げたまま。
その欠員を埋めてくれたのが、夜光蝶の面々と薬師連合。
キハトロイ美容品店は薬を扱うからね。
夜光蝶の面々は接客はあまり得意じゃないけど、薬には詳しいので従業員たちは助かっているらしい。
あと、どうしても店に来ることができないお客への訪問販売も、夜光蝶の面々がやってくれている。
訪問するのは夜限定だけど、それはそれで歓迎されていたりする。
「あの、王城に夜、訪問して処刑とかされませんか?」
夜光蝶の面々から、そう聞かれるけど、僕は大丈夫と答えている。
向こうが呼んで、行ったら処刑はありえない。
あったら大問題になる。
なにせ、いまの夜光蝶の面々は混代竜族の名を冠した店の関係者。
悪いことをしていないのであれば、なにも問題ない。
あ、脅かしたりは駄目だからね。
目を光らせるのもやめたほうがいい。
「そのあたりは弁えてます」
それはよかった。
アルフレートくんが一回、目を光らせて王城に行って兵に止められたから。
そうして貴族への販売が順調に進むと、平民……お金を持った富裕層が化粧品や魔道具、薬を欲した。
しかし、貴族の列に平気な顔をして並べる平民は少ない。
困った平民は、キハトロイ美容品店にお願いした。
「せめて、貴族と平民で列をべつに。
できれば店内もべつにしてもらえると……」
平民用の販売窓口がほしいということだ。
こういった問題は従業員で解決せず、アルフレートくんのところにやってくる。
アルフレートくんの返事はシンプル。
「では、平民用の販売窓口を用意しましょう。
資金はこちらで出します」
平民用の販売窓口と列ができた。
ただ、アルフレートくんの資金は返された。
そういうのはゴドレイク伯爵夫人やブラックリバー伯爵夫人が出すそうだ。
そうして、キハトロイ美容品店には連日、列ができ大盛況。
並んでいる者に物を売る者まで出始めた。
ただ、彼らは混代竜族の怖さを忘れたわけではない。
だから、キハトロイ美容品店の周囲ではトラブルを起こさない。
「おーい、列が進んでいるぞー。
間隔は一定にしてくれー」
「グループはできるだけ全員で並ぶように。
そして、代表者を決めてくれ」
「トイレで抜けるときは、揉めないようにスタッフに伝えてからにしてねー」
「列に並べない事情がある者は、代理人に並んでもらってもかまわない。
待っているあいだは、あちらの待機場所に。
屋根と椅子がある」
「金を払えば、代理人を雇うこともできるぞ」
「おーい、体調不良だ!
医療スタッフ!
治療テントに運んでやってくれー」
なにかあっても、すぐに解決する。
貴族も平民も関係なく、協力する姿には感動を覚えるぐらいだ。
たとえ、それが恐怖を根幹にしたとしても。
「おい、こら。
喧嘩をするな。
するなら、あっち!
城のほうに行け!」
うーん、王家の権威が失墜している気もするけど、レイワイト王国は前々から王家よりもコーリン教のほうが強いからいいのかな。
むずかしいところだ。
などと考えながら僕はキハトロイ美容品店から離れ、王都の南門に向かう。
南門の近くには、アルフレートくんたちがいた。
アルフレートくんの後ろには三人の王子と冒険者経験のある男爵令嬢三人。
その護衛が……五十人ほどかな?
でもって、陰に隠れるようにバイクに乗ったカトウさんがいる。
僕たちはこれから王都から離れた場所にあるダンジョンに向かい、探索する予定だ。
待たせちゃったかな?
「いや、まだ集合の時間には早い」
アルフレートくんが太陽の位置を確認しながら言う。
全員、集まったのかな?
「護衛の馬車がまだだ。
道が混んでいるから、迂回して遅れているのだろう」
たしかに、ここに来るまでは道が混んでいた。
仕方がない。
「ああ、そうだ。
冒険者ギルドで新しい情報をいくつかもらっている。
待っているあいだに説明したい」
アルフレートくんは、僕たちと護衛の代表に情報を共有してくれた。
ダンジョンの情報もあるけど、それよりもダンジョンに向かう道の情報が多かった。
道の情報は大事だ。
とくに通行止めの情報は。
王子たちが、地図を広げ、少しでも早くダンジョンに向かいたいと意欲をみせる。
そうだね。
でも、天候の変化も考えると、急ぐよりは余裕を持って行動したい。
「ミケルの言うとおりだ。
急ぐと護衛たちの負担が増える」
アルフレートくんが、のんびりとした移動をしようと提案。
話がまとまったところで、護衛の馬車が遠くに見えた。
ダンジョン探索、頑張ろう。
キハトロイ 「キハトロイ運送だと思ったら、キハトロイ美容品店だった」
オージェス 「ずるいー、ずるいー」
ハイフリーグータ 「なんでー、なんでー」
アルフレート 「だって、暇してたのキハトロイだけだったから」
シルバーシルク伯爵 「いまこそ、恩を返すとき」
シルバーシルク伯爵夫人「覚悟はできてます」
パンナコア嬢 「お供します」
見てた貴族A 「シルバーシルクが派閥のトップでいいな」
見てた貴族B 「うん。異議なし」
ゴドレイク伯爵夫人 「一緒に行こうね」(相手の手をぎゅー)
ブラックリバー伯爵夫人「うん、絶対に一緒だからね」(ぎゅーと握り返す)
コーリン教司祭 「え? あの店に? 混代竜族が来る場所ですよね?」
フーシュ 「二度、言わせないように。行ってください」
コーリン教司祭 「ま、万が一があったら、私が死ぬじゃないですか」
フーシュ 「あの店に万が一はありません」
コーリン教司祭 「でしたら、私でなくても……」
フーシュ 「あの店に万が一はありませんが、私には万が一がありますよ」
コーリン教司祭 「イエスマム! いますぐ行きます!」
フーシュ 「よろしい。ですが、返事はイエスコーリンですよ」
コーリン教司祭 「イエスコーリン!」
ちょっと風邪を引いて、間が空きました。
すみません。
感想、いいね、誤字脱字指摘、ありがとうございます。
引き続き、頑張ってまいります。




