第十一章 手を差し伸べようとしても……
新しい寝床を作っていると、入り口付近が賑やかなことに気づいた。
「まさか本物の勇者様だったとはな! これなら革命の時期は近いかもな!」
「痛いですよ、サクラさん……」
そこにはステラさんの肩をバンバン叩いて大笑いする咲倉さんと、それに若干涙目で戸惑うステラさんの姿があった。まぁ予想はしていたけど、勇者はやっぱり偉大だった。
聞こえてくる話によれば、近づいてくるアンドロイドは問答無用に両断。集団でライフルを構え、銃口をこちらに向けている一団には雷系の魔法で一網打尽。危険と判断したアンドロイド一体が撤退するのを追いかけ、まんまと罠にひっかかり周囲をセントリーガンに囲まれても防壁魔法で全て防ぎきり、逆に周辺を凍てつかせる氷魔法でセントリーガンをショートさせてしまう始末。
それはもうアンドロイドも、尻尾はないけど逃げるだろう結果に陥ってしまう訳だ。
「と言う訳だからあいつらが元アジトを偵察に来るまではまだ時間がかかるだろう。まぁ何も残ってない以上足取りを掴むことは不可能だけどね!」
上機嫌な咲倉さんが継ぎ接ぎだらけのアジトが壊れそうなほどの高笑いを見せる。
「あんなご機嫌なリーダーは初めて見たな。これはあの子をどんな手があっても離さないぞ?」
「は、ははは……」
俺と一緒に荷物運びをしていた時に知り合った由人さんが俺の肩を肘で小突いて来たことに苦笑いを浮かべる。流石にずっとは俺もステラさんも困るんだけどな……。
なんせ、逃げたからと言って安全な訳ではない。
現在日本はアンドロイドを有した大手企業の人間とアンドロイドが混じった上層院が、旧日本における政府のような存在で実権を握っている。が、それはほぼ独裁政権に近く、一部の上層院支持者以外の人間はろくな保証も権利も受けられてはいない。
そうした人間は海外に逃げるか、アンドロイドと同等、もしくはそれ以下の労働下で働かされるか、こうやってレジスタンスとなって抗うしか、生き残る方法が無くなってしまっている。
上層院のうち、このアジトを攻めているのは千葉にある都市に住む上層院だそうだ。今の都市は昔の政令指定都市や首都とは大きく変わっており、大規模なアンドロイド生産所が存在する場所が都市と制定されている。
以上が、移動をしながら由人さんから聞いた話だ。
ちなみにもう一つ気になっていたことを聞いてみたら単純な答えが返ってきた。
「人口がほとんどいないか苗字という概念はとっくの昔に消滅したらしいぞ?」
疑問系だったのは由人さんが生まれたときには既にそれが当たり前だったからだと言いう。43歳だって言ってたからだいぶ昔から何だろうな。
「ほら、飲みもんだ。喉乾いただろ?」
「あ、ありがとうございます」
咲倉さんがステラさんに飲み物が入っているだろうステンレスの水筒を渡す。
けど、その使い方がどうも分からないステラさんは色んな方向を見ながら首を捻る。
「こうするんですよ」
と、俺は上部の方を左に捻って開けてみせる。
「ありがとうございます。ケイタさんご無事でしたか」
「本当に異世界の勇者なんだな、こいつは恵太が生きていた頃から変わらないんだろ?」
「向こうの世界はコップと水差し、桶が一般的でしたからね」
「あ、桶――と言えば、私かなり汗を掻いちゃったんですけど。この辺でお風呂に入れるところはありませんか?」
何気ない会話だった。が、それが一瞬で凍りついた。
やっぱりか。俺は何となくの予想がついていた。
「すまないが、それはできない。流石の勇者様でも」
「えぇっ⁉ な、何で!」
「水がすごく貴重なんですよ。恐らくですけど、その飲み水も実はかなり大事にしなくちゃいけない一品じゃないんですか?」
俺の問いかけに、咲倉さんは重々しく頷いた。
「ステラさんの世界みたいに川の水を汲んで飲むのは駄目ですからね。お腹を壊すと思いますから」
「飲んじゃいけないお水何ですか?」
「廃墟から流れた汚水が混じっている可能性もあるからな。入浴でもしようものなら肌が荒れるし、傷でもあればそこから血液に流れ込んで感染症になり兼ねん」
ステラさんの顔が少しずつ青ざめる。
俺のいた時代でも川の水や池の水は、清流と呼ばれているもの以外は飲もうともしなかった。理由は単純で、水道水と呼ばれる飲料水が簡単に手に入る方法があったからだ。その導線がどこにでもあった。地面の下に。
しかし、アスファルトが割れ、地面が抉れたこの土地で水道管が生きているとは到底思えない。ましてや水道局がしっかり機能しているかも怪しい。
「殿に加わって貰ったことも、ましてや弾薬の節約に貢献してくれたことも有難く思っている。――だが、ない袖は振れないんだ」
「それって――どういう意味ですか?」
「俺たちの国の言葉で、無い物は出せないってことです」
「……無い」




