第十六章-1 誰かの為にと問われたら……
アジトに入った俺達はすぐさま後悔した。
目を背けたくなる事態は実現してしまった。
レジスタンスはたった一人の子供に複数人でもにらみ合いをすることしか出来なかった。
「な、何でだよ!」
「……指令です」
「まさか……君だとは……」
咲倉さんの銃口は震えていた。
彼女の予想は不幸にも当たってしまった。
それも凶どころか、大凶で。
銃口を突き付けられ、俺と同じように人質とされていたのは哲也で、銃口突き付けていたのは――真美ちゃんだった。裏切り者は、孤児の中ではなく、レジスタンスの中にいた。
「今まであたしたちを騙して潜伏していたのか」
「はい」
「なら、何故今まで野放しにしていた」
「脅威ではないと言う指令でしたので」
「何だと!」
単調な罵倒に、銃口が一歩分前に突き出る。
しかし、それでは何の脅威にもならない。
発泡しなければ意味がない。しかし、咲倉さんと真美ちゃんとの距離はそこそこある。壁に背を任せる形でいる真美ちゃんを背後から攻めることは困難であり、少しでも近付こうものなら哲也の命が無いことは、誰にでも分かった。
「……目標を確認。並びに包囲が完了したことを確認いたしました」
「目標?」
真美ちゃんに面と向かわれて言われたステラさんが戸惑う。先程外で男と退治した際、目標と捕獲対象で判別されていた。真美ちゃんがステラさんのことを目標と呼んだ時点で、彼女が外にいたアンドロイドたちと目的を共有していることがわかった。
「『ステラ・イシリオル。異世界から来たと呼ばれる勇者をこちらに引き渡すことによってレジスタンス全員を解放する』これが指令です。もうじき仲間が到着致します。ご同行願いますか?」
「無視したら?」
「こちらの者を射殺します」
彼女の銃口はしっかりと哲也に向けられていた。彼の話ではそれなりに仲良くはなれていたというのに、それはただの偽りだったことを、彼は受け入れざるを得なかった。
「酷い言いようだな。せめて名前で呼んでやればいいのに、人情ってもんはあってもいいだろ?」
哀れな哲也を思い、刺激しない程度に真美ちゃんを責めた。少しでも心に響けば儲けものだが、効果はほとんどないだろう。
その予想は遠からず当たる。
「人情は時に判断力を鈍らせる。そう判断されているため、私達潜入型アンドロイドには心情の切り替え装置が備わっています。故に、それは難しい質問です」
「……何だって?」
レジスタンス内部が騒ぎ出す。
「嘘だろ? 真美?」
哲也が泣きそうな声になる。
「彼女が、アンドロイド?」
ステラさんが静かに驚いた。
「なるほどな……2000年位でも結構本格的な人形アンドロイドを作る技術はあった。1200年もあればこれくらいは出来て当然だったか」
人工の皮膚を機械骨格に付着しているのか、または人間の体をベースに臓器や血管などの必要部位を機械化したのか。その結果、アンドロイドを敵視するレジスタンスが寝食を共にしても気づけないほどのアンドロイドが完成してしまったのか。
「D-8人質を抑えておけ。E-3、E-5目標を連行せよ」
「ご同行お願いします」
「出来ないのであれば、どうなるかわかりますか?」
俺たちが驚愕の渦に飲み込まれている間に、アンドロイドの集団がアジトの入り口を取り押さえていた。そのうちの一体がD-8と呼ぶと真美ちゃんは返事をした。それが、彼女の正体を知る何よりの証拠となった。
ステラさんの両脇を固めるように二体のアンドロイドが近寄る。
アンドロイド、企業が彼女を求める理由は何だ? 新たな技術か? それとも単純に戦力か? どちらにしろ、このままでは法王と同じで彼女は勇者としての役割を果たせない囚われの身となってしまう。
「ははっ」
思わず笑いが漏れる。
「何を笑っているのですか?」
「何かの冗談だろ?」
「夢だろ?」
笑い声の主は哲也だった。現実から目を背けたくなった彼の気が触れてしまったか。
「だってお前人間だろ? 飯食えてたし」
「バイオマスシステムで有機物を電力に変えていただけです。それにより長期間行動も可能となります」
