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悲しすぎるよ。でも真実は暴くの

「そうかぁ、このみを脅迫するにはかなえの存在がカギになることは確かだね」って、啓治君も納得してくれた。

「でも吉本たちとかなえの接触の形跡は見つからないよ。吉本の取り調べでも、かなえの名前は出てきてないよ」

「でも、久司と孝子はつながっていた。でしょ!」と僕。なるほどと啓治君うなずく。

「孝子は、かなえが自分に反発してること知っていた。なにしろかなえを説得して自首させた張本人なんだからね。かなえが嫌っているのはわかるでしょ。だから久司を連絡に使った」

「ふーん、なるほど」

「たぶん最初にこのみを脅迫しようって考えたのは孝子じゃないかしら」

「孝子が首謀者?」

「そう、二人の男を言い含めて計画したのよ。それには、かなえの動向を知っておく必要があった」

「それで久司がかなえと接触した」

「最初は吉本が会ってたのじゃないかしら。吉本はただのサラリーマンだから、そんな悪党でもない。この時点ではかなえの動向をつかみさえすればよかった。だから、そこまではかなえは無関係。孝子が中心で動いたと思う。それで、吉本を責めてもかなえの名は出てこないのよ」

「そこまでは・・・?」と啓治君が怪訝そうに言う。

「孝子が吉本と豪華温泉旅行に行くあたりまではね」

「ふーん、そこからは誰が中心になるの」って、啓治君がいよいよ興味深々って感じになってきた。

「たぶん、このころ久司がかなえとくっついた」

「ほうー」

「それに気づいた孝子は必死に久司を取り返そうとした」

「へぇ、三角関係、いや四角関係か」と啓治君。

「うふふ、もうこのころは吉本は蚊帳の外でしょう。女二人は、久司をめぐって火花を散らしてたのよ」

「久司はしがないポン引きから、いつのまにか小さなクラブを経営していた」

「はん?」

「たぶんこのみから巻き上げたお金の、孝子の取り分はすべて久司のために使われた」

「なるほど、それで店を出せたのか。そうすると今度は久司が黒幕?」

「いいえ、かなえよ」って、僕はきっぱりと言い切った。えっ、かなえ?って啓治君びっくり顔。こんなことでそう驚かないでよね、まったく。

「でも二度目の脅迫を実行したのは孝子の独断かも」

「はーん。それはどうして?」って啓治君。ほんと目を白黒って感じ。

「孝子は追い詰められたのよ。このままでは久司をかなえに取られてしまう。お金で久司をつなごうと考えた」

「それで再びこのみを脅迫した。たまらずこのみが談判に行ったのが、あの日だったってわけか・・・」と啓治君。少し見えてきたって表情になってきた。

「ねぇ、少しあたってみて欲しい人がいるの」って僕。啓治君の力試しでもないけど、ある頼み事をした。

10月も後半になるとめっきり秋らしくなる。涼しい日が続き、夜長のせいか夏にも増して夜の客数も多くなる。

僕は、夜だけビールの小瓶を出すことにした。アルコールは好きじゃないけど、やはり売り上げ伸ばすにははずせないみたい。少しだけならいいかなぁと思う。

お店始めてからもう7か月。本当よくやって来れたもんだ。この頃では、売り上げもそこそこ安定してきてすこし余裕が出てきた。

それとたかし君もしょっちゅうお店に顔出すようになった。なんか僕に惚れ直したみたい。もうべったりって感じで、かわいいのなんのって。陽児君とおんなじぐらい好きになっちゃう。えへっ。

