第十二章-1 守る為には……
俺は店を出る際にオプション代(例のマジックミラー)を支払うことになった。幸いなことにオプションについてステラさんに追求されることは無かった。恐らくオプションという意味を理解していなかったのだろう。
後は来た道を戻って行くだけだ。道標はステラさんが残してくれているはず。――先のことがトラウマになっていなければいいが。
街の中は二時間も経ったというのにさほど変わっていない。相変わらずネオンが眩しすぎる。 数少ない変化といえば人間の数が減ったという所だろうか。確かあそこを出る時は22時近かったから家に帰ったか、寝てしまったのだろう。
辺りの店をちらっと確認すると、店員は全員アンドロイドだった。アンドロイドだからこそ出来るブラックワンオペだな。
「それじゃ外に出ましょう。悠さんから聞いたのですが、敵はアンドロイドだけじゃないそうです。ステラさんの世界で言う賊がいるんです」
「サクラさんたちと一緒な人たちがですか? なら話をすれば分かってくれるのではないでしょうか?」
「サクラさんたちはレジスタンス、言いやすくすれば革命軍ですね。一方今頃外で出てくる人を待ち受けている人たち、奴らはレジスタンスじゃなくて賊です」
「同じ人で同じ相手に怯えているなら何で協力しないんですか⁉」
「怖いんですよ。レジスタンスみたいに力を持っている訳では無い人たちが彼らの前に立っても無抵抗に殺されるだけなんです」
言ってみればこの世界において咲倉さんたちは勇者に近い。
けど、ステラさんみたいに皆が勇者を頼るほどこの世界は甘くない。
存在する悪の大きさを、皆重々理解しているからだ。勇者がいたとして改善されるものなどほとんど無いからだ。
「そんな……。でも、私が説得すれば何とか」
「下手に刺激しないでおきましょう。寧ろ騙されてしまう可能性だってあります。ステラさん山賊に騙されかねましたからね」
「うっ……」
痛い所突かれたステラさんが呻く。
「咲倉さんが心配しています。行きましょう」
俺は腰に備えたホルダーにある銃を見る。
異世界の山賊とは違い筋肉もりもりで力で抑え込むような人たちだけではない。見た目が孤児に近い子供たちの可能性だってある。力ではなく油断や哀愁で虚をついて盗むことなど発展途上国ならず先進国でもあり得ていた。
そう目の前にいるようなあの子たちのように。
レジスタンスの人達が着ているぴっちりスーツではなく、ぼろきれのような布地の服を着ている子。今季節がどうなっているのか、温暖化や寒冷化がどの位進んでいるのか分からないが、屋外で過ごすにはかなり厳しい身支度をしている。
アスファルトが隆起してできた屋根の下でうずくまっている姿を見ているとどうしても声をかけたくなる。が、それは罠かもしれない。
アスファルトの影となっている部分。その中に闇と一体化した誰かが飢えたハイエナのように息をひそめているかもしれない。抑え込んで身包みを剥がされるかもしれない。
或いはこの子供たち自体が言葉巧みなペテン師である可能性も捨てきれない。
油断させて相手の持ち物をすり取るか、上手いこと扇動して自分の駒として使うか。
そんな奴らかもしれないから油断できない。
出来る限り見ないように、声をかけないように。そう、考えながら後ろに手を回す。
引こうとした手が、そこには無かった。
「どうしたの? 何で泣いてるの?」
嫌な予感をさせる前に聞きなれた声が答えを導き出してくれた。
ステラさんのことだから捕まったとしても逆に返り討ちにする位の力はあるだろう。問題はもう一つだ。
ステラさんが耳を傾けている辺り、子供たちは何か小言を呟いているように思える。
嫌な予感がした俺はすぐに近くまで寄ろうとする。しかしその前に話が終わってしまったのか、ステラさんが立ち上がるとこちらに戻ってきて――通り過ぎようとした。
「ちょっと待ってください! どこへ行こうとしているんですか⁉」
ステラさんの肩に手をやり何とか止める。もし、このまま行かせていたらとんでもないことが起きていたのではないかと思ったからだ。その予想は悲しいかな、的中する。
「聞いてください! あそこにいるアンドロイドが子供たちの食料を奪ったんです! だから」
「あれはどう見ても商店です! ステラさんは騙されてるんですよ!」
ステラさんの指差す方向には俺にとっては懐かしい施設があった。
真四角と言う何のこだわりも無い建物。規模は最低限のサイズでバックヤードすら存在しない店内には、所狭しと商品が詰まれている。一目見てこの世界におけるコンビニとはあれに違いないと断言出来た。
「そもそもあんな倉庫みたいに置かれている品物全てが子供たちの物な訳無いでしょ!」
「他の人の物も盗まれているかもしれません!」
「あれは自社製品ですから!」
あれがどこの後継店かは知りませんけどコンビニはすんごい苦労してるんですよ! いや、親会社は凄い儲かっていると思うけど、子会社――つまりフランチャイズは死に物狂いだって店長がレシート眺めながら嘆いてたのを俺は何度も見てるからね!
