第十一章-8 手を差し伸べようとしても……
出た! 例のお世話システム!
しかも今回に至っては選択肢なしかよ!!
俺は何をされるのか恐れながら、すぐにでも部屋を出る準備をする。
辺りを警戒していると、異変は上部から起きた。
格子状の穴が天井に備わっており、その中から水が出てきた。
けど、ただの水じゃない粘液状の、まるでスライムのような水が少しずつ部屋の中に下りてくる。まさかの異世界要素ここに⁉
俺が今すぐにでも外に出ようと準備していると、
『浴槽の準備ができました』
と告げられた。目の前には、シャボン玉よろしく。水が球体となって浮いている。
……もしかしなくても、これが浴槽か?
ここから水を汲んで体を洗えということか? てかどうやって浸かれば良いんだ? 忠に浮いているから泳がないといけないぞ?
そもそも、まず、この水は大丈夫なのか?
あらゆる不安が俺の中に雪崩込む。
取りあえず部屋の中にある桶を取って、水の成分を調べる。
桶を水の中に入れると俺がよく知る抵抗力を受けながら、水の球体を通り抜けた。
球体から取り出された水に手を触れる。ちょうどいい水温だ。37,8度くらいか?
そして流してみると、普段の水のように流れ、角にある排水溝へと流れていった。
どうやら見た目に反して普通のお湯のようだ。
俺は再度お湯を汲もうと桶を中に入れる。
その時、うっかり桶を手放してしまった。
が、それが思いがけない光景へと、俺を誘うことになった。
「……浮いてる?」
桶が浮いたのだ。それも不自然なことに球体の上にではない。球体の中にだ。
まさかな……。
俺は覚悟を決めてお湯の中に入る。すると、体は見事に浮いた。そのまま球体の上に行くと、まるで俺が釣り用具のウキになったかのような形でプカプカ浮いたじゃないか!
しかも体勢を変えても球体の上なら落ちることは無い。
エアマットやウォーターマットを使ったことは無いが、恐らくその感じに近い、いやそれ以上だ。
「はぁぁ……生き返る……」
俺はおっさんみたいなことを言って目を瞑る。
けど、その言葉はあながち間違いではない。
俺は何度も死にそうな場面に遭遇した。
魔物に囲まれ、山賊に取り押さえられ、牢獄に閉じ込められ、そして世界を渡って、今度はアンドロイドの相手だ。生きているのが奇跡とも言える大冒険の真っ只中何だ。
「こんな平凡な俺が生きていけるのはステラさんのおかげだな」
今隣で味わったことのない最高の気分で入浴しているだろう彼女がいてくれたからこそ、俺はこうやって生きていられる。困った時は頼っていいとは言ったものの、実際は頼ってばかりだからな。
「絶対に、元の世界に帰してやらないとな」
彼女を待つ人は異世界に何人もいるに違いないし、彼女も故郷に戻りたいはずだ。
そのためにはあの懐中時計を探さないといけない。一体どこに落としちまったんだ。おまけに落としたのがこの世界だというのもまずい。既に再起不能な状態に壊されたり、溶かされている可能性もある。そうなると、別の手段を探さざるを得なくなる。
「それだけは絶対に避けないとな」
俺は浴槽と呼べるのか分からないお風呂から抜け出し、体を洗おうとする。
「ボディーソープやシャンプーはどこだ?」
が、それらしい用品、容器が見つからない。タオルは常備してあったのにこれだけ存在しないのか?
いや、そんな訳がない。必ずどこかに備えられているはずだ。
例えばボタン式で、どこかから出てくるとか。
そう思って探してみればやっぱりあった。幾つかのボタンと蛇口のような物。
「これかな」
俺は蛇口の下にタオルをセットし、ボタンを押した。
……出ない。
「違うやつを押しちまったか」
ボタンが幾つもあると紛らわしいな。
顔を上げ、別のボタンを押そうとした。
その手が止まった。
浴槽が広くなっている。
奥行きが二倍くらいになっている。
そして、部屋の中には球体が一つ増えていた。
その中に――一糸纏わない、ステラさんの姿が。
「⁉⁉⁉⁉⁉」
俺は言葉が出なかった。いや、出せなかった。出したら確実にやばいと生存本能が訴えかけてきたからだ。
俺の前にあるスイッチ部分は元の壁のままだが、その隣に突然大きな窓ができたかのように向こう側の様子が包み隠さず披露されていた。勿論水球体という外枠が無いよ糞に入ったステラさんの姿も! 良かったね過去のステラさん。君の悩みは立派に解決――ってそういう問題じゃない!
「――――――」
「えっ?」
ステラさんが口を動かして何か喋っている――ようだった。しかし、何と言っているか分からなくて思わず問い返してしまった。
慌てて口を閉ざすも、浴槽という密閉空間ではたった一言でもよく響いた。ステラさんに届かない事は絶対に無いと思った。
…………。
だが、ステラさんが反応することはない。
それどころか、こちらの様子に気づいていないのか、両手を組んで上に伸ばすという超絶無防備な姿を顕に。
俺は急いでこの状態を止めにかかる。このままでは俺の理性がもたない。
先程押したボタンと同じボタンに人差し指が近づく。
後数センチ。そこまで来て俺の指は止まった。
本当に大丈夫なのか?
心の奥底から謎の声が聞こえる。いや、俺の声だ。この世界が日本という俺の知っている場所からかけ離れた世界だとはっきり断言した俺の声だ。
このボタンを押せばこの、恐らくマジックミラーだと思われる壁が元に戻るかもしれない。が、もしも、もしも、だ。その前段階があったら。
全開放と言う、禁断の二段回目があったら、だ。
ステラさんは比較的温厚な人だ。けど、この非常時に普段通りの彼女でいられる確証はない。
隣に浮かぶ水球体と一緒に、彼女の業火で蒸発させられるかもしれない。
隣に浮かぶ水球体と一緒に、彼女の絶対零度で凍結させられるかもしれない。
どれも一瞬で即死レベルの事態。
ここでとれる俺の行動は――ただ一つ。
水球体の流し方が分からなかったのと、マジックミラーのようなシステムの危険性に怯えた俺は風呂場を閉じると言う端的な証拠隠滅を行った。タオルとドライヤーを最大限にまで駆使し、お風呂に入っていたことを悟られないようにしてから、洗濯を拒否した服を着衣しなおし。ベッドに駆け込んだ。
そして、寝たふりを貫くことにした。