ユキちゃんとケンは最近うまく行ってないみたい。ユキちゃんの口から、ケンの話題がぜんぜん出なくなっていた。

ケンもユキちゃんのいない日にお店に顔を出す。僕はあれから一度だけケンと例のセコイアでドライブした。彼がどうしてもって切ない顔でお願いするの。

ついほだされて「ドライブだけよ」って念をおしてOKしたの。でも本当にこれでおしまいにしようって心に決めていたの。

タータンチェックのキュロットに黒のニットセーター。ゴールドのチェーンネックレスとゴールドのブレスレット。ケンはジーンズに白のTシャツとデニムのハーフジャケット。

軽井沢あたりまで、秋の青空を楽しみながら快適に緑の高速道路を走りぬけた。目的の白糸の滝に着く頃には、高原の天気はさらに秋らしくなっていた。二人の頭上の空は抜けるように青く輝いている。とても爽快な気分。

「ユキちゃんはホントにかわいい娘」ってケン。でもなんか無理なんだ・・・って。

ケンは多分、大人の恋に憧れてる。

「別にベッドインすること言ってるわけじゃないよ」とケンは言う。

でも実際、ユキちゃんとベッドインしたんだって。さすが手が早い。このプレイボーイめ!

だけどそれでも違うんだって、ケンの求めていることは。うむ、言ってることわかる気もする。可愛いい子供といるときは楽しいけど、物足りないっていうのあるよね。だけどそれはどこまでもケンの都合。

僕はたかし君と精神的にもつながったこと話した。

今までは時々しか思い出さなかったたかし君が、今はずーっと心の中にいるのって言ったの。

ケンはさみしそうに笑う。「よかったね」って。

僕はたまらなくなって「ごめんね」ってケンを抱きしめたの。

ケンも僕をぎゅっと抱きしめる。ハグし会うつもりだったんだけど、勢いで二人は車の中で短い口づけを交わしてしまったの。でもそれ以上はダメ。僕の気持ちゃんと伝わったみたい。お互い目だけでうなづきあった。ケンもユキちゃんとのことで心に傷を負っていることはたしか。だからその気持ちをわかってもらいたいだけなのよね、そうでしょケン。

それから僕たちは、白糸の滝を見るために手をつないで山道を登った。

ケンは白のスニーカーだからいいけど、僕のは少しかかとのあるゴールドのパンプス。

でこぼこの山道は歩きにくくてケンにいっぱい引っ張ってもらった。そのたびに「きゃっ」ってケンに寄り掛かった。

川沿いに険しく続く細い上り坂をたどってゆくと、やがて目の前が開け、半円の崖から流れ落ちる水の柱が無数に滝つぼに落ちかかっている。

ごつごつした岩肌に白い糸のように幾筋も流れでるその水しぶきは、可憐で清らかな印象を与えてくれた。二人は滝の前で肩を寄せあった。なぜかほっとする安らぎを感じあうことができた。何のためにここまで来たか分かったような気がした。

帰りの車の中で「これがお別れのドライブね」と僕はケンに言い聞かせるように言った。ケンも黙ってうなずいた。きっと素敵な恋人見つかるよケン・・・。

そんなケンとのしんみりしたことがあって幾日かした頃。女優の花咲このみが倒れたというニュースが流れた。



はじめは熱っぽく風邪かなって思っていたんだって。それが突然おこりのような痙攣をともなって倒れたらしい。

そばにいた人が抱き起した時「(ばち)が当たった」って、苦しい息の中でつぶやいたらしいの。そのことがやけに大きく報道されていた。病院では絶対安静が3日日間続いたみたい。

