第3話「遊戯」
タケルは、「今からこいつやっつけるから」と言った少年の顔を見た。
この子はなにを言っているのだ?
自分らがまったく歯が立たなかったオロチを、こんな子供が?
しかし、「ふん」と気合いを入れた少年は、ドン!と地響きのような衝撃とともに、両手のつるぎで押さえていたオロチを、前へ弾き飛ばした。
タケルは目の前で起きたことが信じられなかった。
オロチが勝手に飛んでいったのか?
いや、そんなはずはない。この少年が突き飛ばしたのだ。
一体、この少年のどこにそんな力が……。すると、その少年が、
「あっ、折れてしもた」
と声をあげた。
少年が両手に持っていたつるぎが根元から折れていたのだ。
「あちゃ~、せっかく先生にもろたつるぎやのに、どうしよ!?」
先生って誰だ?
そもそもこの少年の、まるで子供同士で遊んでいるような軽い雰囲気はなんなのだ。
自分はついにおかしくなってしまったのか。これは幻か、それとも夢なのか。
しかし、タケルが全身で感じる叩きつける雨の感覚や、体の痛みが、これが現実であるということを伝えていた。そう、これは現実だ。
理解はできないが、今はこの少年に頼るしかないのか…。
少年はつるぎを求めている。
つるぎ、つるぎ、つるぎ……。
タケルは「はっ」と息を飲み、思い切って少年に話しかけてみた。
「そのつるぎを使ってくれてもいいから」
すると、少年は体をびくっとさせて、それからゆっくりと顔をこちらに向けてきた。
「!?」
さらにびくっと驚いたのがタケルだった。
なぜなら、目にした光景が異様だったからだ。
振り向いた少年、そのまま体がこちら向くと、なんと向こう側からも別の顔が現れた。
それは少し大人びた青年の顔だった。その青年の顔が正面を向くと、さらにまた向こう側にも顔が見えた。
見間違えようもない、三つの顔と体の両側には三本づつ、計六本の腕が生えており、その真ん中の腕の両手に、折れたつるぎが握られていた。
正面の青年の顔が不思議そうに首をひねらせると、「なに?」と言った。
「あっ、いや、その…」
タケルは動揺しながらも、
「そ、そのつるぎを使ってくれていいから」
と地面にころがっていたオロチのつるぎを指さした。
青年の視線がそちらに動く。
その時だった、青年の真後ろから、オロチの巨大な顔が迫ってきた。
「あっ」とタケルが言うが早く、青年は体を回転させ、もの凄い勢いで回し蹴りをして、オロチの顔を吹き飛ばした。
涼しい顔をして青年は、「借りるね」と言うと、オロチのつるぎを拾い手に取った。
そういえば、オロチのつるぎは選ばれたものしか使えないという呪いがかけられていたはずだった。しかし、青年は涼しい顔をしてつるぎを掲げて眺めていた。
もはや、タケルには何が起こっているのか理解を越えていた。
でも、どうやらこの謎の青年らは自分らの敵ではないらしい。むしろ味方だ。どこからやってきたのか、何者なのかはまったくわからなかったが、今の状況を打破できるのは青年らだけが唯一の望みである。青年らを信じるしかなかった。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
あたりにオロチのおぞましい咆哮が轟き、のたうち回るような振動が地面を伝ってきた。
赤い光が上空でチカチカと点滅したかと思うと、不気味な風を切る音と共に、全方向からオロチの首が青年をめがけて飛んだ。青年は踏ん張ると、飛び上がった。
青年は迫るオロチの首を、器用に体をひねり避けると、オロチの首に飛び乗り、首を斬り落とした。別の首が青年に襲いかかったが、素早い動きで手を突き上げると串刺しにし、えぐるようにして斬り落とすと、次々に迫る首を青年はまるで階段を登るように首に飛び移りながら斬り落としていった。
最後は胴体に突進するように剣を突き刺すと、そのまま飛び上がり、腕を振り上げ、オロチを真っ二つに切り裂いた。
あまりにもあっけなさにタケルはただ茫然と見ているしかなかった。
オロチの胴体からは爆発するように炎と紫の血しぶきが吹き上がり、空を紫に燃え上がらせた。
青年は宙返りして地面に着地すると、しばらく、様子を伺うようにタケルに背を向けて立っていた。
*
タケルは、どこからともなく「タケル!」と呼ぶ声を聞いた。
今の声は…、ヨシノ!?
振り返ると、向こうの方からサルがヨシノを背負って歩いてくる姿が見えた。
「サル!ヨシノ!」
タケルが名を呼ぶと、ヨシノはサルから降り、何度もよろけてコケながらタケルのもとへ駆けつけた。
「タケル!」ヨシノが抱きつく。
サルもタケルのもとへ辿り着くと、
「タケルさん、無事だったんすね。よかったっす」
と両手で膝をついた。
タケルは「もう大丈夫だ。もう大丈夫だ」とヨシノをなだめ、
「サル、古代船には行かなかったのか?」
と訊いた。
サルは顔を上げて、
「行けなかったっす。なので、ずっと岩陰に隠れていました」
と手を仰いだ。
「そうか…。それの方がよかった。二人が無事でなによりだ…」
「はいっす…」
サルは力なく答えてから、辺りを見渡し、「オロチは?」と訊いた。
「オロチは…、倒した」
「えっ!ほんとっすか!?…タケルさんが?」
タケルは首を振った。
「では、チグサが?そういや姿が見えないっすが…」
「いや、チグサではない…」
「チグサじゃなかれば一体誰がオロチを?」
タケルはなにも言わず、後ろを振り返る。
まだ炎が燃える煙の中を、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「彼らだよ」
「彼ら?」
サルとヨシノは首をひねった。
徐々に近づき、彼らの姿がハッキリと見えた時、サルとヨシノは息を呑んだ。
タケルたちの前にやってきた彼らも驚いて、互いに沈黙しあった。
タケルが口をひらく。
「君たちは何者なんだい?どうして僕たちを助けて…」
少し間をおいて、
「…シュラ…」
と青年が口をかすかに動かせた。
「えっ?」
タケルはよく聞こえなくて聞き返した。
青年は少し困った顔をしたが、すぐに元に戻り、少し微笑んでから言った。
「僕の名前はアシュラ」




