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「今日はお疲れさま。初めてにしては、セレンちゃん頑張ってたわね」
閉店後、奥の部屋に戻ると、マダムが封筒を差し出しながら言った。
「ありがとうございます」
あたしは礼を言うと、それを受け取った。
今回のお給料だ。少しはパーティに貢献出来るくらいの金額なら良いけど。
「ところでセレンちゃん」
マダムは表情から笑顔を消し、あたしを見た。
「はい」
「今日のお客さんで、ぜひあなたを抱きたいとおっしゃる方がいるんだけど。どうしますか?」
マダムの質門に驚いたけど、あの男だなと、すぐに見当がついた。まぁ、この商売、こういうことって良くあることなのだろう。
「……無理にとは言わないわ。セレンちゃんはまだ若いし、飛び入りだし、初めてだからね」
あたしが返答に詰まっていると、マダムはそう言ってにっこり笑った。
ここでずっと働くのならば、こういうことは喜んで引き受けて常連客になってもらった方がいい。
「すみませんが、お断りします」
あたしはここで働くつもりはないし、初めてはやっぱり好きな人とがいい。
「分かったわ。そう伝えておくわね。帰りはここのドアから帰るといいわ。裏口だから、表でばったりという気まずさはなくなるから」
そう言ってマダムは近くのドアを指した。
「ありがとうございます。失礼します」
あたしはマダムに向かってお辞儀した。
「あなたの踊りは上手だったわ。さすがプラティ族ね。また来て踊ってちょうだいね」
マダムは笑顔で送ってくれた。
あたしは恐縮しながら外に出た。リュシェーナの姿が見えないので心配したが、あの子ももう1人じゃないし。帰ってこれるよねと、先に帰ることにした。
外は真っ暗だった。明かりをいくつか置いてくれているが、心もとないので目が慣れるのを待って歩き出した。どちらかというと南国に近いサピドゥルの夜は少し暑いくらいだ。時々吹いてくる風が心地よい。こうして風に吹かれながら夜道を歩いていると、仕事をしていた時の興奮状態がおさまっていった。
なんて考えながら歩いていると、何やら金属音が聞こえてきた。この音は剣と剣がぶつかり合う音、つまり誰かが戦っている音に違いない。巻き込まれたくないあたしは、近くのうまやに隠れて、息を潜めた。
戦いの音が近づいてきた。屋根の上が騒がしい。何人かの足音、剣の音。
その時、
「きゃっ!!」
女の短い悲鳴が聞こえると、すぐ上の屋根からドカドカっと大きな音がした。
そのすぐ後に、人が落ちてきた。幸い、わらのうえに落ちたので大事には至ってないだろう。
駆け寄ってみてみると、あたしと歳のかわらないくらいの少女が、倒れていた。頭を布で覆い、シンプルで飾り気の無い衣装を着ているところからすると、チュニ族だろう。
人の足音が聞こえてきたので、あたしはとっさに少女を抱えて近くの藁山に逃げ込んだ。
「確かに、この辺りに落ちたと思ったんだけどな」
「さすがは、闇姫だな」
「ちくしょう、どこに行きやがったんだ」
会話の感じからすると、この少女は数人の男から狙われているらしい。
絶対に藁山なんて、探さないでよね。あたしは息を潜めて、祈り続けた。
「何の音かと思ったら、あなた達でしたか。ここは私の土地です。出て行ってください」
マダムの声が聞こえた。
「なぁ、ここら辺で黒い服を着た女の子を見なかったか?」
「女の子?見てませんよ」
「本当だな」
「何ですか?人を呼びますよ」
「女の子が見つかるまで、出ていけねぇんだ。悪りぃな」
「分かりました」
マダムがそう言った後、鐘の音が鳴り響いた。
すると、何人かの足音が聞こえてきた。
「お呼びでしょうか?マダム」
「この人達を追い出してちょうだい。不法侵入よ」
「はい!!」
「あ?え?ちょっと待った。話せば分かるって」
「人を呼ぶって言ったでしょ、ちゃんと。その耳はただの穴なのかしら?」
大勢の足音が、遠ざかっていった。
「ふぅ、ようやく行ったわね」
マダムは独り言を残し、去っていった。
再び、静寂が蘇ってきた。
ふぅ。
あたしは胸をなでおろすと、わらの山から出た。体中がチクチクする。わらを1つ残らず丁寧に払った。
少女はまだ気絶している。少女の腕が変なふうに折れ曲がっていたので、木の枝と彼女の頭巾で簡単に固定しておいた。
このままこの少女を置いておくこともできない。朝になったら、またあの連中が戻ってくるかもしれない。来ないとしても、ここに放置していればどのようなことが起きるか、考えたくもなかった。かといって、連れて行くのもいろいろ覚悟は必要だと思うが。
「よし」
