第五章-3 対価は高いのだけれど……
「私とはここでお別れかな」
店を出るや否やマグウィードさんが別れの挨拶をしてきた。
「ここなら定期便が各地の主要都市に出ているはずだから移動の便には困らないだろう。後は自力で稼ぎながら帰る手段を探すんだ。後、おせっかいかもしれんが、ここはさっさと出た方がいいかもしれんな」
先の話からマグウィードさんも不穏な感じを察知したようでここへの長期滞在を推薦したくはないようだ。恐らくマグウィーさんも次の用事を済ませたらすぐにここを出て行ってしまうのだろう。
売れるものが限られるのだから競争相手も多い。それならもっと自由な売買ができる所か、競争相手の少ない所へ移るのが、行商人として正しい判断になる。
「そうですか。一緒にいれないのが本当に残念です。色々とお世話になりました」
「いいってことよ。それにまだ永遠の別れって訳じゃないしな。ここで手掛かりが見つからないことだって十二分にある訳だしな」
「不吉なこと言わないでくださいよ――と言いたい所ですが、実際はそうなる可能性の方が高いんですよね」
なんせ手がかりも何も無い状況でただ大きな都市に来たんだ。情報が転がっていそう程度の淡い気持ちなのだから無くて当然、あれば奇跡なんだ。
「それでも君たちなら上手くいくと思ってるよ。旅も、勿論、他にも色々とね」
「ま、マグウィードさん!」
一緒に旅する中で俺とステラさんのことをからかうことが一つのブームになっているマグウィードさんは最後までその趣味を一貫してみせた。
「マグウィードさん。一つだけ聞いてもいいですか?」
「弟子の質問だ。いいぞ」
マグウィードさんはドンと来いと胸を叩いた。
なら、ドンと言ってみるか。
「ナマケモノはどこが高値で売れるんですか?」
「…………」
マグウィードさんの表情が少し固まった。
そして、
「はははは! 何だ、ばれてたのか!」
「荷馬車の中にガウムの町に一度戻った際に見知らぬ箱が一個あったんですよ。ばれない訳がありませんから」
「そうかー。いやー、すっかり油断していた。君の洞察力はかなり優れているみたいだね」
負けを認めたマグウィードさんは銭袋を取り出す。
「それは結構です。代わりに、それを授業料と言うことでチャラにしましょう」
「ほう。師に情けを送るのか?」
「単純に感謝しているんですから、素直に受け取ってくださいよ」
「ふふ」
「はは」
だいぶ捻くれた師弟関係となってしまった。
けど、異世界で会えた師がこの人で良かったと俺は思っている。
「それでは。君としては元の世界に戻れるように。私としてはまた会えることを願おう」
マグウィードさんの荷馬車が遠ざかっていく。なんだかんだ一週間近い付き合いがあった人は地球内でもそんなに多くは無い。ましてや四六時中となると家族以外にはいないのではないだろうか?
親密な相手との別れ。地球ならスマホやラインで簡単に連絡を取ることができるが、そんなものはこの世界に存在しない。手紙を書くにしても彼の住所を知らないし、ましてや住所と言うもの自体存在するのか分からない。
俺の視線は自然と隣で未だに手を振っている少女に向けられた。
元の世界に戻る術を見つけたら、ステラさんともお別れになってしまうのか。
今まではすぐに帰りたいと願っていたというのに。長い時間の付き合いが、彼女との別れを拒んでいる気がした。
ここセイスキャンで帰る手段が見つかるかは定かではない。
もし、仮に見つかったとしたら、俺は素直に帰ることができるのだろうか?
「? ケイタさん、どうかしたんですか?」
「あ、いや何でもないよ!」
悶々とした気持ちで凝視していたせいでステラさんに声をかけられるまで自身が不自然な状態でいたことに気付かなかった。
慌てて頭を振ると、ステラさんは気にしつつもそのことについては追及をしてこなかった。
「ケイタさん。一つだけいいですか」
その代り相談事を持ち込まれた。
「ケイタさんが元の世界に戻りたいということは十分に承知しています。私はそれに手を差し伸べ、勇者としてサポートすることを決めました。正式な手続きや契約書が存在するわけじゃありませんが、それでもケイタさんにとって私は必要不可欠な鍵のような存在であって、それが無ければ――」
「ちょい待ち」
俺はステラさんの口を右手のひらで制した。
このままでは本題に入る前に誓約書の注意事項欄1ページ分が埋まる説明がつきそうだったので、俺はステラさんが言いたいことを先読みする。
「セイスキャンの問題を解決したいんですか?」
「はい……。マグウィードさんやハーディさんは関わらない方がいいと言ってましたけど、それでも、私は困っている人を放ってはおけないんです!」
やっぱりか。
行商人と言うこの世界では随一の情報源とこの都市出身者がきな臭いと訴えているにもかかわらず、それでもステラさんは守りたいと言う。
ここで俺の依頼のことに集中して貰うことも可能だけど、そんなことをしてもセイスキャンに滞在する間、彼女はずっとそのことを考えてしまうだろうし、被害者が出るという最悪の事態に陥ったら自身が動かなかったからだと自己嫌悪に苛まれてしまうだろう。
「分かった。俺は自分で調べてみるからステラさんは冒険者ギルドでセイスキャンの平和を守ってください」
「本当にいいんですか?」
「とりあえず宿だけは一緒にして互いに報告しあえる場所だけは決めておきましょう」
「はいっ!」
今後の予定が決まり、それぞれ新たな地に腰を据え、それぞれの役割を果たすことになった。
俺は帰る手段を探す。
ステラさんはこの都市を守る。
ただし、互いに困ったことがあれば助け合う。何より頼りあう。
そう約束して、俺たちは宿を決めることにした。
その約束が間もなく解約されるとは知る由も無かった。




