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前金三万じゃ足りません。 ~鏑木湊斗の不器用な霊視商法~  作者: 黒崎リク
第一話 黒い四階 ~前金三万じゃ足りません~
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 七人、八人……いや、もっといる。湊斗の周りを、棒のような脚がぞろりと取り囲む。

 男も女もいる。細いやつも太ってるやつも。皆一様に腰を屈めて、まるで最敬礼するような角度で前にのめり、無表情で湊斗を見下ろしている。

 顔、顔、顔、……頭上に並ぶそれらの顔には、目がなかった。

 目がある位置に、ピンポン玉くらいの大きさの黒い空洞があるだけだ。

 なのに、それらはじっと湊斗を見下ろしている。じっとりと、粘つくような強い視線を感じる。


 ――見られている。


 喉が引き攣って、ひゅ、と短い息を吐き出す。いや、吸い込んだのか。

 自分でもよくわからない。ただ、息苦しい。


 さっきまで、この部屋には何もいなかったはずだ。霊は視えていなかった。

 この大量の霊は、どこから湧いて出てきたというのだろう。

 なぜ水宮は自分を突き飛ばした? そもそも、この使われていなさそうな部屋では、きっと撮影なんてしていないだろうに――


 突然の霊の出現と水宮の謎めいた行動に、湊斗は混乱していた。

 動けずにいる湊斗の目に、見下ろしてくる黒い眼窩の輪郭が揺れて、何かが滲み出てくるのが視えた。もぞもぞと動いて這い出るそれを目にして、湊斗は我に返る。


「っ、ざけんなっ……!!」


 起き上がった湊斗は、ボディバッグのポケットに入れていた和紙の包み――清めの塩が入ったそれを、彼らの顔めがけて投げつけた。


 ――湊斗が身に着けている数珠も塩も、たいした力はない。お守り替わりの、気休め程度の物だ。

 だが、祖母は湊斗にいつも言い聞かせていた。


『ようはな、気合や、気合。なんぼ経やら術やら覚えたところで、弱気やったら何も役に立たん。怖がるのは仕方ないけどな、怯んだらあかんで。数珠でも塩でも何でもええから、何かしら心の支えになるもん持って、強気でハッタリでもかましたったらよろし』


 祖母の声を思い出しながら、気合を入れるように大きな声を張り上げる。


「どけっ! 失せろ!!」


 声を出すことで、喉の奥に詰まっていた恐怖が飛ぶ。硬直していた身体が動く。

 見下ろしていた彼らの動きが止まった。それでも注がれる視線を振り切って、湊斗は膝をついて立ち上がる。

 腕を、身体を、目に視えているものがすり抜けるという気持ちの悪い感触があったが、今は気にしてなんかいられない。

 部屋から出るべく、水宮が立っている入口の方へと向かう。だが、途中でがくりと膝が崩れた。力が入っていない。

 転びかけ、宙を溺れるような姿勢で数歩進んだ結果、湊斗は水宮の腕の中に倒れ込む形になった。

 水宮は、しっかりとした硬い腕で湊斗を容易く受け止めた。


「――大丈夫?」


 まるで他人事のように無事を尋ねてくる声に、湊斗はかっとなる。


「っ、あんたが突き飛ばしたんだろうが!」

「うん、ごめんね。確かめたくて」

「何をだよ!? ふざけんのもたいがいにっ……」

「ねえ、鏑木君。視えたの?」


 淡々と聞いてくる水宮の声に、湊斗の堪忍袋の緒が切れる。水宮が何を考えているのか、ちっともわからない。


「ああ、視えたよ! ここには霊がいる、何体もな。これであんたの依頼は終了、もう充分だろうが! あとは拝み屋紹介するから、依頼して――」

「いや、別に依頼はしなくていいかな。――今、ここで祓うから」

「……は?」


 あっさりと言った水宮は、腕を掴んだまま湊斗の身体を反転させる。強引に部屋の方を向かされて、湊斗は息を呑んだ。

 人の形をした目のない奴らが、先ほど湊斗を見下ろしていた時と同じ最敬礼の体勢で、顔だけをこちらへと向けている。


「う、わっ……」


 何人かは、明らかに首がおかしな方向に曲がっており、異様な光景が目の前に広がっていた。黒い穴がうぞうぞと揺れて、まるで蛆のような小さな集合体が大量に蠢いているのまで、はっきりと視えてしまった。

 鳥肌を立たせて身を引いた湊斗の肩を抑えたのは、水宮だ。逃げるのを許さないというような行動に、湊斗は頬を強張らせる。


 まさか、自分にお祓いをさせようというのか。


「おいっ、俺は視るだけって……!」

「うん、そうだね」


 頷いた水宮だが、湊斗を逃がす気はないようだ。

 後ろから抱きかかえられるように拘束されて、湊斗はその場から動けなくなる。身を捩るが、水宮の腕力に敵うはずもない。


「水宮っ……」

「言ったでしょ? 鏑木君は『視て』くれればいい」


 そう言って、水宮は湊斗の顎を掴んで前を向かせる。


 ――何をしようとしているんだ、こいつは。


 困惑する湊斗だったが、部屋の中にいた連中が少しずつこちらに近づいていることに気づいた。

 それらは湊斗を見つめたまま、足を引きずるようにずずっと動かし、身体をふらつかせる。その度に眼窩から黒い蛆のようなものが溢れ、ぼとぼとと床に零れ落ちて霧散していった。

 それらの足元に徐々に溜まっていく黒い靄は、先ほどエレベーターが開いたときに見たものとよく似ていた。湊斗の足元へと黒い靄が這い進んでくる。

 なのにあろうことか、水宮は部屋の中へと足を踏み入れた。湊斗は顔を青褪めさせる。


「水宮!!」


 怒声と悲鳴の中間の声を張り上げる湊斗に構わず、水宮は口の端を上げた。


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