パティオン end 菓子職人の視察と火消しの結婚、三味一柱?
神は誰にも咎められず恭悦を求めるもの。
『人間界の皇帝、その力で私を愉しませるのだ』
神を信じていない所謂、無神論者であっても……目の前にそれらしい物があるならば認めざるを得ない。
『一体何をすれば……』
『人間は政略結婚とやらをするのだったな?』
『は、はあ……?』
『両親を亡くした悲運の彼女を貸そう……お前ならば、退く力を持つだろう』
その言葉と共に現れたのは鏡で、墓標に泣きすがる一人の少女の姿があったのであった。
そしてこの瞬間、彼らは知ることになる。
神が実在していることを……。
◆◆
「今日もとてもおいしいお菓子だったわ……」
見たことのない国の激甘シロップ漬けスイーツをスッキリしたベルガモットの紅茶に置き換えてアラザンを塗す。
「水浸しでこれは抵抗あるわ、と思ったのに……」
さすがはパティシエーラさんだわ。
「ビバーチェア様」
「ヴェナ、どうしたの?」
◆◆
オルヴェンズが用事があるということで、メイドのヴェナに呼ばれて執務室へ行く。
「他国への視察へビバーチェアと同行者で護衛で行ってきてくれないか」
「それは……どこなの?」
「ワコクだ」
その国とは一応、友好的な関係を築いているし治安もいいから、出歩いても問題はないと思うけど……。
「新しいスイールド祭りを開くための新作料理のアイデアを菓子職人達が必要としている」
ということで菓子職人と護衛と視察という小旅行に行くことになった。
「あら、パティシエーラさん」
「ファテマです。女性同士なら安心ですわ」
「きっと寸胴なオキモノ着てたり、シノービがいたりするんでしょ……」
なんて言いいつつ地図を見ながら、区分けされているキンミラーズという地区へ入る。
「ずいぶん短い制服のスカートですね。庶民階級だから布を使えないのでしょうか?」
私達の服装を見て、学生服の女子らは不思議そうな顔をする。
「マジモンの姫いるー! うけるー!」
「ミゲスタ撮らね?」
◆◆
おいしそうなお菓子はたくさんあったものの、もみくちゃ状態でエードエリアに着く。
そこらを跋扈するのはチョンマゲ頭の伊達男と着物の粋なオンナ。そうそう、パンフレッツにいるこういうのなのよ。
ああいう騒ぎをおこさないために、動きやすいワンピースなど服装を着替えることにした。
「このピンクは桜か梅の花? オンジュウマも丸くて可愛い……クリームの発色もきれいね緑色だからミント……?」
どれもこれも食べたことがない味ばかりだけれど、私の舌には合っている。
でも一番好きなのはこの……えっと、ベシ何だったかしら……? まあいいわ。とにかく美味しいもの。
「ロウイウはスティッキー重要がありそうですし、こちらのサクサクした塩味や甘味の別れた粒のものは一般的に人気が出そうです」
「アララは甘いほうが好きだわ、茶色いのは少しお酒っぽい」
ワコクのみんなが食べているものを少しずつ貰って試食していく。
ファテマさんの話では、これから行くヘイアンヌは、かつてワコクの皇族が治めていた土地であるらしい。
昔の偉い人がエリアエードに拠点を移したといわれている。
キンミラーズでは王制ではなく、民間人から大統領を選んで投票する方式で政治をしているとパンフに記載されており、アンヴァートや他の国に比較しても同じ国とは思えないバラバラな文化。
ヘイアンヌでは髪長姫がたくさんいた!
「あれ実はつけ毛らしいです」
「そうなんですか……?」
「今日は疲れましたね」
「ええ、おなかもいっぱいで……」
そんなこんなで、あっという間に日が暮れた。
ワコクのキンミラーズへ再度訪れヨウコク式ホテルに着いた後、受付にいくのだが……。
「それではこのタブレッティオに名前を記入してください」
「た?」
これなぁに……? 見慣れない電子機器の板だ。
つるつるしていて、画面をおしたら文字がかける!?
