第五章-2 対価は高いのだけれど……
「いらっしゃいませー……あっ。ウィンチェさん、いつもお世話になっております」
明るく迎えてくれたのは赤と白のチェック柄のエプロンをつけてハンドル式の電気を一切使わないミシンのような物を動かしていた女性だった。結構若く見えるから店長ではなさそうだ。それと、今更だけど、マグウィードさんの苗字ってウィンチェって言うんだ。今まで聞く機会が無かったから知らなかったや。
「どうも。メリアンヌ婦人はいらっしゃるのですか?」
「今、南セイスキャン聖堂の方に修繕を終えたテーブルクロスを納品しに行ってまして。もうじき戻られると思うので、暫くお待ちいただけませんでしょうか?」
「そうですか。では、しばらくここで待たせていただきますね」
彼女は店員の一人だったらしく、店長の不在をマグウィードさんに伝えると待ってもらうようお願いしてきた。それにマグウィードさんは快く応じ、俺たちの方に戻ってきた。
「これはうまく行きそうだ」
その顔には何故か笑みがあった。
「どういうことですか?」
彩とりどりのスカーフを眺めていたステラさんが問いかけた。余裕が持てればこういうのをプレゼントしてみたいけど――いや、当分無理だ。値段を見た時点でそれは先になると分かった。こういう趣向品はこの世界においてはかなり高価なようだ。
「修繕するということはつまり新しい物を仕入れることが出来ないってことだ。その理由として考えられるのは、財政か物資のどっちかとなる」
「そして物資だった場合は――俺たちはそれに見合う物を所持している」
「そういうことだ」
俺たちが話していると、店の前にマグウィードさんの荷馬車よりも少し小柄な馬車が一台停まった。その手綱を引いていたのは外行きの為か上品なドレスで身を包んでいる。お上品にゆったりと歩いてくるだろう、と思ったらヒールの高そうな靴なのに凄まじい勢いでお店の方に戻ってきた。
「ウィンチェ氏! あの革の量はどうなさったのですか⁉」
扉を作法も何も関係無しに突き開けると同時に婦人はマグウィードさんの方に詰め寄った。
「あれですか? 実は新しい行商人の訓練をしている途中でして、その一環でバゼラの革を採取してきたのですが、お連れの人がお強くてお強くて、結果としてこのように馬を苦労させてしまう始末になってしまったのですが、宜しければこちらの倉庫にでも保管していただけないかと」
「勿論ですわ! 何枚あるか存じ上げませんが、全部頂きますわ!」
交渉は一瞬のうちにして終わった。
築地の競りのような物を思い浮かべたが、そんな様子は一切なくあっさりとした取引となった。
「生地の方はいつもの場所でよろしいですね? それじゃやるか新人」
「あっはい!」
「私も手伝いますね!」
そしてすぐさま移動作業。店の奥にある備蓄室にバゼラの革を次から次へと持っていく。力仕事位は頑張らないといけないと思ってはいたのだが、元々こういった作業に慣れているマグウィードさんにも、圧倒的力を誇るステラさんよりも遥かに動きは鈍かった。
「これで……最後!」
最後の一枚を収めたところで額の汗を拭う。
「彼は何分この業界が初めてなので多少荒い剥ぎ方をしておりますが、大目に見てもらって構いませんか?」
「何一つ問題はありませんわ。こちらとしては素材があるだけでも大助かりですのよ。お代は定価でも買わせていただきますわ」
「さてどうする? 新人」
「えっ?」
「値段交渉だ。上げるか?」
マグウィードさんがいきなり俺に交渉するかどうかの判断を委ねてきた。そこを行商人成り立ての異世界出身に普通させますかね。
「いえ、定価にしましょう。今回は普段とは比にならないほどの過剰供給だという話ですから管理するのも苦労なさるでしょうし、正直に言いますと革の剥ぎ方にも自信がありません。粗雑な品に高値をつけるのは気が引けます」
「何と謙虚な。ウィンチェ氏の元にいるということはギルドのお方ですね。変わった格好をされた方ですが、お名前は何とおっしゃいますか?」
「あ、はい。ケイタ・モチヅキと言います」
「モチヅキ氏――名前も変わっておられますのね。私はハーディ・メリアンヌ。ここ『セレビオ』のオーナーをしております。今後もご贔屓に」
ハーディさんは深々と挨拶をする。
と同時に定員が持ってきた袋を受け取る。
「こちらが今回の報酬です」
受け取った銭袋は、軽かった。
が、俺はそれに嘆くことは無かった。
俺はこの場で開けていいのか悪いのか戸惑いながらその袋の中身をどうにかして知ろうと試みる。
「報酬の中身を確認するのは相互信頼の一つだ。遠慮なく開けていいぞ」
そんな俺の心情を読み取ったのか、マグウィードさんは開けることを進めてきた。
俺は一つ頷き、銭袋を紐解いた。
中には10枚程度の硬貨が入っていた。
しかし、そのうち8枚が、銀色をしていたのだ。
銀貨8枚。それだけで銅貨800枚分の価値を持っていた。二人分でも一週間近い滞在費になる。
「先行投資ですか? かなり気前がいいじゃないですか」
そして、それが本来の値段よりも高めになっていることがマグウィードさんの茶々で理解出来た。
「そうではありませんわ。本当に困ってらしたのですわよ? 法王は教会よりもよっぽどあそこの方がお好きなのでしょうね。祈る場所を整えるよりも、そこを強固にすることしか頭にないのでは無いでしょうか?」
「そこって?」
「セイスキャンの法王教会。セイスキャンの北部に位置する四つの教会を束ねる一番大きな教会の裏手には先代の王の石像が立ち並ぶ庭園がございますの。そこは聖地としても認められ、各地の教徒たちが巡礼にも訪れることがありますわ。そこが、今魔物の襲撃に苛まれているのです」
「魔物の襲撃。南門の外壁に穴が開いていたのはそれが原因か」
祈れば心が満たされるかも知れない。
それでも、魔物が襲ってこなくなるわけではない。
物理的な対策が信仰心よりも上回った結果が、今の武装強化と言う訳か。
「こんなこと言うのも何ですが、あまり長居はしない方がよろしいと思いますわ。今のセイスキャンは、ろくな状態ではありませんの」
「ご忠告ありがとうございます。私は数日すればまた生業の旅路に戻る予定ですが、彼らは理由があってしばらくここに滞在することになります。もし、何かあったらマダムを頼らせて貰っても構わないでしょうか?」
「ええ。勿論ですわ。ここであったのも何かの縁。私にできることであれば喜んで手を貸しましょう」
ハーディさんの心強い申し出に、俺とステラさんは頭を下げてお礼を言った。
しかし、一気に不穏な空気が流れだしたな。内部情勢が悪いというか空気がピリピリしていると言うべきか。出来れば巻き込まれることなく元の世界に戻る手がかりが欲しい所だけど。
俺はちらりとステラさんの顔を見た。
その顔には、勇者として助力したいという気持ちが満ち溢れていた。




