ファイリオend B 武力
――やはり奴に拘束されないように武力を鍛えるべきだ。
「ここにいたかビバーチェア」
「オルヴェンズ、そんなに息をきらせてどうかしたの?」
彼が走り回るなんて余程の事だ。
「魔術師リグルスのことだが、お前が気にする事ではないぞ」
オルヴェンズは私を守ると言う。でもいざとなったら彼や兵には頼れない。
「自分の身は自分で護らなくてはいけないわ。いつも貴方が言っていることよ」
「……お前がそこまで国を考えているのならば、最終手段だったが仕方ない」
―――なにか策でもあるのだろうか?
「ファイリオの元へ行け。そうすれば問題は片付くからな」
「でも私が行けば魔術師が狙い易くて彼が危ないわ!?」
オルヴェンズは心配するなと笑い飛ばした。
「あいつは俺よりも強いからな」
「こんなときに真偽の判断がつきにくい冗談はやめてほしいわ」
いくらなんでも武力で国を獲た皇帝より強いなんて、彼の立場が危ういだろう。
「一つだけ奴について話してやろう。あいつは俺が皇帝になる際に一役買った男だ。顛末は本人の口から聞くといい」
そういってオルヴェンズは私を転送魔陣らしき物に乗せると二度手を叩いた。
――体を光がつつみ、私は一瞬で見知らぬ屋敷にいた。
「しばらく悶着するかと思っていたが、予想より早い到着だな」
「ファイリオ!?」
――ここはまさか、ファイリオの領地なの?
「ロドゥナウ領のフランポーネ城へようこそ」
「オルヴェンズは魔法が苦手の筈なのにここに着いたのはどういうこと?」
――もしかしてオルヴェンズは実は魔法を使えるのかしら?
「たしかにオルヴェンズは魔法が苦手だ。あいつが自分で使ったわけじゃなく魔法陣のほうに魔力を置いたんだ」
ファイリオは自分が魔法を使ったのだと指差す。
「魔法が使えたならリグルスもそれでやっつけられたんじゃ……」
「魔術師とはいえ人間相手に使うようなものじゃないからさ」
怪我しない程度に軽い火玉のようなものをポーンではだめなのだろうか――。
「ここにくるときにオルヴェンズが、ファイリオは俺より強い。皇帝になる時に活躍したと話していたのだけど貴方は何者なの?」
――オルヴェンズと歳は変わらないのだろうに、幼かった頃に即位した彼の為に戦ったなんて神童?
「――吸血鬼の王にして始祖」
「え?」
ファイリオは棚から一冊の本を取りだし、開きながら話した。
「……と言ったらお前は驚くだろう?」
呆然としていると彼からその本を手渡される。
「なにか果物を用意してくる。暫くそれを読んでいるといい」
「……ええ」
どうせなら、こんがり焼いたお肉のほうがいいけれど我儘は言えない。
「分厚い……」
●
――吸血鬼の始まりは最上位の天使が天上の父神に反逆し魔界の女王との魔に生まれた魔物からだ。
生身のあるもの、可視化できぬ精霊、沢山の種族がある魔物達の中に血を好むそれはいた。
我々人間の身近に潜む悪魔は神の代行者たる破壊の天使の炎を怖れ、吸血鬼は太陽を恐れる。
●
「本当に果物なのね」
太陽をたくさん浴びて林檎は赤くなっている。
「本は読んだか?」
「少しだけ、それで私の聞いたことへの回答は?」
結局はぐらかされてしまうだろうけれど、再び聞いてみる。
「それがさっきの質問への答えなんだが……」
「――貴方は悪魔なの?」
とてもそうは見えないのだが、悪魔と吸血鬼くらいしか印象がない。
それにファイリオは太陽を浴びているのだから後者ではないだろう。
――私は何をありえないことを冷静に分析しているのかしら。
「いいや、吸血鬼さ」
「……えええ!?」
「オルヴェンズが幼い頃に先代とは友人で、息子を皇帝にしたいと言われて政敵を闇へ葬ったりもしたな」
――彼が皇帝になれたのは、ほとんどファイリオのお陰だったなんて!!
「そんなに強い貴方がアンヴァートを統治しないのが不思議だわ」
ファイリオは力があるのに、優しいというか畏怖される吸血鬼らしくはない。
「それは吸血鬼だから人を襲って支配するという偏見だろう?」
「ごめんなさい。吸血鬼らしくはないと思ったわ。けれど支配なんて確かに貴方らしくないものね」
―――これから私はどうなるのかしら。
「ビバーチェア」
「なあに?」
不安な私を気遣ったのか、ファイリオは優しく名を呼んだ。
「この先、なにがあっても必ず護る事を誓おう」
吸血鬼の彼は強力で命を預ける事に不安はない。そして、信頼できる相手だ。
【blood 最強の盾】