7 深見はクラスメイトから取り調べされる②
「盗っていないのなら」真ん中の男子が話しかけている。
高柳の次に背が高く、強面をしたクラスメイトだ。「盗っていないのなら、鞄の中身を見せられるよな」
盗っていないのなら、カバンの中を見られることに抵抗がないはずだ。今すぐ取り調べろ。威圧的な話し方は、戦争映画に出てくる教官を思い出した。
「どうして僕だけ調べるの?」深見は疑問をぶつけた。
「深見だからだよ」積み木の城を、こぶしで破壊するような乱暴な声で、真ん中の男子は言った。
勉強はいまひとつなのに、人を傷つける言葉を見つけることに関しては、天才的な本領を発揮するタイプの人間だ。神経を逆なでする言葉をわざと選択し、相手がより激情することを望んでいる。たじろぎ痛々しい姿を晒す人間を見て、安心するような厄介な人間だ。
「深見みたいな薄気味悪い人間が靴隠しをするからだよ。テレビの特集で見たことがあるだろう?言いたいことが言葉でうまく表現できなくて、その不満を発散できる友達もいなくて、疎外感と孤独感「俺の気持ちなんか誰も分かってくれねえ!」そういった、積もりに積もったストレスがボンッ!と爆発する、あれだよ。深見は見るからに、やりそうなタイプだ」
人間の序列の中で、優位にいることを示すために、大勢の前で一人の人間を追い込んでいた。
糾弾されている様子を何も言えないまま教室の外から眺める。
日頃から深見はクラスの中心人物たちの暇つぶしの遊び道具にされていた。
「理由になっていないと思うけど」深見は相手の目を見て反論する。
「はあ?」男子はわざと大きな声を上げて、へらへらと笑った。「小さな声で全然聞こえないんだけど」相手を従わせる圧は確かにあった。
重たい沈黙が教室に流れている。
「面倒くせえから、さっさと鞄の中身を調べようぜ」男子は親密な声でクラスメイトに声を掛けた。声は優しくても、目は鋭く睨んでいる。
周りの男子は恐怖から行動したのか、虐める支配欲求が刺激されたのか分からないが、その声に従って、鞄の中身を調べ始めた。
深見の声は無視をされ、クラスメイトが彼の通学鞄の中身を点検する。
おそらく深見は、クラスメイトに抵抗し、もっと強く主張することもできただろう。が、『盗っていないのなら、鞄の中身を見せられるよな』という理不尽な言葉で、点検を余儀なくされていた。
教科書を取り出し、文庫本を机に置き、ポケットティッシュを置き、弁当を机に置いた。
一つ一つが机に並べられる。まるで下着泥棒から押収した下着を、ブルーシートに並べる警察官を思わせた。
「これはなんだよ」クラスメイトはプラスチック製のボトルを取り出した。
手のひらサイズの小さなボトルの中には透明な液体が入っている。ボトルの蓋は薄紫色をし、雪の結晶が凹凸で表現されていた。明らかに女性物で、男子高校生の鞄から出てくることは不自然だった。
教室の空気が色めき立つ。
「……除光液だけど」深見がぼそぼそと言う。
「除光液?」真ん中のクラスメイトが嬉しそうに、繰り返す。「深見がどうして持っているのかな?」
「それは靴じゃないだろう」除光液を掴もうと手を伸ばす。他のクラスメイトが深見を羽交い絞めにして食い止めた。
「この前、化粧品売り場で深見を見たやつがいる。これを買っていたのか」
「化粧品売り場に行ってない。ネイルもしない」
「じゃあ、何でここにあるんだろうね。爪に色塗っているんだろ。気持ち悪りぃ」冷たく切り捨てるように言うと、周りが追随するように軽く笑った。
囲んでいる男子の顔を全員見たが、高柳は加わっていなかった。机の脇には何一つ荷物がかかっていない。六時間目が終了したあと、すぐに部活に向かったようだ。
クラスメイトの点検が続く。靴など到底入らないファスナーポケットの中まで調べられていた。
深見は諦めたような静かな目でクラスメイトを見ていた。
その瞳は、朝見かけたものと全く同じだった。