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空はオレンジ色と水色が混ざり合って、日没が近いことを教えてくれた。時折吹いてくるそよ風が、昼間の間にたまった街の熱を冷ましていった。
ルーチェに話があると言われ、あたし達はこうして目的のない散歩を、かれこれ3時(約1時間)
ほど続けていた。
「話したいことって、何よ」
気が長いほうじゃないあたしは、イライラして口を開いた。
けれどもルーチェは、何も言わず黙って歩き続けた。一体何を考えているのだろう。勝手に帰ることもできたが、ルーチェの話したいことが気になって、そうすることもできなかった。
街を抜け、とうとう海に出てしまった。
「セレンが宝石を取り戻しに行っている間、僕はミリューさんの看病をしていたんだ」
海に面した広場の手すりに寄りかかって、ようやくルーチェは口を開いてくれた。
広場のすぐ下は低い崖になっていて、波が打ち寄せてきた。広場が侵食されて崩れてしまわぬように、崖は石垣で覆ってあった。
「昔、母さんが体調を崩した時に、父さんが母さんの看病をしていたことを思い出してね。何となく、あの頃の父さんってこんな気持だったんだなって思ったよ」
夕方の海は、静かなミルク色をしていた。波の頭が夕日を浴びて、オレンジ色にきらめいていた。
「そんなことを考えながらアーディンを弾いていたら、気付いたんだ」
「何に?」
あたしはルーチェを見た。
彼もまた、夕日を浴びてオレンジ色になっていた。
「セレンの言っていたことだよ。僕の音に違和感を感じるって言ってただろ?その理由だよ」
「何だったの?」
「僕は、母さんの音しか追っていなかったんだ。母さんのように上手になりたいと思うあまり、母さんの弾き方や音を真似しているだけだったんだ。自分なりの感情や表現方法をずっと殺して弾いていた。母さんが殺される前に、アーディンに自分の感情を込めて弾いてねって教えてくれたのに、僕は忘れていたんだ。それをセレンに指摘されるまで、僕は気付かなかった」
ルーチェは苦笑した。
あたしが感じた違和感は、間違っていなかった。
「弾き手の気持ちがなかったら、踊り手はうまく受け止めること、できないよね」
ルーチェはあたしの言葉に黙ってうなずくと、懐からアーディンを取り出し、弾き始めた。
それよ、それ!!
ルーチェが弾いたのは、数日前あたしが違和感を感じながら踊っていた曲だった。
けれども、今日は全く別の曲に聞こえる。小手先だけの薄っぺらさではない。血が通ったぬくもりのある奥深さ、と言えばいいのだろうか。
とにかく、いい曲を聴くといてもたってもいられなくて、気づいたら踊っていたというのは、踊り手特有の病気なんだろうね。
曲が終わり、最後のポーズもバッチリ決めた。それで何か拍手が聞こえてきたね。なんて思った時に、ああ、いま自分は踊っていたんだと気付いたなんて、もう重病人でしかない。
拍手の主は、黒い服を着た目付きの悪い男だった。
「いつからここにいたんだよ」
「ずっと、見てたよ」
ルーチェの問いに、彼はクスクスと笑った。
「ねぇ、この人誰?」
あたしはルーチェの袖を引っ張って、小声で訊いた。
「シムドだよ。一応、チュニ族らしい」
ルーチェがあたしの方に顔を向けると、教えてくれた。
「一応、じゃない。オレは次期族長だ」
不満そうに、シムドが言う。
「え?そうだったの?」
ルーチェは目を丸くした。
「だから、こうしていろいろと親交を深めてやってんじゃないのかよ」
シムドはそう言うと、ため息をついた。
「ところで、うちのミリューが世話になったな」
シムドはそう言うか言わないかのうちに剣を抜くと、ルーチェに斬りかかった。
ルーチェはすんでのところで後ろに下がって、それを避けた。それから、腰に下げていたショートソードを抜いた。
「これを持って、後ろに下がってて」
それと同時に、アーディンをあたしによこした。
あたしはルーチェから受け取ったアーディンを持って、邪魔にならない場所まで下がった。