「でも、あれは私たちを撃ってきた奴らの仲間ですよね?」
「見た目はですよ。じゃあ聞きますけど、先程ステラさんをお風呂まで導いてくれたのは誰ですか? お風呂に入れてくれたお店の店員は?」
「そ、それはいい、あんどろいどさんで」
「そう言うことです。逆にいい人もいれば悪い人もいる。ステラさんの世界にだっていい人間と悪い人間がいるんですよね?」
「そ、それはそうですけど……でもあの子たちが可哀想ですよ!」
可哀想……まぁ確かに見た目や境遇は悲惨な物だ。
だからと言って、人を騙して自分たちは何もせずに利益を得る奴を見逃すわけにはいかない。レジスタンスの中にもやれることを探し出して皆の役に立とうとしている子供はいるんだ。個人だけを特別扱いしていいわけでは無い。
「じゃ、じゃあせめてあの子たちの為に少しでも物を分け与えてあげましょうよ!」
「その物をどこで手に入れるんですか?」
「それは、何か手伝えることが無いかあんどろいどさんに頼んで、その報酬で」
「アンドロイドは機械ですから出来る仕事をただひたすら続けるだけです。疲れることも、余計なことをすることもありません」
「そこを荷物運びとか、魔物の駆除とか」
「コンビニ、あの店には一日二、三回位しか荷物が届かないはずですからそれ以外に荷物運びはありません。この世界に魔物もいませんし――強いて言うなら、アンドロイドにとっての魔物は咲倉さんたちのようなレジスタンスやさっきの子供たちです」
異世界では慣れない世界観に翻弄されまくっていたが、ここは俺の――正確には俺のいた世界の未来に値する場所だから代わり映えしない情勢や背景なら、異世界のステラさんを論破することは容易かった。
それでも彼女が諦めていないのは表情を見る限り理解できた。
こうなった彼女を動かすのはかなり難しい。駄目だったら子供たちに延々と謝り続けることになりそうだし、この世界にぐれてしまった子供たちに罵声を浴びせられる彼女を見るのもきつい。
俺は咲倉さんから貰ったカードを見て溜息を吐く。
先程余計目に使ってしまったせいでもう一度宿に泊まれるほどのお金はない。
けど、食料を買うお金はあると思われる。
異世界では持ち家率の低さから宿の需要が高かった。だから、宿と食料の価値にそこまで差は無かった。
一方日本は持ち家率が高かった。今ではどうなのか詳しくは知らないが人口減少の影響は自然と持ち家率の減少、それ以前に宿泊客の減少を生む。それにより宿泊施設の嗜好品化が進められていれば、コンビニ100円のコーヒーではなく喫茶店500円のコーヒーを求むような人が増えている可能性も大いにある。
「咲倉さんには謝らなくちゃいけなくなりますけど、このカードを使って子供たちに」
「失礼します。少しお話よろしいでしょうか?」
俺の案をステラさんに伝えようとした時、後ろから声が聞こえた。
「だ、誰ですか⁉」
「えっとどちら様――」
ステラさんの反応からして知っている人物ではなさそうだ。アンドロイドか人間かは判断できないが声質からして人間、男性だと思われる。
その答えを確かめる方法はあるし、それを実行に移したかった。
けど、そうはさせないと言う意思が、相手から俺の背中に突き付けられていた。
油断した。
敵は一人じゃない。
ましてや小賢しく来る必要性も罠にかける必要性も無し。抵抗できないようにすればいいだけなのだから。
背中から伝わる冷やりとした円形の感触。
それが銃口であるの気付くのに時間は要しなかった。
(変な動きをすれば、どうなるか分かりますか?)




