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プラティズ レコード  作者: 荒屋敷ハコ
第2章 ~セレン~
30/36

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                  9

 空はオレンジ色と水色が混ざり合って、日没が近いことを教えてくれた。時折吹いてくるそよ風が、昼間の間にたまった街の熱を冷ましていった。

 ルーチェに話があると言われ、あたし達はこうして目的のない散歩を、かれこれ3時(約1時間)

ほど続けていた。

「話したいことって、何よ」

 気が長いほうじゃないあたしは、イライラして口を開いた。

 けれどもルーチェは、何も言わず黙って歩き続けた。一体何を考えているのだろう。勝手に帰ることもできたが、ルーチェの話したいことが気になって、そうすることもできなかった。

 街を抜け、とうとう海に出てしまった。

「セレンが宝石を取り戻しに行っている間、僕はミリューさんの看病をしていたんだ」

 海に面した広場の手すりに寄りかかって、ようやくルーチェは口を開いてくれた。

 広場のすぐ下は低い崖になっていて、波が打ち寄せてきた。広場が侵食されて崩れてしまわぬように、崖は石垣で覆ってあった。

「昔、母さんが体調を崩した時に、父さんが母さんの看病をしていたことを思い出してね。何となく、あの頃の父さんってこんな気持だったんだなって思ったよ」

 夕方の海は、静かなミルク色をしていた。波の頭が夕日を浴びて、オレンジ色にきらめいていた。

「そんなことを考えながらアーディンを弾いていたら、気付いたんだ」

「何に?」

 あたしはルーチェを見た。

 彼もまた、夕日を浴びてオレンジ色になっていた。

「セレンの言っていたことだよ。僕の音に違和感を感じるって言ってただろ?その理由だよ」

「何だったの?」

「僕は、母さんの音しか追っていなかったんだ。母さんのように上手になりたいと思うあまり、母さんの弾き方や音を真似しているだけだったんだ。自分なりの感情や表現方法をずっと殺して弾いていた。母さんが殺される前に、アーディンに自分の感情を込めて弾いてねって教えてくれたのに、僕は忘れていたんだ。それをセレンに指摘されるまで、僕は気付かなかった」

 ルーチェは苦笑した。

 あたしが感じた違和感は、間違っていなかった。

「弾き手の気持ちがなかったら、踊り手はうまく受け止めること、できないよね」

 ルーチェはあたしの言葉に黙ってうなずくと、懐からアーディンを取り出し、弾き始めた。

 それよ、それ!!

 ルーチェが弾いたのは、数日前あたしが違和感を感じながら踊っていた曲だった。

 けれども、今日は全く別の曲に聞こえる。小手先だけの薄っぺらさではない。血が通ったぬくもりのある奥深さ、と言えばいいのだろうか。

 とにかく、いい曲を聴くといてもたってもいられなくて、気づいたら踊っていたというのは、踊り手特有の病気なんだろうね。

 曲が終わり、最後のポーズもバッチリ決めた。それで何か拍手が聞こえてきたね。なんて思った時に、ああ、いま自分は踊っていたんだと気付いたなんて、もう重病人でしかない。

 拍手の主は、黒い服を着た目付きの悪い男だった。

「いつからここにいたんだよ」

「ずっと、見てたよ」

 ルーチェの問いに、彼はクスクスと笑った。

「ねぇ、この人誰?」

 あたしはルーチェの袖を引っ張って、小声で訊いた。

「シムドだよ。一応、チュニ族らしい」

 ルーチェがあたしの方に顔を向けると、教えてくれた。

「一応、じゃない。オレは次期族長だ」

 不満そうに、シムドが言う。

「え?そうだったの?」

 ルーチェは目を丸くした。

「だから、こうしていろいろと親交を深めてやってんじゃないのかよ」

 シムドはそう言うと、ため息をついた。

「ところで、うちのミリューが世話になったな」

 シムドはそう言うか言わないかのうちに剣を抜くと、ルーチェに斬りかかった。

 ルーチェはすんでのところで後ろに下がって、それを避けた。それから、腰に下げていたショートソードを抜いた。

「これを持って、後ろに下がってて」

 それと同時に、アーディンをあたしによこした。

 あたしはルーチェから受け取ったアーディンを持って、邪魔にならない場所まで下がった。

 どうしてシムドが襲ってくるのとか、ルーチェが実は剣を持っていて、それを使いこなせてるとか、あらゆる疑問が瞬時にわきあがった。けれども、今のあたしにできることと言ったら、2人の決闘を見守るしかなかった。

