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前金三万じゃ足りません。 ~鏑木湊斗の不器用な霊視商法~  作者: 黒崎リク
第三話 鏡に犇めくもの ~タダより恐ろしいものは無い~
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第三話 鏡に犇めくもの ~タダより恐ろしいものは無い~(1)

 大学の最寄り駅から二駅。駅から徒歩十分の住宅街の一角に、その事務所はある。

 赤銅色のタイルで覆われた、古びた小さな三階建てのビル。

 通年故障中の張り紙があるエレベーターの前を通り過ぎ、階段で三階まで上がる。

 三階のフロアには三つ部屋があり、そのうちの二つが埋まっていた。目指すのは一番奥の部屋だ。ドアの摺りガラスには『鏑木事務所』と素っ気なく書かれている。

 ノブを回すが鍵がかかっていたので、湊斗みなとは合い鍵を使って中に入った。


「こんにちはー」


 誰もいないのは分かっているが、一声かけておく。

 事務所の中は綺麗に片付いていた。縦長の部屋はパーテーションで区切られ、手前が応接スペースになっている。奥はパソコンデスクや休憩用のソファーが置かれた事務スペースだ。

 湊斗はソファーにボディバッグを放り投げ、事務スペースの奥にある給湯室に向かった。

 大ぶりのグラスに濃縮コーヒーと牛乳、ガムシロップを入れて甘めのカフェオレを作って戻る。デスクに置いてあったタブレットもついでに失敬した。

 ソファーにだらっと寝そべり、カフェオレを飲みつつタブレットを弄る。


「み……ず、み、や……」


 検索の文字を全部打ち込む前に、候補が上がってくる。


 ――『水宮慧みずみや けい


 出てきた名前をタップすると、彼に関する情報がずらりと並んだ。


 水宮慧。歳は十九。

 二月十二日生まれの水瓶座で、血液型はO型。身長は183センチ。

 父親は会社の社長で、母親はアパレルメーカーのデザイナー。ちなみに母親が日本人とギリシャ人のハーフであり、水宮は母方の血が強く出ているようだ。

 母親は『サダルスウド』という男性服ブランドを展開しており、水宮はそこの専属モデルとして15歳の頃からメディアに出るようになった。ちなみに『サダルスウド』はみずがめ座のベータ星のことで、アラビア語で『幸運中の幸運』という意味があるらしい。

 高身長に長い手足。甘いルックスに加え、どこか神秘的で超然とした雰囲気が、人を惹きつけるカリスマ性も持つ。

 最初は母親が手掛けるブランドの服だけだったが、今や他ブランドから依頼が来る人気モデルとなった。大学を卒業するまでは学業を優先したいと、雑誌やコレクションの時だけしかモデル活動をしていないらしい。

 好きな食べ物はナス料理、趣味は読書と映画鑑賞(ホラーやB級映画を好む)。

 特技はピアノと料理、好きな女性のタイプは――。


「……」


 そんなことが知りたいわけじゃない。

 湊斗は鼻に皺を寄せつつ、タブレットを再度タップする。

 検索ワードを『水宮慧 霊 お祓い』としてみるが、彼が見たホラー映画の感想しか引っかからなかった。

 知りたいことが出てこない。ネットならいろいろと調べられるかと思ったのに。……まあ、そんな情報が出てきても結局は胡散臭いだけだが。

 湊斗は溜息をつき、検索ページを閉じる。


 水宮慧。湊斗と同じ大学に通う男で、湊斗に霊感があることを知って近づいてきた。霊の出る場所で湊斗に霊を視させただけでなく、湊斗をナビ代わりにして、水宮はその場にいた霊をすべて祓ってしまった。

 霊が視えないのに祓う力を持つ男。

 祖母や叔父と同じような、祓い屋や拝み屋と呼ばれるものなのか。知り合いから依頼されたと言っていたが……。


「……何なんだよあいつ」


 脳裏に浮かぶのは、青みがかった灰色の目。

 思い出すとイライラとしてきた。

 湊斗はお代わりのカフェオレを用意し、ついでに棚からフロランタンや煎餅などのお菓子を適当に出してくると、タブレットで動画配信サイトを開く。

 湊斗は適当なアクション映画を選択し、お菓子と飲み物片手に映画鑑賞を始めた。



***



 肩を優しく揺すられた。

 軽い振動に意識が浮上して、自分が寝入っていたことを知る。


「ん……」


 寝ぼけた頭で、珍しいこともあるものだと湊斗は思う。

 叔父の事務所で寝こけることは度々あるのだが、いつもならスパンと頭を叩かれるか、ソファーから蹴り落とされるかだ。

 こんな優しい起こし方をするなんて、天変地異の前触れか。……何か厄介な仕事を押し付ける前触れか。

 それは嫌だ。いっそこのまま眠ってやり過ごそうかと考えた湊斗の鼻を、柑橘の香りがくすぐる。


 ……香水変えたのか?

 確か叔父はグリーン系とかいう、もっとさっぱりした匂いのやつを使っていたはず。このソファーのクッションについている香りのような。


 違和感を覚えて目を開くと――


「あ、おはよう、鏑木君」


 青みがかった灰色の目が、覗き込んでいた。


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