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夕方、ルーチェはフェルセと2人で祭りの会場へと向かった。
会場ではちょうど表彰式が行われていて、剣術大会で優勝したミロンドが表彰されていた。
「父さん、出ていたんだ……」
ルーチェはつぶやいた。
「見に行ったけど、ミロンドおじさんすごかったよ。圧倒的だった。これで2年連続だから、来年も優勝すれば殿堂入りだよね。ミロンドおじさんがいるから優勝できないって、父さん嘆いてたよ」
2年連続。
友人の言葉を聞きながら、ルーチェは去年のことを思い出していた。去年はアイリーが演奏部門で最優秀賞をもらっていた。ミロンドも剣術大会で優勝していた。ルーチェも表彰台にのぼり、父に肩車をしてもらった。その隣で母が照れたように笑っていた。それから3人でたき火を見た。
あれはとても良い思い出だった。去年のことなのに、遠い遠い昔のように感じられた。
「ルーチェ、大丈夫?」
フェルセがルーチェのことを心配そうに見ていた。
「うん、大丈夫だよ。でも、人がいないところに行きたいな」
「そうだね、ここだとゆっくりしてられないね。そうだ、この間母さんと薬草採りに行っていいところを見つけたんだよ。行ってみようよ」
フェルセの話に、ルーチェは大きくうなずいた。
この潰されてしまうような人混みから一刻もはやく抜け出たかった。
2人は手をつなぎ、人混みを抜けて、薄暗い森の小道を歩いて行った。
「足元気をつけてね。木とかいろいろ倒れているから」
薬草採りで慣れているのだろうか、フェルセはぐんぐんと先に行ってしまった。
「フェルセ、待ってよ。暗くてよく分からないんだ」
焦る気持ちはあるが、枝や倒木に引っかかってなかなか前に進まない。
フェルセは立ち止まると、何やら呪文を唱え始めた。
「ライト」
彼の手の平から卵くらいの大きさの光が生まれると、頭の上までふんわりと浮き上がった。
「これでいいかな?行くよ」
「すごいね、魔法使えるようになったんだ」
ルーチェは頭の上に浮かぶ光の玉を見て言った。
「母さんが教えてくれたんだ。少しくらいは覚えておかないと恥ずかしいからって」
フェルセは振り向かずに言うと、再び歩き出した。
「ねえ、フェルセ。剣も魔法も使えないのかな?」
ルーチェは前を歩くフェルセにようやく追いつくと、尋ねた。
「何が?」
「だって父さんはあんなに剣術が上手なのに、母さんを死なせてしまったんだよ。そんなのおかしくない?なんで剣術の修行なんかするの?道に潜むモンスターを倒すためだけなの?」
「そうだね。それはおかしいことだと僕は思うよ」
ルーチェの言葉にフェルセも同意した。
「相手がハサナン人や『監視員』だったから?プラティ族には神様がいないから?」
「うん、プラティ族の神様は芸術や娯楽を司る神様だった。そんな神様がいたら怠けてしまう人間が出てくるからといって、ハサナンやへチールの神様によってこの世界から追放されてしまった。それによってプラティ人の住む大陸は失われ、『監視員』と呼ばれる人々に監視されながら旅をしなくてはいけなくなったんだ」
「それは知っているよ。この右肩にある印があるかぎり、僕達は何もできないじゃないか」
数日前に受けた痛みを、ルーチェは一生忘れない。
「この印は邪魔だよね。ウティの人にこの印の呪いを無くしてもらうような道具を作ってもらうしかないんだよね」
ウティ人は道具に魔法の力を込めることが出来る人達だということを、ルーチェは知っている。
「……そんなこともできるの?」
「なくはないさ。ただ、これだけ強力な呪いなんだ。それ相応の力を持った人じゃないとできないよ。もしできたとしても、使える条件が厳しければ使えないのと同じ事だと父さんが言ってた」
フェルセの言葉に、ルーチェは考えた。
条件が厳しくても、軽減できる可能性があればそこに望みを託すしかないのではないか。
「ルーチェ、着いたよ。夏至祭の炎が見える」
前を歩くフェルセが声をかけてきた。
森を抜けると高台になっていて、祭りの会場がよく見えた。会場の真ん中に、あかあかと燃える夏至祭のたき火が見えた。1年で一番長く空にとどまっていた太陽もようやく沈み、暗くなり始めた周囲を再び照らし出そうかという勢いの炎を、2人はじっと眺めていた。
「ルーチェ」
最初に口を開いたのは、フェルセだった。
「なあに?」
ルーチェは隣にいるソルシェの顔を見た。
「前にも言ったけど、そろそろ修行に出るよ」
たき火から視線を離さず、フェルセが言った。
「うん。寂しいけれど、フェルセがもっと魔法を上手に使えるようになるためには、行くしかないんだよね。きっとフェルセは、サピドゥル様がプラティ族を何とかしなくてはいけないと思って生まれてきた子だから、これからも、もっと、もっと、活躍していくんだろうね」
ルーチェは夏至祭の炎を見た。
足元では夏至祭に浮かれた人々が笑ったり、踊ったりしている。風にのってアーディンの音色が聞こえてきた。
「違うよ、ルーチェ。ルーチェもだよ。一緒に何とかしなきゃいけないんだ」
「僕も?僕に何が出来るの?」
「フェルセ、君が初代の王となるんだ。プラティ族じゃない。プラティ人として」
フェルセはルーチェをまっすぐ見て言った。
一方、ルーチェは友人の言葉の意味がわからなかった。
「初代の王?この僕が?僕はアーディンしか弾けないよ」
「でも、ルーチェは気付いたんだ。プラティ族のこの状態はおかしいって。なんとかなる方法を、さっきルーチェはさがしていたよね」
「探していたけど、それがなにか関係あるの?」
「関係あるさ。当たり前と受け止めずに疑問を持つことは大切なんだ」
口に出さなくても、みんなが疑問を抱いていることなんじゃないかなとルーチェは思った。
「それにさ」
フェルセはにやにやと笑った。
「それに?」
「君は、夏至生まれだ」
「そんなの、迷信だよ。プラティ人の王はフェルセのほうが合ってるよ」
「ぼくはサピドゥルの血が混じっている。ぼくが王になったら、サピドゥルがプラティ族を支配することになるから、だめなんだ。それに、迷信なんかじゃないよ」
フェルセの目は真剣だった。
「甘えん坊でも?」
ルーチェは自嘲した。
「甘えん坊でもさ。これはぼくにとって一番最初の予言だよ。ぼくは占いを覚えてから今までずっとプラティ族の未来を占ってきた。何度やっても同じ答えになる。だからこれは間違いないよ」
そう言われても、やっぱりルーチェには今ひとつピンとくるものはなかった。
それでも心の中で、何かが一歩だけ、前に進んだような気持ちになった。
「プラティ王になるなんて思ったこともないし、今もまだ考えられないよ。でもね、母さんのような人はもう出したくないんだ。あんな悲しい思いはもう誰にも味わってほしくない」
「だから、ぼくはサピドゥル様のところに修行に出かけるよ。だから、ルーチェも僕がいなくても頑張って欲しいんだ」
「そうだね。フェルセが戻ってきて、僕が全然成長していなかったら、笑われちゃうな」
「大丈夫だよ。きっとルーチェのことだから、ぼくの想像以上に成長しているよ」
フェルセはそう言って笑った。
「8年後、またここで会おうよ。一緒にたき火を見たいんだ」
ルーチェは言った。
「分かった。待ってるよ」
フェルセはそう言うと、ルーチェと指切りした。