どうしてシムドが襲ってくるのとか、ルーチェが実は剣を持っていて、それを使いこなせてるとか、あらゆる疑問が瞬時にわきあがった。けれども、今のあたしにできることと言ったら、2人の決闘を見守るしかなかった。
シムドが攻め立て、ルーチェがそれに応戦していた。シムドの攻撃を、確実にルーチェが受け止める。1合、2合、3合と、暗くなり始めた空の下、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いた。
シムドが跳び、ルーチェが避ける。
最初、シムドのほうが優勢かのように見えた。だが、ルーチェは彼の攻撃を最小限の行動で凌ぎつつ、体力の温存を計りながら機を狙っていたらしい。
シムドが一瞬見せた隙を突いてルーチェは間合いを詰めると、彼の剣を叩き落とし、剣先をシムドの喉に突きつけた。
「さすがだな、降参!!」
シムドはバク転をしてそれを避けると、そのまま起き上がった。
「何をしたいんだか、いつも分からないよ」
ルーチェはぶつぶつ言いながら、剣をしまった。
「いつかは戦ってみたかったんだ。ミロンドに剣術教わってたろ?絶対に正面から行ってもいいよって、言ってくれないよな?」
「だからと言って、いきなり剣を向けるか?普通?」
ルーチェはシムドをじっとりとにらんだ。
「あれくらい、すぐに避けられるっしょ。いい汗かいたぜ」
シムドは鼻歌なんか歌っちゃってる。
「で、また他に何かあるんじゃないの?」
あたしが訊くと、
「よく分かるね。うちのミリューがルーチェに惚れてるみたいだけど、どうするの?」
シムドは答えた。
「そう言われてもさ、どうすればいいか、分からないよ」
ルーチェは笑うしかないって顔をしていた。
「だろ?オレもそんなこと言われたって分からないって」
シムドは笑っていた。
「ちょっとやめてよね。かわいそうでしょ?ミリューさんが。純粋な恋心、踏みにじっちゃって」
なんか少しむかついた。
「じゃあ、何か?ミリューをあんたのところのパーティーに入れておくか。すこしは役に立つだろうし、あいつはとても喜ぶぜ」
「それとこれとで、違うんじゃないの?それに、そんなことされたら困るし」
うん、多分困るわよ。
「どうしてさ」
シムドはにやにやと笑っていた。
「女の子が増えて、それはそれは楽しいパーティになるんじゃないの?」
なんでこんなにいちいち突っかかってくるんだろうね、この人。
どこが面白いんだろう?
「楽しくないわよ……馬鹿にしないで」
「どうしてさ」
もう限界。
「あーもう、いちいちうるさいのよ」
気付いたら、手が出てた。
しかも、クリーンヒット。クリティカルってやつ。
シムドはふらふらっとしながら、その場にしゃがみこんでしまった。
……言い訳がましいけど、そんなに力は入ってない。軽く頬を叩いたつもり。
「う、そ……。だ、大丈夫?」
あたしは慌ててシムドの隣にしゃがんで様子を見た。
「セレン、強く叩き過ぎ」
ルーチェが引いている。
「あはははは、結構痛かったぜ。セレンと言ったっけ?おめぇ、最高!」
シムドは頬をおさえながら腹を抱えて笑っていた。
なんだよ、こいつ~。
すごく馬鹿にされた感、満載なんですけど。
「あの、ルーチェーさん、セレンさん、ごめんなさい」
近くに生えていた木の上から、ミリューが降りてきた。
目には涙をいっぱいためている。
「え?もしかして、全部聞いてたの?」
あたしの問いかけに、ミリューがこっくりとうなずいた。
「もう、いいんです。気にしないでください。ルーチェさん、シムドが言ったこと忘れてください。セレンさんも、あまり気にしないでください」
ミリューはペコペコとお辞儀した。
そう言われても、ねぇ。
あたしはルーチェを見た。ルーチェも同じように困った顔であたしを見返していた。
「シムドさん、帰りますよ」
「ん?ああ、そうだな。と、いうことだから。じゃあな」
シムドはそう言って手を振ると、ミリューと一緒に広場から出て行った。
空には一番星がまたたいていた。




