第六章-6 求める為に必要な物は……
「ちょっと遅くなったかな?」
定期便の手配は思いの外難航した。理由は言わずでも無い交通手段だ。
馬車と言うのは時間がかかるうえにトラブルも多い。欠航になったり、エンジントラブル、人身トラブルが起きても5分も経てば連絡が至る所に行き渡る日本とは違い、その理由を知る術はトラブルに会った張本人たちが辿り着く他ない。
後は運賃。ハーディさんの所でいっぱい貰ったとはいえ、運賃には移動賃だけがかかるわけではない。その間の食費は自分たち持ち。機内食と言う豪華な物が出る訳ではない。途中別の町や村に到着した際も、野宿ではなく宿を取るのであればそれも自費となる。
それら全てを考慮しながら、次の目的地としてぎりぎり行ける場所が見つかった。
出発できるのは二日後。今日泊まる宿を二日取って残った資金でも、道中の食事を質素にすれば何とか向かうことができる。
その間はステラさんには仕事を無視して自由に動いてもらう。そうすることで、彼女のうちに溜まっているであろう物を排出できればと考えている。
「部屋に灯りはついていない――けど」
何となくだが、いる気がした。
カーテンが閉め切られ、ランプの灯りさえない。
それでも何となくだが、内側に纏う闇が蠢いているような気がした。
俺は宿に入り、上の階に進む。
相も変わらず鍵がついていない不用心な部屋の前に立つ。
俺の部屋――の隣で部屋を取ったステラさんの部屋の扉をノックする。
反応は無い。
「――――っ――。――、――」
けど、聞こえる。
何か祝詞、いや呪詛を唱えるような静かな声が、聞こえる。
意を決し、扉のドアノブを捻り中へと入る。
「あぁぁ……」
それが第一声であり、それが全てを体現していた。
「私の意味はなんでしょうか? 見回りでしょうか? はい、畏まりました。見回りをします。人が襲われています。勇者なら助けるのが当たり前です。駄目なんですか? 見回りが私の意味なんですか? 勇者には見回りをするのが義務付けられているのですか? それとも私だから見回りが義務付けられているのですか? もしくは私には見回りがお似合いなのでしょうか? ただ見ているだけの勇者像が私の象徴として相応しいのでしょうか? 私にはこの程度がお似合いなのでしょうか? 皆はそんな私を求めているのでしょうか?」
ステラさんはベッドの上に体育座りで顔を膝と膝の間に埋めて言葉を連ねていた。彼女の背中に本当は無いはずの『10t』と書かれた錘が乗せられているように見えた。灯りも無いこの場所で彼女はどれだけの時間呻いていたのだろうか?
とりあえず俺はランプの灯りをつけ、周囲を照らすことにした。
「大丈夫ですか?」
「っ⁉ ケイタさん⁉」
ランプがついたことにすら気づかなかったステラさんだったが、俺が声をかけるとようやく気付いてくれた。
「今日は応援に来てくれてありがとうございました。幸い、アレンさんがすごく強い人だったので事無く終えましたが、もしあの場にアレンさんがいなくてステラさんも来てくれていなかったら俺かなり危なかったかもしれないな」
本題に入る前に昼過ぎにあった出来事を回想しお礼を言う。
まずは気分を紛らわせないと次の話に持って行ったとしてもまともに聞いてくれないに違いない。
「そんなことはありませんから。私がしたのは救援じゃなくてただの職務怠慢です。その間北にいた人たちは私の抜けた分も余計に見回る必要ができたせいで、悪妻の愚痴話を中断させたり、昼寝の妨げになったり、○×三並べを決着がつかないようにさせてしまったんです。北門だけではありません。西門にいた人たちには勇者と言う救いの綱が現れたと伝えるだけ伝えて結局私は戻らなくちゃいけないという絶望を与えてしまいました。私はお金に目を眩ませてしまったただの守銭奴だったんです。本来ならばあそこで拒否をして路銀などいりませんと断ればよかったのですが、これから数日いることを考えると銀貨20枚の報酬に逆らう訳にはいかないと考えてしまったんです。最悪ですよね。人よりお金を取る勇者様って」
が、俺の目論見は全くの裏手となった。
彼女が西門を去ったことは現場にいた俺も理解できるほど悲惨な出来事だった。粛清を受けるとされた男は一体どんな目にあったのか、怪我をしそうになった女性はどうなったか、壊れかけの家で老人は今も脅えているのかは定かではない。そしてそんな人たちの気持ちを一身に受けることになった傭兵たちは圧倒的不利な状況でも立ち向かうことを余儀なくされた。
一方で北門に関してだが。聞く限りでは明らかに配備過多だ。
世間話をしながら見回りができるほどの余裕。
昼寝をしていてもばれない、もしくは叱責さえされない現状。
○×三並べと言う実は先攻だろうと後攻だろう(先攻が置いた場所に対して後攻が特定の場所に置くと絶対に引き分けになるという)と一生終ることができないゲームをする時間の浪費をせざるを得ない事態。
俺はそれを聞いて、決意する。
「ステラさん明後日この都市を出ましょう」




