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■44 彼女のブラコンはもう動かない

「キンマ盤は、フォーブラ刻印者二十一名で封印を完了しました」


 キーツ一味を撃退し、キンマ盤三枚を奪還した数日後。

 銃士12班隊の部署でルーネが述べた。


「徹夜……終わったのだ~ぁ」


 随一の結界者として徹夜で封印の作業に参加していた、ファンテがだべ~と机につっぷした。ファンテの乱れ髪を世話好きの妖精達が櫛ですいて丁寧になおしていた。


「一体で、カルデリア大陸を壊滅させるキンマ。キーツはキンマの軍団。戦神、魔神の軍団を率いて、連合、帝国と戦うつもりだった……恐るべきことだ。世界がなくなっていたかもしれん。阻止できてよかった。残党の、その後の経過は?」


 リリーが報告を求めると、アルベルが巨乳を揺らし答えた。


「生き残りは全員、フォーブラ刻印者の息のかかった刑務所に投獄を終えています」


 カラインは全身に包帯を巻いた姿で瞑想にふけ座し、ハイツは独房の小窓から飛ぶ鳥を見詰め続け、互いに黙して語らない。その二人は最も厳重に監視され裁きを受ける身なのは明白で、奴隷印官(セレデクス)トランは特殊な立場ゆえ政治的な取引に発展しそうであった。


「キンマの魔素の浸透度しだいでは最悪、封殺になるな……除去できればいいが。ところで、アルベル。いい加減、その胸をどうにかしろ!」


 リリーに言われ、アルベルは驚きで身を固めた。ちょっと考え込んでからアルベルはぷるるるる~っと派手に胸を揺らした。素晴らしい乳の舞。


「揺らすな! そっちも真似しないで……」


 お気に入りの妖精ピクシー四人組が胸ぷるるんを真似して、リリーは額をおさえ苦悩した。真似っ子妖精の一匹は胸が小さく寂しい結果で、残り三匹が同情してその肩にぽんと手を置いた。


「――で フォルはどこだ?」

「あの子のところです」


 リリーの質問に、ルーネが無表情に答えた。


 

 医療院の中庭にはひとりの少女が白いブランコに座っていた。その背中には打ちのめされた寂しさが漂い、通りがかった看護婦はなにか言葉をかけてやろうかと思いたったが、中庭を支配する不気味な静寂と異様な光景に驚き、人を呼びに走った。


 医術院の屋根。中庭の椅子、石像、木々。何百種類の鳥達があらゆる場所に居座り、中庭を占拠して埋め尽くしていたのだ。


 その数は何千羽に及ぶであろうか。

 この異常の中、ひとりの少女はぽつんとブランコに座っているのだ。


 ブラコンは……揺れていない。


 突然、鳥達が一斉に同じ方角を向いた。

 感情を一切宿してない鳥獣達の警戒の眼。


 男がひとり。


 男は何千羽の鳥達の目の包囲網を気にせず歩いてくる。


 少女はふいに影の下になって見上げる。


 フォルが立っていた。じっと見詰めてきた少女の、ソティの、その相貌は痛痛しい。

 顔半面は鳥の羽で埋まり、生々しい血管が浮かび上がっている。全身も至る箇所に羽が生えてしまった。


 意志の強さを象徴していた豪奢な金髪も薄い水色の髪と変色し、全身から覇気がなく、儚げで、まるで消え去りそうな亡霊に見える。持ち前の気の強さでキンマ現象に対抗し押さえつけ、なんとか人の形をとっているようなあやうい状態であった。


 見上げたソティの瞳には生きる光がなかった。

 立っているのがフォルだと解ると、ふいに、朧気な光が瞳に少し宿った。


「――お兄ちゃんはどうなったの? みんなはどうなったの?」


 意外にも力強い声であった。

 フォルが飛空眼鏡(エルヴァイザー)を指先で掻いていう。


「ペペリーナが泣いていたぞ。鳥が恐くって、ソティの側にいけないって!」

「話題をかえないで! いいなさいよ! 言いやがれ!」


 ソティは立ち上がり憤慨した。フォルはこの危険な状態のソティに告げるのを躊躇した。重い空気を飲み込むと告げる。


「始末した。全員、始末した。人間の世界で生きていくことはもう不可能だ」


 ソティは肩をびくっと躍らせ、うな垂れた。

 心が斬り裂かれてゆく。


 割れる台風の前日。


「きっと財宝が眠るエルピスの大宮殿があるんだよ! 大陸を統一したあの霸王アルガリアの居城があるかも!」


 と未知の世界があることを笑顔で喜んでいたあの男の子はもういない。


「私達は絵がうまいの!」


 少しお節介やきで、絵のうまい双子の女子達も、もういない。


「お腹減りました」


 食いしん坊で、熊のように大きな体をもってやさしいあの子も、もういない。


 完全に大事なものがなくなったことを思い知らされ、ソティの瞳に涙がにじむ。重い石ころみたいなものが心に溜まってくる。


 キンマの魔素は大人なら定着率が低く、除去可能なようだが、未熟な身体は影響を受けやすく、その結果であった。なによりあの姿では、人間の世界でいくことはもう不可能だ。


「君は強い意志でキンマの力を抑えこんだ。だから、この世界で、人として生けていける」


 フォルの説明に、ソティは沸き上がる激情で肩をふるわせた。


「うふふふ……こちらで暮らせる? この世界にはもう私の愛する人はいないのに!」


 ソティは瞳一杯に涙をためて半笑いで睨んだ。


「また奪われた! 取り戻すための戦いだったのに! 結局、奪われた! 私はなにをしたの? 奪われた!」


 ソティは拳を振りかざしフォルを殴ろうとしたが途中で、力なくぽかりと萎えた。

 脳裏にみんなのあの言葉が反響する


――裏切り者! 裏切り者! 裏切り者! 裏切り者!


 嫌われたくないために。裏切り者と言われたくないために、自分を誤魔化してしまった。ソティは後悔と、歯がゆさ、自分の弱さが悔しい。


「……知っていたんだ。殺されるって……なのに、私はとめなかった。みんなを止めなかった、私が悪いんだ! いたいよ。私、どうしたら……心がおかしくなる」

「……その痛み、少しぐらいなら受け止めやるよ」


 フォルはしゃがんだ。ソティは相貌を一瞬醜く緩ませ、行き場のない感情をぶつけた。


「……じゃあ、お前を殺すよ! 恨んでやる!」

「ああ……いいよ」


 優しく言われ、ソティの感情が激しく崩壊した。


「お前はお兄ちゃんを殺した! 殺してやる! 殺してやる! う~。お前は馬鹿だ! アホだ! ううううっ……うわーん!」


 ソティは限界がきて、号泣した。幼きソティはあらゆることに耐えていた。心から泣くことも。


「お兄ちゃん、助けてよ。お兄ちゃんの番号。エクエス78420だよ。78420だよ。お兄ちゃんの番号だよ。番号78420……お兄ちゃん……お兄ちゃーん!」


 ソティはフォルにすがりつき、空に向かって泣いた。ソティの慟哭に反応して、全ての鳥が一気に濁った空へと飛び立っていった。

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