第十章-1 作られはしたが……
「殲滅することはできなくてもアジトへのガサ入れは可能ってことかい!」
「いかがなさいましょうか?」
「決まってる。ここを廃棄してDに向かう。武器と食料を優先にまとめ、移動する準備をしろ! 敵部隊接近まで凡そ何分だ!」
「5分以内です!」
「短いな。よし、あたしは迎撃に出る。悠! 智人! あたしとともに迎撃に向かうぞ!」
現場が慌ただしくなるも、動きに焦っているような仕草は無い。こなれている。つまり、それだけ襲われたことがあるってことか。
「すまないが君たちの話を聞いている暇は無いようだ。新しいアジトに無事移れたら、あたしから話そう」
無事に帰れたら。
その言葉が、底知れぬ恐怖を生む。
「ステラさん。確か俺の中に映っていた自転車を頼りにここまで来たって言ってましたよね?」
「はい? そうですけど?」
俺はステラさんの手を取った。
「えっ? ケイタさん⁉」
「俺がしっかりと想像するからそれを見て、今すぐ元の世界に戻りましょう」
人の記憶は曖昧だ。メモでもしない限り少しばかし歪んだ記憶に書き換えられてしまう。けど、ずっと同じ物が横にあるのならば間違いようがない。
つまり、ステラさんの記憶を覗く能力と思った場所に行き着く能力さえあれば、俺たちが戻るのは容易いのだ。
「……本当にそうするんですか?」
それに伴う代償を理解できないほどステラさんは馬鹿正直ではなかった。
この行為は言われるまでもない、逃げるということだ。
「この世界は俺たちには関係ないんだ。いや、実際には俺の世界だけど、俺がどれだけ長命であったとしてもこの時代まで生き残ることは無い。ここで俺たちが元の世界に戻ったとしても、何も変わらないさ」
「でも、そんなことしたらサクラさんたちが!」
「確かに命の危険に晒されるだろう。けど、関係はない。寧ろ俺たちというこの世界にふさわしくない足枷を外せるんだ」
ステラさんは勇者であり、この世界でも対抗できるという実績を既に見せつけている。そんな彼女でも、この世界にある戦い方に完璧に対抗できるかといえば難しい。レーザー系やセンサー系等の攻撃、サイバー系による情報戦などはお問違いにもほどがあるほどステラさんの世界とは無縁だ。
そして、今更言うまでも無いが、俺は無力だ。
異世界で習得したボウガンも手元にはない。銃でもあればとは言ったものの、素人に武器を提供できるほどこのアジトが潤っているとも思えない。
それなら一番俺たちの生存率を高める方法はこれしかない。
それでも、やはり彼女は反論してきた。
困っている人を助けるのが勇者の役目。
そしてその対象が今目の前にいる。
それだけで、彼女を束縛するには十分だった。
「やっぱり見捨てるわけにはいかないんです」
「死ぬかもしれないんですよ? この世界にはステラさんの知らない凶器がいっぱい詰まっているんですよ!」
「それでも! 私は勇者だから!」
一切反らすこと無い視線に。俺は圧倒されると同時に、変わったなと思った。
あの時は泣きそうになりながら頑張って人助けをしようと背伸びしていたのに。今となっては揺るぎない自信に満ち溢れている。
「また俺の頼み事は後回しになるのか」
「うっ……それは……でも、それでいいってケイタさんがおっしゃったから、それに乗っかるような事は卑怯で――」
「いや、いいんだ。俺が言ったんだから。困った時は助けを求めていいって言っただろ? だから俺はそれに応じる。ただ、今回ばかしは俺は武器を持っていないから、戦いには参加できないけど」
「大丈夫です! 私がケイタさんの分も働きます!」
そう言われると、俺がヒモみたいに聞こえるから嫌なんだけど。
まぁその前に伝えることがあるから言わないけど。
「もう咲倉さん出ていってだいぶ経つから追っていったほうがいいと思うよ?」
「……はっ! そうでした!」
ステラさんがはっとする。
「5分後に着く位だから迎え討つならもう交戦しているんじゃないのかな?」
「い、急がないと!」
そう言ってステラさんは俺の前から音速の如く消え去った。そんなことしたら痛いしっぺ返しを食らうよ?
「……さて。俺も呑気にしていられないな」
俺は近場の人に何か持つものは無いか訪ねた。
もうすぐここを出る。それなら、せめて荷物持ちくらいはしないといけない。日本の古くから伝わる教訓『働かざる者食うべからず』は、荒廃したこの世界にはおいては絶対であろうと俺は理解した。
ステラさんは今、未知の前線という最凶のブラック企業で働いている。
俺もそれに負けないよう、新しい基地をほんの少しでも心地よい場所にするよう心がけることに決めた。彼女はこの時代の過酷さを知らないのだから。
そんな俺も、とんでもない過ちを既に犯していたことに、この時全く気づいていなかった。




