爆音新入生
春休みは順調に練習がこなせた。スピード練習にも徐々に取り組み始めた成果か走りのフォームもかなり良くなってきた。これは二人とも、本当にインターハイ路線を勝ち抜けるんじゃないかと思ってしまう。
俺の事務処理がもたついたせいで4月下旬まで記録会に出れないが、地区大会での2人の仕上がりはかなり期待できるだろう。
いつの間にか新学期になっていた。授業も始まり、俺も「顧問」と「教師」の二足のわらじを履きこなそうと奮闘する毎日だ。
だが本業であるはずの「教師」のほうはなかなかうまくいかない。教育実習でも感じたが、生徒が思っている以上に先生は大変なものだ。授業準備とか事務処理とかけっこうやることはある。
ま、まぁ授業見学にきた他の教師からは「要領が悪い」と励まされておりこれからが勝負ってところだな!うん……
新入生も徐々に仮入部に参加し始めている。といってもそれは他の部活に限った話で駅伝部にはほとんど誰もこない。たまに人が来るが、そこそこやる気があるけど駅伝部の現状を見て絶望して逃げていくパターンしかいない。
今日も放課後になって陸上競技場にやってきた。相変わらず陸上部とサッカー部の集合場所には多くの新入生が集まっているが駅伝部の場所にはほとんど人がいない。
今日、駅伝部に来ているのは女の子1人だけだ。どーせまた駅伝部には入らず帰っていくんだろう?
って半ば諦めかけていた。しかしそれは大きな間違いだった。後に俺は、彼女の底知れないパワーを知ることとなる………………
京子と漣が集まったので集合した。
「こんにちは」
いつも通りの俺のあいさつ。だが、反応はいつ通りではなかった。
「「こん―――――――」」
「こんにちは!!!」
!?
な、なんだこの耳がはちきれるような大きな声は? 俺は思わず耳をふさいだ。危うく鼓膜が破れるところだったぜ……
この声は京子でもなければ漣でもない。ということは――――――
「し………新入生………………い……良いあいさつだ………………」
声の主は新入生だった。中学校時のものと思われる体育着に身を包んだ彼女は、京子や漣と違ってセミロングの黒髪だった。童顔も相まって新入生らしく見えた彼女だったが声のボリュームは怪物レベルだった。
「ありがとうございます!!!」
うわああああああああ!!!!耳がああああ!!!
耳を塞がなかった俺の耳はなんか聞こえかたがおかしくなった。
なんだコイツ。昔、特撮ヒーロー戦隊でデカイ声とか超音波みたいなやつを出して攻撃する怪物が確実に一人はいた気がする。だがなぜそれが今ココにいる? なぜお茶の間のテレビから現実の世界へとやって来ているのだ?
彼女に注目してだろうか陸上競技場にいたほかの部活の生徒がこっちをジロジロと見ている。彼らとはかなり離れているはずだが、そんなところまで声が響いているのか。
とにかくコイツはただ者ではあるまい。
「な、名を申せ」
「私は1年3組18番の越平稲穂です!!!」
「駅伝部に入りたいのか?」
「はい!! 都大路に出るためにこの学校に来ました!!!」
なかなかというかかなり珍しい子だ。この駅伝部の現状を知らずに入部しようとは。恐らく高校から長距離を始める子だろう。
……まぁ、多分演劇部とかかな?声大きいし。
「今まで何の部活やっていたの?演劇部?」
「陸上部です! 長距離です!」
そ、そうか。だけどこの駅伝部に入ってくるってことはあまり速くない選手なんだろう。
県上位クラスの選手は強豪校に引っ張られていくのが普通だし、速い中学生が間違ってもこの駅伝部を選ぶことは有り得ない。
でもまぁとりあえずこれから仲間になるわけだし、一種の礼儀として自己ベストくらいは聞いておこうか。
「自己ベストは?」
「はい! 1500mは4分51秒、3000mは9分55秒です!!!」
「嘘だろおおおおおおおおおお!」
「嘘じゃありません! 県中学大会は1500mで2位、県中学駅伝では総合3位で4区区間賞でした!! 都道府県対抗駅伝大会でも補欠に選ばれました!!!」
「ていうことは県内外の強豪校から誘いもあっただろうに、なぜこの高校にきたんだ。」
ちなみに稲穂が話している間、俺はずっと耳をふさいでいた。
それくらいしないと冗談抜きで耳が痛いんだぜ?ありえない。
「この高校の駅伝部は都大路に出たことがあるとお聞きしたので、私も都大路に出るためにこの高校に入学しました!!!」
「それはいつの話だよ! しかも男子だし! 親は止めなかったのか?」
「必死に叫んでお願いしたら了承してくれました!」
そりゃそうだよな。こんなうるさい奴が自宅で思いっきり叫ばれたらたまったもんじゃない。
「とにかく、やる気があるのは嬉しいが声のボリュームをなんとかしろ」
「え、聞こえにくいですか!!??」
「ちがう!」
頭悪いのか!? 耳塞ぎながら「声が小さいよ~」なんて言う人間いないでしょ!?
俺と稲穂の間に生じた緊張状態に気づいたのか、さっきまで呆然と立ち尽くしていた京子が口を開いた。
「わ、私、藩内京子っていいます。これからよろしくね、稲穂さん」
「部長さんですか? よろしくお願いします」
稲穂は深々と礼をした。「!」がつかない声のボリュームになって安心した。な、なんで俺のときはあんなボリュームだったの?