ファテマさんの部屋を訪ねてみると、長いオレンジ色の髪を束ねてポニーテールにした彼女の姿があった。
いつもコックコートだから印象が変わるわね。国は髪の毛の色からしてオラルドビアあたりかしら
「ビバーチェア様、ちょうどよかったです。実はこのタブレッティオというものを買おうかと思いまして」
出店の情報が電子でできたツルツルのチラシのようなものに張り出されている。
「あら、キラキラで素敵ですね?」
受付のときの簡素な白のものと違って黄色いメタリック。
「子供用でしょうか、小さいものもあります。きっと軽いですから帰りの暇つぶしになるかと」
「契約って書いてある……私はホテルの電話を借りてオルヴェンズに聞いてみないと」
◆
「ワコクにはそんな便利なアイテムがあるのか? ……研究することにしよう。三台買ってくるのだ」
◆
ファテマさんは先程購入したばかりのタブレッティオを手に持っている。
その液晶に映っているのは、この国のエリアエードの街並み。
四角い箱みたいな建物がたくさんあって、それぞれの窓から光が反射していた。
「まぶしっ! 目が!」
「大丈夫ですか? 専用眼鏡します?」
ミニサイズのものを見ていたらサニュ光が目に直撃して死ぬかと思った。
「ありがとう」
「何か通りが騒がしいですね」
着物の人たちが、何やらガヤガヤと列をなして集っている。
「おめでと!」
「きれいよー!」
「結婚式ですか?」
「おう、火消しの若い衆だったやつの結婚だ」
「火消? それにしてもすごく豪華……めでたいことね!」
「おめでとうございます」
見送られる二人の背に拍手する。
「観光かい? めでてぇ瞬間に立ち会えたんだ。おめぇさんたちきっといい旅になる」
「ミニサイズの電気パンフに、エリアエードでは消防の人が花形仕事って書いてあるわ」
「たしかエリアエードでは火事が多いんでしたね。好きな男性に会いたくてボヤをおこした女性もいたとか」
◆◆
「これできっとスイールド祭の新作スイーツは大丈夫なはずだわ……!」
「うわ……目が!」
オルヴェンズもミニサイズの光攻撃をくらってしまったらしい。
「スイールド祭、ファテマさんの出場が楽しみだわ」
「ファテマさんのことなのですが、よろしいでしょうかビバーチェア様」
「ヴェナどうかしたの?」
「なんでも国に帰られるそうで、弟さんと交代されるそうなのです」
「え……? 聞いていないわ」
そんな雰囲気一度もなく、いなくなってしまうなんて寂しくなるわね……。
一人っ子の私は一方的にお姉さんみたいな人だと思っていた。
でも、どうして黙って帰ってしまうのかしら。……旅行の雰囲気を壊したくなかったとか?
新しい人が超職人気質で融通のきかないタイプだったらどうしよう……ちょっと心配。
「新しくビバーチェア様のパティシエになったティルオスでーす! ヨロシク」
彼は最後はキザにウインクした……。
ファテマさんに似ているが、性格はナンパ男である。
初日に出されたスイーツの腕は文句なしではあるが……。
採用したオルヴェンズも苦手そうなタイプだと思う。
◆◆
「で? 例の約束は進んだのかよ?」
「本当に同じ思考の存在なのか……信じられん……」
「我は多様な人間を創造せし、神ぞ?」
幾多の人格、思考回廊を所持し、多彩に使い分けるのは造作もないことだ。
「何を望むというんだ?」
「我は……ただ……あの子の側にいたいだけなのだ……我の居場所はもうどこにもないがな」
「ふむ、それが望みならばなぜ自分で関わらないのだ。神なのだろう」
「これを人間に語るのは暗黙のタブーだのようなものだが、話してやるか」
「お前達男は我のような男神が創造したものなのだが、ビバーチェアを創造した神は女神だ。
ゆえに我がこのまま彼女に近づくことは彼女の祖神母に煙たがられる」
「……じゃあな皇帝」
「好きな子に話しかけられない子供か?」
◆◆
ティルオスはよく働く。
彼の作るケーキはとてもおいしいけど、シンプルで無骨なのよね。デザインと好みではファテマさんには及ばない。
やっぱり彼女が作ったものが一番おいしかった気がするわ。
「ビバーチェア様? いかがなされましたか?」
「いえ、何でもありません」
「それならよいのですが……無理なさらないようにしてくださいね」
「ありがとう」
◆◆ スイールド祭当日。
ティルオスが出場するイベントを見に来ていた。
私達の目の前では、ティルオスがスイールド祭の優勝者として表彰されている。
彼、あんな風に笑うのね。
「おめでとう、ティルオスさん」
「せっかく来たんですからお祭りを見て回りませんか?」
祭り会場は多くの人で賑わっていた。
出店がたくさんあって、そのひとつひとつの店の前に人が並んでいる。
「スイールド祭の新作スイーツです!」
「ありがとう」
新作のタルトを口に運ぶ。口の中でベリー系の味が広がり、とても美味しい。
「ファテマさんが作ったものです」
「えっ?」
「ほっぺついてますよ」
私の頬のクリームを指で拭い、彼が舐めとる。恋愛ものの本でそんなシーンがあった。
気恥ずかしさにめったに使わない扇子で顔をかくした。
◆◆
昨日はスルーしてしまったけれど、ファテマさん会場に来て料理をしていたのね。
昨日はスルーしてしまったけれど、ファテマさん会場に来て料理をしていたのね。
サプライズというものかしら。
「なんというか、最近の私……お菓子のことばかりね」
たるんでいる! このままではいけない。
「お好みの甘さはこれですか?」
「ぴったり」
明日からでいいわね。
◆◆
メイド達がティルオスを見ては騒ぎ立てるようになる。
来たばかりで知られていない彼が大会で広く知れ渡ってしまったらだ。
もともと顔立ちもいい彼は、今では週刊誌の注目の的である。
「彼が優勝者のパティシエよ!」
「そこらの男がゴブリンに見えるくらいイケメン~!」
彼女たちティルオスの顔しか見ていない。
私なんて毎日、彼のお手製スイーツを食べているのよ!
