(12)
「助手って……」
「この力があっても、視ることができなければあまり役には立ちません。宝の持ち腐れになっても嫌じゃないですか。せっかくなら、有効に使いたいと思っていて」
水宮はさらりと答えた。真澄はそんな水宮を見つめていたが、やがてあっさりと頷く。
「いいわよ」
「え!?」
湊斗が驚きの声を上げると、真澄は嫣然とした笑みを見せる。
「いいじゃないの。素人に下手に首突っ込まれて、事態がややこしくなるのは避けたいわ。子供の尻拭いなんてしたくないもの」
「あはは、そうですよね。僕は若いですから、やはり年配の人に頼った方がいいかなと思います。亀の甲より年の劫と言いますし」
「ふふ、そうよねぇ。あ、言っておくけど、助手はすでに一人いるから。湊斗のことね。だから、湊斗の助手……見習いってことで、手当も無いけれどいいのかしら?」
「ええ、もちろん。自分で言うのもなんですが、そこそこ売れているので、お金には困っていません。ただ働きで結構ですよ」
「……」
「……」
にこにこ、うふふ、と笑い合う水宮と真澄。穏やかな雰囲気なのに、寒気がした。
そろそろと身を引く湊斗に、真澄が「ちょっと来て」と手招きをする。真澄に襟を引っ張られ、奥のデスク前まで移動した。
顔から笑みを消した真澄に、湊斗は小声で尋ねる。
「……おい、叔父さん、本当にあいつを雇うのか?」
「雇うんじゃなくて、あんたの助手にするってだけ」
「冗談はやめてくれよ」
「冗談なんかじゃないわよ。その方が都合がいいのよ。あの子がこのまま拝み屋もどきの真似事して、こっちの仕事が減るのは面倒なの。それなら、協力体制をとった方がいいわ。せっかく商売敵の方から飛び込んできてくれたんだから、がっちり捕まえておかなきゃ」
真澄はずいっと湊斗に顔を寄せた。
「湊斗、いい? 水宮慧をしっかり見張っておきなさい。……あの子、自分の力を有効に使いたいって言ったの。使ってもらいたい、じゃなくてね。目的は分からないけれど、こっちを利用する気満々よ。出し抜かれないようにしなさいね」
「……」
すでに利用されたことのある湊斗は何も言えず、頬を引き攣らせながら頷いた。
「ねえ湊斗君、今から時間ある?」
真澄の事務所を出て帰ろうとした湊斗は、水宮に引き止められた。
「ほら、眼鏡。弁償するって言ったでしょう?」
「ああ……」
そう言えば、そんな話をしていた。
湊斗は今、とりあえず百均ショップで買った伊達眼鏡を掛けていたから、あまり気にしていなかった。
最近の百均はすごいもので、伊達眼鏡の種類も豊富で、おしゃれなものも多くて驚いたものだ。もっとも、結局選んだのは無難な黒縁眼鏡だ。それに、長く掛け続けるには少し心もとない感じもする。
「僕の行きつけのお店があるから、今から行こうよ」
水宮は湊斗の返事を待たずに、腕をとって歩き出す。長い脚の歩幅は広く、湊斗は小走りでないと追いつけない。
「おい、手ぇ放せよ」
「だって君、すぐに逃げようとするから」
「逃げねぇって」
逃げる方が面倒だとわかった今、無駄な労力は使いたくない。
湊斗の顔を見た水宮は、納得したのか手を放した。
「まあ、そうだね。真澄さんのお許しも出たし、これからはお互い協力していかないと」
「……よく言うよ」
湊斗だけでなく真澄にまで近づき、外堀を埋めて、湊斗に協力するようこぎつけた。
なぜ湊斗を――視えないモノが視える人間を必要としているのだろうか。
本人が言ったように、金持ちの両親を持ち人気モデルも勤める水宮は、お金には困ってないだろう。どうしてわざわざ、奇妙なことに首を突っ込みたがるのか。こんな恐ろしいモノが視える目なんか持っても、何もいいことなんかないのに。
「……水宮、お前、何が目的なんだ?」
「言ったじゃない。宝の持ち腐れになるのは嫌なんだ」
水宮は微笑みながら答える。彼の目線は湊斗を通り越し、どこか別の何かを見据えているようにも思えた。
――その後、水宮に連れられて入った眼鏡専門店は非常にお洒落でモダンな店で、高級ブランド品が並び、洗練されたお洒落な店員が付きっきりで応対した。
腰が引ける湊斗に水宮は散々眼鏡の試着をさせた挙句に、ゼロが五つ並ぶ物を買おうとし、湊斗は慌てて止めたものだ。
安いものでいいと言う湊斗に、水宮は渋々妥協したものの、それでも湊斗のアパートの家賃よりもはるかに高い品物だった。トムフォードのボストン型、細めのフルリム……まあ、ブランド名や型はともかく、地味目な黒縁眼鏡なのでよかった。……いや、顔に高級品を掛けていると考えると恐ろしいのだが。
弁償とはいえ、タダでこんな高級なものを貰い、空恐ろしい気持ちになる湊斗だった。
***
それから一週間後のことである。
ネット上に、ある動画が拡散されてニュースになっていた。それは女性モデル“A”が展望レストランで暴れたという動画だ。
グラスや皿を窓に投げつけ、取り押さえようとした青年を殴りつける……。もちろんニュース放送時には人物の顔にモザイクが掛けられていたが、ネットではすぐにそのモデルの名前が広まった。――朝川リナだ。
初めは、彼女のマネージャーである真鍋がやったのかと思ったが、真鍋が撮影したのは写真だけであり、結局はネット上に拡散していなかった。
動画を撮影したのは、撮影スタッフの一人らしい。かつて朝川リナが吹き込んだ悪口のせいでプロデューサーに目を付けられ、降格させられたスタッフだった。
いろいろな場所で恨みを買っていたリナは、その動画以外にも悪評がネット上で広まっている。イメージはガタ落ちし、仕事への影響は計り知れない。
水宮の話では、真鍋はあの後すぐに事務所を辞めたそうだ。リナの担当になった新しいマネージャーは、大量のクレームをうまく捌けずに、さらに悪い状況になっているらしい。
彼女に掛けられた鏡の呪いは解けたが、それで済まなかった。
いずれ必ず自分の身に返ってくる――。湊斗の言った言葉通りになったわけだ。
気の毒だとは思うが、口は禍の元、自業自得だ。湊斗にはどうしようもないし、どうする気もない。
ただ、少しだけ、今になって引っ掛かることがある。
――真鍋は、リナの私物であるコンパクトミラーと口紅は渡したが、髪の毛は用意していなかった。
ならば、リナの髪を呪い代行屋の『スサノオ』はどうやって手に入れたのだろうか。
ひょっとしたら、リナの近くにいた人物なのか。真鍋に、顔も声も隠して接したということは、真鍋の知っている人物だったのか――。
気にはなったが、彼女達の接点が無くなった湊斗には、やはりどうすることもできなかった。
これにて第三話終了です。
ワードが出せなかったので題名を変えてます…。
次話まで少しお待ちください。