それを見て漣も自己紹介をした。
「あたしは常盤漣。2年生だからあなたの教育係っていうところね」
「よろしくお願いします。『姉貴』」
「な、ちょ、なんなのよ。その『姉貴』って」
「これから面倒を見ていただくという意味で『姉貴』と呼びたいと思うのです。ダメでしょうか?」
「か、勝手にしなさい!」
姉貴ねぇ……
ツンとした態度をとったが、意外にも漣は「姉貴」っていう呼び名が気に入ったとみえた。これはこれでいいや。
「じゃあ、藩内先輩は『藩内部長』と呼ばせていただきます」
「あははは。それでいいよ。これからよろしくね」
京子は笑いながら答えていた。稲穂は初対面の相手だったが、京子にしては落ち着いて対応しているように思えた。
この流れに乗っかって俺も自己紹介をした。
「俺は顧問の栃岡翔だ。この駅伝部のOBでインターハイや都大路に出た。大学は明英大学で、箱根駅伝の予選会にも走っているぞ」
「すごいですね」
「いやぁ。所詮は高校までだったな。これからは自分がランナーじゃなく、君達をインターハイや都大路に出れるようにバシバシと鍛えていくから、覚悟しとけよ?」
「はい。私も楽しみです!」
稲穂は微笑んだ。新入生らしい、希望に満ちた笑顔だった。
その後ある程度の自己紹介を済ませると練習に入った。今日の練習は6000mのビルドアップだ。負荷が高い練習なので稲穂にやらせるつもりはなかったが、中学の自己ベストがかなり良かったということもあり、途中まで一緒にやらせることにした。
3人がスタートラインにつくと、内容の確認をした。
「今日は長い距離の練習だけど、漣は無理するなよ」
「このくらい余裕だし!」
「あーはいはい。中距離選手だから気を遣ってやってるだけなのになぁ。京子はガンガンいってくれよ。これはそのまま3000mにつながってくるからな」
「了解です」
「稲穂は半分くらいまででいいぞ。初日で無理させたくな――――――」
「全部やらせてください」
キラーン。
稲穂は目をキラキラさせながら俺を見つめる。その眩いばかりの眼光には少したじろいでしまう。眩しい。
「いやだから」
「全部やらせてください」
キラっという効果音をつけたくなるほど、その瞳のキラキラ度は上がっていた。
「おいおい、やりたい気持ちも分かるけど、ちょっと無理があるんじゃないか?」
「大丈夫です。冬の間もしっかり走りこんできました。それに、長い距離は得意ですから」
「いやだから」
あぁめんどくせぇ。こんなにでしゃばりたがるのは新入生だからこそなの?
「まぁいいんじゃないの? 稲穂ちゃんだってすごくやりたそうにしてるし、自己責任ってことでいいんじゃない?」
漣が俺と稲穂の間に割って入ってきやがった。
「漣! …………仕方ないな。分かったよ。 その代わり、脚が痛くなったりしたらすぐに止めること」
ここまで言われちゃもう何も言えねぇわ。
「姉貴、先生、さすがです!!! よろしくお願いします!!!!」
稲穂は再びあのボリュームの声で叫んだ。なんで戻っちまうんだ。
すぐにビルドアップを始めたが、3人ともいい走りが出来た。
最初の緩いペースから最後の1周まで京子はずっと先頭を引っ張っていたし、漣もそれに負けまいと食い下がっていた。
稲穂も苦しい表情だったがなんとか走りきった。さすがは県2位、と言いたいところだ。中学生らしい滑らかで無駄のないフォームは見ていて惚れ惚れするほどだった。
練習終わりにはまた集合をした。
「今日は3人ともいい感じに走れたな。これならみんな合格点だ」
「はい。ありがとうございます」
にこやかな京子。
「ちょっときつかったけどね」
ホッとした表情の漣。
「京子先輩も姉貴も、すごく速かったです!!!」
叫ぶ稲穂。
「おい稲穂、声のボリュームを」
「すみません!」
「「「あ゛」」」
その轟音に3人とも耳がやられてしまった。まだまだ油断はできない。
「明日で仮入部期間は終了で、明後日は部活動集会だ。そこで新入部員の登録をするわけだが、駅伝に出るにはまだまだメンバーが足りない。最低でももう2、3人は欲しいところなんだがな」
「先生が変態系ドン引きキャラじゃなくてジャニーズ系イケメンだったら女子は集まると思います!」
鮮烈な一撃を食らわせたのは漣だった。
「それ本当に俺の評価? ひどくない?」
「先生が素敵な貴金属をプレゼントすれば良いと思います!」
「なにその手段! そんなんで駅伝走る人いないでしょ!?」
「役立たねー。じゃあ明日は昼休みに勧誘に行きましょうよ。京子先輩」
うっわー……俺捨てられた。でも
「それはいいアイデアだな。二人で行ってきなよ」
でも京子は浮かない顔だ。
「いや、私、そこまでアピールするのは苦手かな……」
その自信なさげな様子の京子を見た漣は少しやれやれという表情を浮かべつつも、優しい笑みを浮かべた。
「そうでしたね。ごめんなさい。じゃあ私1人で行ってきますよ」
漣はプライドが高い奴だが意外にも京子の気持ちを考えることが出来るんだなって思った。去年からの仲だからか知らんがお互いにいいパートナーになってるのかな。
「姉貴、私もお供します」
「よし分かったぁ。付いてきな!」
「イエッサー!」
彼女も彼女で息がぴったり。うまく行きそうな新学期だ。