 シムドが攻め立て、ルーチェがそれに応戦していた。シムドの攻撃を、確実にルーチェが受け止める。1合、2合、3合と、暗くなり始めた空の下、金属がぶつかり合う甲高い音が鳴り響いた。

 シムドが跳び、ルーチェが避ける。

 最初、シムドのほうが優勢かのように見えた。だが、ルーチェは彼の攻撃を最小限の行動で凌ぎつつ、体力の温存を計りながら機を狙っていたらしい。

 シムドが一瞬見せた隙を突いてルーチェは間合いを詰めると、彼の剣を叩き落とし、剣先をシムドの喉に突きつけた。

「さすがだな、降参!!」

 シムドはバク転をしてそれを避けると、そのまま起き上がった。

「何をしたいんだか、いつも分からないよ」

 ルーチェはぶつぶつ言いながら、剣をしまった。

「いつかは戦ってみたかったんだ。ミロンドに剣術教わってたろ?絶対に正面から行ってもいいよって、言ってくれないよな?」

「だからと言って、いきなり剣を向けるか?普通?」

 ルーチェはシムドをじっとりとにらんだ。

「あれくらい、すぐに避けられるっしょ。いい汗かいたぜ」

 シムドは鼻歌なんか歌っちゃってる。

「で、また他に何かあるんじゃないの?」

 あたしが訊くと、

「よく分かるね。うちのミリューがルーチェに惚れてるみたいだけど、どうするの?」

 シムドは答えた。

「そう言われてもさ、どうすればいいか、分からないよ」

 ルーチェは笑うしかないって顔をしていた。

「だろ?オレもそんなこと言われたって分からないって」

 シムドは笑っていた。

「ちょっとやめてよね。かわいそうでしょ?ミリューさんが。純粋な恋心、踏みにじっちゃって」

 なんか少しむかついた。

「じゃあ、何か?ミリューをあんたのところのパーティーに入れておくか。すこしは役に立つだろうし、あいつはとても喜ぶぜ」

「それとこれとで、違うんじゃないの?それに、そんなことされたら困るし」

 うん、多分困るわよ。

「どうしてさ」

 シムドはにやにやと笑っていた。

「女の子が増えて、それはそれは楽しいパーティになるんじゃないの?」

 なんでこんなにいちいち突っかかってくるんだろうね、この人。

 どこが面白いんだろう?

「楽しくないわよ……馬鹿にしないで」

「どうしてさ」

 もう限界。

「あーもう、いちいちうるさいのよ」

 気付いたら、手が出てた。

 しかも、クリーンヒット。クリティカルってやつ。

 シムドはふらふらっとしながら、その場にしゃがみこんでしまった。

 ……言い訳がましいけど、そんなに力は入ってない。軽く頬を叩いたつもり。

「う、そ……。だ、大丈夫?」

 あたしは慌ててシムドの隣にしゃがんで様子を見た。

「セレン、強く叩き過ぎ」

 ルーチェが引いている。

「あはははは、結構痛かったぜ。セレンと言ったっけ?おめぇ、最高!」

 シムドは頬をおさえながら腹を抱えて笑っていた。

 なんだよ、こいつ~。

 すごく馬鹿にされた感、満載なんですけど。

「あの、ルーチェーさん、セレンさん、ごめんなさい」

 近くに生えていた木の上から、ミリューが降りてきた。

 目には涙をいっぱいためている。

「え?もしかして、全部聞いてたの?」

 あたしの問いかけに、ミリューがこっくりとうなずいた。

「もう、いいんです。気にしないでください。ルーチェさん、シムドが言ったこと忘れてください。セレンさんも、あまり気にしないでください」

 ミリューはペコペコとお辞儀した。

 そう言われても、ねぇ。

 あたしはルーチェを見た。ルーチェも同じように困った顔であたしを見返していた。

「シムドさん、帰りますよ」

「ん?ああ、そうだな。と、いうことだから。じゃあな」

 シムドはそう言って手を振ると、ミリューと一緒に広場から出て行った。

 空には一番星がまたたいていた。


           

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