「ビバーチェア様、どうかされました?」
「なんでもないのよヴェナ」
……どうしてこんなにムカムカしているの?
ああいう人たちなんてどこにでもいるのに、今までそんなこと思わなかったのに……。
私は何を子供のように意地になっているのだろう……?
ティルオスさんのことでモヤモヤしていたら、ヴェナに心配をかけてしまう。
これはもしかすると、恋なの?
◆◆
「ねぇ、これからお茶でも飲みに行きましょう?」
「そうだそうよー、一緒に行こうよ」
彼の腕に二人の女性が絡みつく。
「そちらはともかく……貴女はたしか既婚者では?」
「よ……よく知ってるのね! もしかして私に気がおあり?」
「ティルオスさん! これから私との約束があるのよね!!」
私は女性達の腕をバッと引き離し、彼の腕ではなく服を引いて連れていく。
強引に手をつかんだら怪我をしてしまうかもしれないもの。
「助かった……ふりほどこうにも、彼女達は意外と力あって……」
「……」
「ビバーチェア様? そんな可愛い顔をしないでくれません?」
まるで子供にするように、額に口づけられた。
◆◆
「強烈すぎる……」
なかなか寝つけず。目をあけて部屋を見ると暗闇の中に青白い人影を見つける。
背中には翼が生えている。天使と呼ばれている存在だろうか?
気が付くと私は知らないところにいた。
白い柱と泉、緑の葉と青い空の天国のような場所だ。
「私……死んでしまった?」
「死んでなどいない」
「あなたは?」
脳裏に直接教えられる。彼は天使などではない、もっとすごい存在だ。
「我が耐えかねて連れていくものだと、油断していたぞ」
「……連れてきましたよね?」
「お前が先にこちらへ来るとは、想像もしていなかった」
その意味を理解するには、パーツが足りない。ただ呆然とするしかないのである。
「その髪の毛……あなたはウィラネス神ですか?」
「いいや、違う……ウィラネスの神はウランガラス色だ」
よくわからないけれど、彼はなんの神様なのだろう。
「我はパティオン。菓子職人が崇める芸術の守護神だ」
「ええ!?」
「お前のそばにいたファテマやティルオスは……」
「まさか……パティオン神の天使? ……どうして私を」
有無を言わさず彼は草木でできた椅子に私を座らせると、水鏡を出現させた。
「これは何でも見られる鏡だ。知りたいことは教えてくれる」
「……何でも」
「なぜお前が結婚を断られるか、など理由を知りたくはないか?」
「聞かせて! とても謎だったの!」
「あれは……いいや、やめておこう」
問いただすも歯切れが悪いまま、教えてはくれないらしい。
「他には……お前の両親が死んでしまった理由を知りたくはないか?」
「………それは、当然知りたいけれど」
両親の死因は事故か何かだと曖昧に聞かせられただけで、よくわからない。
「二人はプルテノの人体実験の被験者として攫われた」
「!」
そんなことになっては、両親は生きていない。
もとより生きていないと知っているのに、二度も殺されたような気分だ。
「私は幼いお前には伏せつつ、オルヴェンズに育てるように指示した」
「私が彼と出会ったのは、貴方が関係していたのね……」
彼がそうしなければ、今頃は孤児院にいたことだろう。
「……先ほどの問いかけの答えをしていなかったな」
「なんだったでしょうか?」
意気消沈しながら、話を聞くことにする。
「なぜ結婚を断られるかというものだ。あやつが断っていたのだオルヴェンズの立場上、お前に縁談がくるのは必然であったからな」
「……それは、パティオン神が関係していますか?」
「気をきかせたのやもしれん……そうそう、よく下界でビバーチェアの様子を見ていたが、女友達のような立場、気安い菓子職人……それぞれで違うお前が見られて眼福だった」
「は?」
「あの二人、いいや、あれは2つとも我の変身した姿。いわば演技だったのだ」
「嘘……」
ティルオスが私にしたことも、彼にしたことも全部……この神様で!?
「ビバーチェア、ティルオスが好きか?」
「どどどうして!?」
「お前が望むなら、どんな姿でも性格でもなってみせよう」
「でもそれは貴方で……全部が貴方なら、もう知っているのだから偽りの姿は必要ありません」
「困った……惚れさせるつもりが逆になるとは……」
照れている……神様に可愛いなんて言うのはおこがましいけれど、私は彼が好きになってしまったのだと確信した。
【S 三位一体】




