第四章-6 やれることをやってみたら成果は出るけど……
「あれがバゼラだ」
マグウィードが荷馬車を目立たたない場所に隠し、そこから徒歩で緩い山岳道を進んでいくと険しい岩肌をぴょんぴょん跳ねる生物、魔物を見つける。鹿のような見た目だが、その角はトナカイの角よりも遥かに鋭利でありギザギザで、どこかのこぎりを彷彿とさせる。
「あれ当たったら痛いですよね」
「痛いどころか死ぬよ。でも、あれはどちらかと言うと護身の為に進化したものであって、性格は比較的温厚だよ?」
「カバの件があるからな……どこまで宛になるか」
「カバは別格だよ。あれは正真正銘の魔物。バゼラは生物と魔物の中間あたりに近いよ」
俺とマグウィードさん、ステラさんはバゼラの群れから少し離れた場所からその様子を見ていた。
「で、必要なのはあの革何ですか?」
「かなり上質な毛並みをしているんだよ」
「よく見えるようにしますか?」
ステラさんが例の視力を良くする補助魔法を使ってくれた。
それによって毛の一本一本が山岳部特有の隙間風に揺れるのまで確認できるほど視力がよくなった。毛はそこまで長くない。だが、その皮膚はなめし革のように艶があり、そのままバッグにしてしまえばブランド物として売れそうなほどに綺麗だった。
「宗教都市故に教会が多いから必然的にテーブルクロスやカーペットの需要が高くなるんだ。今まではそこの価格競争で傭兵を雇ったり、或いは自力で武術や罠の使い方を習って捕獲していたが、数の減少や武器の需要が上がったことから穴場になったんだ。そういう情報を学べば、自ずと金儲けの道は開ける。先輩からのありがたい助言だぞ」
マグウィードさんがドヤ顔で俺の方を見た。これは学ぶことが多そうだな。
「けどさ。本当に減少してんのか? かなりいるように見えるが」
ただ、ちょっとドヤ顔がむかついたので反論してみる。俺たちが見る限りだと、岩の上に乗ったリーダー格の近くには10は超える群れができていた。あれ一頭の革を伸ばせばテーブルクロスなんか四~五席分できちゃうんじゃないだろうか?
「ここはある意味穴場なんです。バゼラは本来草原にいますが、そこには天敵が多いんです。彼らはそこまで遅くありませんが、草原の肉食魔物には勝てません。数攻めされれば群れが全滅することだってあります」
「あぁ……俺がここに来て一番初めに襲われそうになったあいつらのような奴ですね」
「そんなことがあったんですか」
「私が来た時には既に十匹近いウルフに囲まれていましたからね。襲われなかったのは、恐らく人間を恐れていたからでしょう」
「人間を恐れる?」
「魔物の初歩的な生き物なウルフは傭兵の卵たちの格好の獲物なんです。だからウルフは人間を襲う場合、相手に敵意があるかを見て慎重に動きます」
「た、助かった……」
その性格が無かったら俺はステラさんが到着する前に体が何十分割されていたに違いない。
「ウルフもそうですし、後はバイロン何かもバゼラの天敵です。ですが、彼らにも弱点があり、跳躍力があまりないんです」
「そこでこの地形ですか」
「そうです。そしてその跳躍力はウルフやバイロン以外にも傭兵から身を守ることにつながりました」
俺はマグウィードさんの言葉を聞いてからバゼラ全体を確認する。
その一頭が断崖絶壁に僅かにある凹みを利用し、ロッククライミング宜しく流れるように180度の壁を登っていくではないか。
「あれじゃ近接武器は追い付けませんね……」
「だからこれが使えるんじゃありませんか」
マグウィードさんが指差したのは、俺のボウガンだった。
「罠を仕掛けるのも勿論手ですが、警戒心が高いバゼラです。一度人間が近づいたと知るとしばらくその一帯には立ち入らないでしょう」
「いきなり本番か……」
「まずは体験してみることからです。幸いにして今回は戦いのプロフェッショナルもいらっしゃることですし」
「そ、そんなことは――」
ステラさんが謙遜するが、ステラさんの存在は心に平穏をもたらす。洞窟内で壁を蹴りながら下りる姿は崖を駆け上がるバゼラの姿を逆再生したようなものだから、恐らくこっちの方もそつなくやってくれるだろう。
「内気にならないでくださいよ。それだと私たちも不安になってしまいますから。それに、問題はバゼラだけじゃなく――っとバゼラの群れが動き出しましたね」
何か言いかけたマグウィードさんだったが、目標が動き出したことに気付き、そちらの方に集中する。
バゼラの群れが一頭ずつ先ほど絶壁を駆け上がったバゼラについて行っている。
「あのまま上に上がられると厄介ですね」
「そこまで俺らも登らなくちゃいけないからですか」
それは即ち俺のタイムリミットでもあった。下に残されたのは五頭。そのうちの一頭が崖を登り始めた。ボウガンを構えて追いかけようにも常に持ち上げ続けなければならないとなると腕力の無さで確実に取り逃がすだろう。俺は貴重な一頭分の時間を失う。
「大丈夫です。まだ四頭いますから」
ステラさんが励ましてくれる。そのついでに補助魔法をかけてくれることが無くなったことから、俺の意志は伝わってくれたのだろう。
ならば俺も答えないといけない。
バゼラのルートはほぼ確立している。後はどのようなタイミングで跳ぶかだ。
二頭目の動きを追ってみる。
すると一カ所だけ他よりも飛距離が長い場所があり、そこで一度力を溜める為か立ち止まるシーンがあった。
その一瞬を狙えば行けるのではないか。俺は貴重な二頭目の時間を使い狙う場所を決めた。
そして二頭目が登り切り三頭目が登り始めようとする。
が、三頭目は二、三跳んだ所で先ほどのバゼラとは違い立ち止まってしまう。
気付かれたか? 不安がよぎる中ボウガンの狙いがぶれる。
暫くしてバゼラは予想外の行動を取る。
来た道を一つ戻ったのだ。




