■43 怪物たちの鎮魂歌
五つの大甕――フォーブラの刻印が鮮烈と輝き、五人の唱和が始まった。
リリー、ファンテ、アルベル、ルーネ、フォルの声であった。
その唱和はまるで荘厳な叙事詩を語る詩。
「魔は魔に。聖なる聖に。常世は常世。異界は異界に。全ての災いよ。あるべき存在はそこにあれ、フォーブラ!」
輝きと封じる力に答え――
フォーブラの刻印が、キーツの青鎧、赤騎士の鎧、ハイツの緑燕、トランの骨なしの怪物、カラインの白騎士の鎧に刻まれる。
フォーブラの刻印は存在してはならぬことを、この世界で感知し、否定する。
しかしながら、そこに存在する力は強い。
ゆえに、フォーブラの刻印は封殺しかできない。
この世に災いをもたらす力に対して、封印しかできないのだ。
刻印から、ぱっと億万の光糸が広がる。
包む。
常世にあっては現存してはならぬ力を。
光る糸は次第に球と紡がれる。
キーツの青鎧、赤騎士の鎧、ハイツの緑燕、トランの骨なしの怪物、カラインの白騎士の鎧、それら全ては緑の球体として封印された。
静かに佇むファンテは掌の球体の中にある赤鎧を眺め、その男の側でしゃがみ込んだ。
命すら赤騎士の力に注ぎ込みやせ細った男が眼を見開き絶命していた。
「人を焼くことに慣れてしまった貴男は許せない……だけど自分の命すら燃やして、国を民を取り戻そうした貴男の心は評価できると思うわ……」
ファンテは名も知れぬ男の顔に優しく手をやる。
男の瞳に宿るのは、正義をなしえなかった無念、怒りだけであろうか。
ファンテは男のまぶたをすっと手で閉じさせてやった。
少しでも男の永遠の眠りが安らかになることを思って。
構えていた火銃をしまいアルベルは球体にある緑燕を寂しそうに見つめた。
「知っているかい? 燕は巣を作ったら、毎年、同じ場所にやってくるんだ。その巣が壊されない限りね」
その言葉を訊いてハイツは少年時代、生家に燕の巣があったことを追憶した。その家は戦火で家族ごと消失した。
「あいつも……自分の帰る場所を取り戻したかったのか……」
ハイツは表情を知られまいと両目を掌で隠した。
相棒を失い、そして、その志が同じであったと知ったハイツの心に去来したのはなんであったか。
もちろんアルベルは知るよしもない。
だが、それだけは理解していた。
「僕は、君達の仲を裂きたくなかったよ」
アルベルは悲しげに告げた。
舞うルーネは地上に降りるとトランを一瞥した。
「姉さんを殺した。救ってやるべきだったのに……助けてやるべきだったのに……! できなかった……! 恐くって、こわくって……姉さん……祝ってあげたかった……!」
感情を失っていたはずのトランは涙を流していた。
「可愛そうな子。全てを失って、人間になれるなんて……」
ルーネは骨なしの怪物の入った球体を親指ではね上げた。
「でも、それはまだいいのよ。戻れるだけ……」
球体にある骨なしの怪物のバケモノじみた髑髏が夕日に照らされる。
ルーネが、いやお前達が真の怪物と云わんばかりに。
動かなかったフォルは一歩を踏みだし、カラインに近づいた。
「私は騎士として使える王家があった。守るべき国があった。取り戻すべき国があった」
カラインは電撃の魔力を使いその代償として、頭髪は全て抜け落ち全身からぷすぷすと煙をあげていた。苦痛は相当なものあろうが、カラインは穏やかと座していた。
「取り戻した国にはあの怪物の子供達だ……今ここで、止まれだけでもいい」
「怪物だと! 止まれただけでいいだと? お前はもう止まれない」
フォルは言いように、カラインは憤激を覚え、眼を見開いた。
「止まるなというのか? もう子供達は化け物だ!」
「お前が、それをいうのか! それを言って、子供達を見放すのか! 本当に守るべきものを守らなかったことを、償わなければならない。お前はこれから永遠に子供達を守らなければならない。そのために、永遠にもう止まることなど許されない……!」
フォルの叱咤に、カラインは眼を見開いた。
「本当に守るべきものを守らなかった……息子達、娘達……! 私はもう、止まることを許されない……」
カラインは悲痛に顔を歪め両手でがばっと顔を覆った。
大事なものはいつも失ってからわかる。
いつの世もそうだ。
そして――
キンマ神殿内部のキンマ脳の安置座は激しい火炎で溢れていた。
「世界にはもっと魔具 が溢れていていいはず。だがそれはない。世界は怪物によって守られているということか? これには上位思念の操作を感じるな……」
青鎧を封印されドレス姿のキーツが剣を杖代わりと立ち上がる。
「それは貴様が知ることではない。今、貴様が知るべきは己が犯した罪の重さを心に刻むことだ! 貴様はあまりにもあまりにも無垢な命を犠牲にした!」
水の膜が弾け、人の姿となったリリーが青鎧を封印した球体を持ち、細剣の先端をキーツに向けた。
「勇者の魔剣を砕き、炎神を溺れさせた《神を惑溺させし精霊》よ! まだまだ上があるということか? 私はまだまだ甘さを捨てきれなかった……それが罪の重さか……」
キーツは切断された蛸の腕を睨み、近くに唾を吐き捨てた。
「それは私に対する侮蔑か。あまつさえ、罪の意味をたがえるとは!」
リリーは眉を不快に歪めた。
「これは民を助けられず、愚かな踏まれた国の王として、この世への餞別だ。私は甘かったのだ……私はまだ人間であった。なりきれてない。今ここに、全てを捨てる!」
キーツは神殿台座の玉垣へ立つと、キンマ盤三つをリリーに投げ捨てた。
「……!」
キンマ盤に注意を払ったこともあり、リリーはキーツの最後の言葉を正確に聞き取れなかった。キーツは片手を伸ばすと、背から溶岩湖へ身を投げた。
「なっ!」
咄嗟にリリーは追う。
煮えたぎるマグマに抱かれたキーツの全身は体内の水を一気に蒸発させ一度、膨張で跳ねると、燃え出し黒焦げとなってゆく。絶叫も苦痛の叫びもすらない。
キーツは強い意志と誇示を込め天上を睨んだまま、燃える黒い骸骨じみた死体姿で、最後に黒い唇が薄く笑うと、灼熱の海に沈んでいった。
「これで、全てが終わった……はずだ……」
感慨深げにリリーは三枚のキンマ盤を拾い上げた。