「アンドロイドの割には柔らかい体してるじゃねえか。背中に押し付けてるおっぱいとかすっげぇ柔らかいぜ」
「人工皮膚と特殊ゼラチンによって同感触の物を再現しています。勿論、生殖機能は備えておりませんので、母乳は出ません」
「それもどうせ嘘なんだろ? ほら、尻とかもこんなに柔らけえし」
「ヤメて。セクハラ。エッチ」
哲也が真美ちゃんに語りかけながらさり気なく彼女のお尻を触りだす。
そんな彼は笑いながら、泣いていた。
信じたく無かったのは、誰の目から見ても分かった。
「てことはお前の親って誰だよ?」
「親はいません。強いていうのであれば、製造号機は203号機。そこで私は作られました」
「んならお前貰いに行くときはそこまで挨拶しにいかないといけないんだな。そいつ今どこに住んでんだよ?」
「私はあなたの物にはなりません。私の主は」
「そいつは本当にお前を大切にしてんのかよっ!」
哲也が吼えるように泣いた。
「お前の仲間どんだけ減ったと思ってんだ! お前の前はどうなんだ! D-1は? D-2は? 3~7はどうなんだ⁉」
「それぞれの必要とされている場所で任務を遂行しています。それをあなたに――――D-5だけは既に個体自体ありません。任務中の損傷により維持が困難になり、同じ境遇の個体たちと稼働に支障が無い部品を繋ぎ合わせ再利用」
「D-8。その説明は不要だ」
今この場を指揮しているであろうアンドロイドが真美ちゃんに指示する。その言葉を受けて真美ちゃんは戻ったように見えた。
「俺の親父はクズだったよ。子供だった俺を一人にしたんだ」
それにも負けじと哲也は話を続ける。哲也とは監視役と言う立ち位置上よく話すことはあったが、彼の身の内話は俺ですら聞いたことが無かった。
「惚れた女のケツ追っかけて、子供と離れたどうしようもねえ男だよ」
「男の中には性欲に勝てない無力な存在がいます」
「あぁ、親父も勝てなかったんだろうな。俺はそんな親父が嫌いだった。でも――結局俺も親父の子供だったんだな」
嗚咽を交えながら、それ何とか止めようと頑張るも、今度は涙が零れる。もはや制御すら出来ない中で、哲也は頑張って続けた。
「やっぱ、お前のこと、好きなんだ。人間と、アンドロイド? でも、好きにはな、慣れるだろ? 子供が、産めない? それでも、夫婦にはなれるだろ? 子供がいるのに、女を追った親父と一緒だ。俺は。真美の言うように、女に、性欲に勝てねえんだ」
「…………」
哲也の情けなすぎる告白に嘲笑う者は誰もいなかった。あの咲倉さんですら無言だった。
「D-8」
「…………」
「D-8に異常な信号を検知。D-8応答せよ」
唯一空気を無視して語りかけたのは指揮官のアンドロイド。だが、D-8、真美ちゃんは応答しない。アンドロイドだから微動だにしないなど動作も無いことだが、そうだとしてもこの反応の無さは異常だった。
「真美。頼むから。元のお前に」
「D-8の異常は任務執行の障害になり得ると判断。E-3の代わりに奴を人質に取れ」
「了解」
ステラさんの左サイドを固めていた一体が、真美ちゃんの方に歩を進める。
それにより一体分の隙が出来た。が、それも束の間、それを補うかのように新たなアンドロイドが彼女の脇を固める。
「D-8とE-3が交代後、すぐさま目標を母艦へと連行する。D-8はその後伝達基盤に異常が無いか検査を行うように」
「は、い」
指揮官アンドロイドの指示を聞き入れたものの、その返事はたどたどしかった。
それでも指令を聞き入れるあたり、真美ちゃんはアンドロイドの責務を果たそうとしていた。
その反応に哲也は悔しそうに歯噛みする。自分の無力を表現しているような野良猫でもあり、近寄る不審者に威嚇をしているような獰猛な犬にも見える。
「D-8。人質を渡せ」
「…………」
真美ちゃんは無言で哲也をE-3へと引き渡す。
哲也の体を最終的に押し出したのは、真美ちゃんだった。
彼の愛の叫びが届かなかった、訳では無かった。
寧ろあったからだからこその所業だったことが、彼女の頬に現れた。
「D-8――ッ!」