あたしは小声で気合を入れると、少女を背負った。
同じくらいの年齢の、これまた同じくらいの背格好の女の子を背負うのは、さすがにきつかった。けど、なんとかなる、いや、なんとかする。あたしは宿に向かってゆっくりと歩き始めた。
裏口から外へ出ると、
「にゃーん」
1匹の猫が、あたしの足元にすり寄ってきた。
「アーテル、迎えに来てくれたんだ。しかも、ルーチェも」
アーテルの隣に、ルーチェが不機嫌そうに立っていた。
相当遅い時間なのだろう、無理もない。
「てか、どうしてあたしがここにいるのが分かったの?」
「寝てたら、アーテルに起こされたんだ。全く人のことさんざん踏みつけやがって。こういうのってエフェルのほうがいいだろう?」
ルーチェは眠そうに目をこすった。
「にゃーん」
抗議するように、アーテルが鳴いた。
「アーテル、ありがとう。ルーチェ、この娘背負ってくれる?重いわ、やっぱり」
あたしはルーチェに背中を向けて、少女を見せた。
「誰だよ?って何があったんだ?」
疑問だらけのルーチェに、あたしは今までのことを簡単に説明した。
「また、いろいろ面倒なことを」
ルーチェは少女を背負いながら、ため息をついた。
「しょうがないでしょ。あたしが踊れない以上は、他で稼ぐしかないし。チュニ族の女の子だって見殺しにできないもん」
あたしは一気にまくし立てた。
「そりゃ、そうだけどさ……」
ルーチェは言葉を詰まらせた。
彼は彼なりの責任を感じているのだろうか。
しばらく、あたし達は無言で歩いた。真夜中のせいで街の中心部とはいえ、すれ違う人なんて誰もいなかった。夜空を彩る星たちが、うるさいくらいにまたたいてはいたが。
「ところで、リュシェーナはどうしたんだ?」
ルーチェは口を開いた。
「途中まで一緒だったんだけど、分かんない」
「それって、やばくないか?ララさんにおこられるよ」
ルーチェは声を潜めた。
「リュシェーナが大丈夫って言ったのよ。あたしだって、自分のことで精一杯なんだから。あの子の面倒なんて見てられないよ」
ルーチェの言いたいことは、分かっている。
あたしだって、同じ気持だ。
「大丈夫かな?」
「ララさんのことは、分からない。でも、リュシェーナだってもう子どもじゃないんだし」
もう少し、自覚を持ってほしい。
希望を込めて、あたしは言った。
宿につくと、女部屋に少女を寝かしつけた。幸いベッドが余っていて良かった。
「じゃあ、また朝になったらね」
あくびをしながら、ルーチェは言った。
「ありがとうね」
あたしはルーチェに礼を言う。
彼は何も言わずに片手を上げて、部屋を出て行った。
「うにゃん」
アーテルも一声鳴くと、ルーチェの後について出て行った。
ふう、あたしも化粧を落として寝ようかな。
「ねえ、セレン。リュシェーナとは、一緒じゃなかったの」
そう思った瞬間、ララが背後から訊いてきた。
ほら来た。
あたしは小さくため息をついた。
「途中まで一緒だったんだけど、それから分からない」
振り返らず、あたしは答えた。
「どうして一緒に帰って来なかったの?こんな真夜中まで、一体連れ回していたのよ」
「ちょっと、稼ぎにね。あたしは止めたんだけど、リュシェーナが一緒についてくるって聞かなかったから。それに、帰る時だって別々に返されたし」
あたしは振り返った。
案の定、ララは怖い顔してたけど、あたしは嘘を付いていない。
「どうして、捜さなかったの?お店の人に、訊けばよかったでしょ」
「だって、そういう雰囲気じゃなかったもの」
「……うるさいよ、ふたりとも。起きちゃったじゃないの」
レイシアがあくびをしながら、むっくりと起きた。
「あ、丁度良かった。レイシア、この娘の傷の手当して欲しいんだけど」
レイシアには悪いと思いつつ、頼んでみた。
「こんな時間に?何があったの?」
レイシアはぶつぶつ言いながらも、引き受けてくれた。
「ごめんね。話すとちょっと長くなるから明日にするけど。まぁ、いろいろあったのよ」
「骨、折れてるじゃない。他はまぁ、そんなんでもないけど」
レイシアが少女の傷をひと通り診ながら言った。
「一応、添え木をしておいたんだけど……」
「役に立ってないよ、これじゃ」
レイシアはあたしが付けた添え木を外した。
「あら、そうだったの?あたしもさ、添え木の仕方なんてあんまり覚えていなくてさ。それに暗かったし」
あたしは言い訳をしてみたが、レイシアは何も言わなかった。
「これでいいわ。あとは明日訊くわよ。もう眠いからうるさくしないでね」
ひと通り治療を終えると、レイシアは再びベッドの中に潜り込んだ。
あたしは黙ったまま化粧を落として着替えると、眠りについた。




