第三章-8 指導する才はあるのだけど……
「狙ったはずだったのにな……まだ左だったか」
俺は真っ直ぐ見ていたはずなのに矢は右に逸れていた。もっと言えば中心にしては若干上だ。何かを調整しなければならないのだろうか?
「風の影響だと思いますよ。それなら」
ステラさんの手がタクトを振るう指揮者のように動く。
すると、微かでしか感じていなかった風がほとんど感じなくなり、俺の短い髪もステラさんの長い髪も揺れることが無くなる。
「周囲の風を防ぎました。これで矢の軌道が逸れることはありませんから!」
「あ、ありがとう」
しれっと言っているけど、かなり凄いことですよそれ。
「あ、あとこれをすれば」
ステラさんが俺の左手に両手をかざす。
「左手の震えが止まる魔法です」
「そ、そうなんですか」
手振れ補正補助魔法。最近話題な自撮り系には需要ありかも。
「あ、一番大事なのはこれですね!」
ステラさんが俺の体全体を覆うように右腕をぐるっと回す。
「防御魔法です! 目に見えない障壁である程度の攻撃を防いでくれます」
「べ、便利ですね」
服だけじゃ防げない物もあるだろうからね。鎧を着れば何とかなる場合もあるだろうけど、そしたら今度は俺が動けなくなるからな。
「それでも怪我をしてしまう場合があったら」
ステラさんが体力をあげる魔法と同じ動作をする。
「自然治癒力をあげる魔法です! こうすればちょっとした怪我や擦り傷なら物の数分で治っちゃいます。それからこの魔法には冷気や寒気を防いでくれたり、体の痛み、肩や腰の痛みが和らいだりしてくれます。後はリュウマチにも効きます」
「そ、それは凄い……」
お風呂効果付きリジェレクト補助魔法ですか? まるでステラさん専用の魔法ですね。
「これだけかけておけば――」
「あの、ちょっといいですか?」
ステラさんが俺以上の矢継ぎ早に言葉を紡ぎ始めたので、俺はその矢を右手で制止する。
「色々気遣ってくれるのはありがたいのですが、それはステラさんがいてくれたら出来ることであって、もし俺が一人しかいなかったら受けられないんです」
これは俺がバイトの子に言った事であり、先輩からの受け売りでもある。
『魚をあげるのではなく魚の取り方を教えろ』
誰が言ったかは覚えて無いがたぶん偉い人の言葉だろう。これを引用した言葉であることはすぐに理解した。
ニュースで話題になったが、24時間体制、人手不足が露見するコンビニ業界では未だにワンオペが横行している。その波が新人にいつ襲い掛かってくるかは地震以上に予測が出来ない。或いは新人と言うハードルが強制的に下がることもある。一ヶ月もすれば、果てには入ってマニュアル渡された時点で戦時中の赤紙同様、戦力に掻き立てられることもある。
そうやって一人乗りの戦闘機に乗せられれば、頼れるのは自身のみとなる。
「この世界でステラさん以外に俺は頼れる人がいないんです。もし、ステラさんに何かあったら――いや、ステラさんに何かある訳はないと思います。何かあるとしたら、俺の方なんです」
洞窟で背後に気付かず落ちるようなへまをする俺だ。今後ステラさんの届かない領域で何か起こす可能性はある。勿論その裏側ではマグウィードさんの憶測も入っていて、ステラさんに何かある可能性もある。
「だから、せめて自分で自分の身は守れるようになれれば、俺は勿論、ステラさんも安心できるかなって思っ――て」
そう、俺はへまをするんだ。
今だってそうじゃないか。と思った瞬間には手遅れだった。
「そ、そうですよねぇ。わ、わたしおせっかい、ですっよね」
涙ぐんでいるステラさんを見て、俺がまたやらかしてしまったことを理解するまでほぼラグタイムは無かった。
「落ち着いてください! ステラさんが悪い訳じゃありませんから! ステラさんのご厚意に文句を言っている訳じゃないですから‼ そんなに凹まないで!」
「私はこうやって好かれるために、必要だと思うがために行っていたのですが、どうやらそれは自己満足の塊だったに違いありません。私は自分が勇者であるから相手の為になることをするのが当たり前だと勘違いしていました。それが相手に勇者がいると言う甘美な罠、誘惑に嵌めて「自分たちは勇者がいなければ生きていけないんだ!」と錯覚させようとしていたんですね。そうして私に依存させ、依存させ、依存させ」
「現実に戻ってきてくださーい!」
貴方が何かの依存症にかかったかのような凄い顔してますよ⁉ 完全に目が逝っちゃってますから!
「ケイタさんは私に依存されるのが怖いんですよね。だから否定してくるんですよね。でも、そうすればするほど私がケイタさんを依存させたくなって、お世話をさせて貰いたくなってしまうんです」
「何か余計な物が混じってきてませんか⁉」
これは何らかの複合症ですね。とか医者じゃなくても薄々感じれる位おかしくなってますよステラさん!
「大丈夫ですからぁ! 私が何とかしますからぁ!」
「あ、安心してください! 今は頼れる人がほとんどいないから! ステラさんを頼りにしますから!」
「役に立ちますから! お願いしますからぁ!」
「大丈夫ですから! 変な目で見られますからぁー!」
勇者がしがみつくような男とはいったい何者か。
恐ろしい権力を持つ者か?
勇者の弱みを握った者なのか?
謎の噂はSNSもTwitterも無い世界にて一日にして広まってしまった(町の中で)。