やがて意識を取り戻したのだけれど、どうしたわけか体を動かすことができない。まぶたも開けれず、呼吸すらできないありさまになっていたのね。

病名は、ギランヴァレイ症候群って言うの。聞いたこともないけど、体の運動神経がマヒして動けなくなるんだって。

治す方法は見つかってないというから怖いよね。それでも一週間もするとしゃべれることができるようになったみたい。

そのよく聞き取れない、か細い声でとぎれとぎれに話す内容が、保釈の身の彼女の自白となっていた。

花咲このみは稽古のあいまに孝子のマンションを訪ねたの。鍵がかかっていたのでそのまま帰ったって言うのは嘘で、連絡を受けていた孝子は待ち受けていた。

二人は口論になった。約束に反してまたもお金を要求してきたからだ。しかも今度は、500万円という大金だった。

「約束が違う。あの300万円でかなえも納得するって言ったじゃない」とこのみ。

「それがね、どうにも収まらないのよ。けっこう金に汚い子みたいなのよ」

「そんな、最初は誠意さえみせればそれでいいって言ってたわ」

このみは顔を真っ赤にした。孝子は冷ややかな態度だった。

「いいわ、私が直接かなえに会うわ。会ってどうしてもというなら、本人に現金を渡して黙らせるわ」

このみは、孝子に直接会わせろと主張した。しかし孝子がそれを拒んだ。

なんとしても自分を介さなければだめだと言う。このやりとりでこのみは、はっと気づかされた。

「孝子さん。あんたほんとはかなえの名をかたってるんじゃないの。この私からお金をせびるために、かなえを使って脅してるだけじゃないの」

孝子は沈黙した。このことでこのみは確信した。すべて孝子の仕組んだ狂言だと。脅迫の張本人はかなえでなく孝子だということを。

このみは逆上した。八十八夜がいったん解散する際に、孝子が演劇から引退することになった時もこのみは孝子をなにかと援助していた。

自分の起こした不祥事で、劇団が解散になり迷惑をかけたという思いがそうさせていた。それからも盆暮れの挨拶だけとはいえ、お付き合いを絶やしていたわけではなかった。それなのに、こんなことで自分を脅迫してくるなんて!

孝子も負けてはいなかった。このみの常日頃からの傍若無人なふるまい。自分勝手で、わがままなこのみの態度をなじった。

ますますこのみはエキサイティングした。気が付いたら、このみは孝子の首を絞めていた。それは10年前、辻本を逆上のあまり刺してしまった時と同じ興奮状態だった。

争う途中でキッチンに転げ込んだ孝子を追って、このみはいつのまにかタオルを手にしていた。そのタオルで孝子の首を絞めて息の根を止めた。

そのあとは無我夢中で劇場にもどり稽古に出たということらしかった。

こういう経緯は、スポーツ新聞の方が詳しい。例によって僕は、いくつかのスポーツ紙を買って読み比べた。

だけど、どの新聞も孝子が自殺と断定された一番の理由。そう部屋に鍵がかかっていたという矛盾については触れていなかった。

なにより孝子が発見された時はドアノブにタオルをひっかけて首をくくっていたのだから、あまりにも状況が違う。しかし、聞き取りにくくきれぎれに話す内容を、それ以上は確かめることができないのかもしれない。

僕は決断した。いよいよ決着させる時が来た。僕は勝負に出ることにした。

西武池袋線武蔵藤沢の駅近くに、モルタル造りの2階屋がある。全体が白く長方形でひときわ目立つ建物。

それが劇団八十八夜の新しいビルなの。親会社の劇団春秋や地元ライオンズクラブからの出資もあったみたいで、地方の一劇団としてはずいぶんと立派なものなの。

そこに、僕から呼び出されたかなえがやってきた。

ベージュのマキシムスカートに、白のハーフコート。巻き髪をアップにして華やかな雰囲気。

10年前も通っていた劇団だけに、もちろん建物自体は新しくなってはいるけど、手慣れた感じで中に入っていった。

一階の受付に誰もいない。建物全体がシンとしてる。冷たい感じだ。

地下はダンスレッスン場になっている。2階には発声練習をする音楽教室や経理、総務の部屋とオーナー室。一階は劇場づくりになっていて、時にはお客を入れて公演もできるほどに舞台がつくられている。

でも普段は客席にあたる部分は、平らなフロアーになっていて、研修生たちの稽古場になっている。

かなえは無人の受付を抜けて1階の舞台フロアーの入口の扉を押して中に入ろうとした。でも中は真っ暗で何も見えない。

「マリコさん、いるの?この時間に来てって言ったのあなたでしょう」と、かなえは大きな声を出した。その刹那、照明が一斉につけらて場内は明るくなった。

かなえは一瞬目がくらんだ。おもわず手をかざしたその先の舞台の上に僕は立っていた。真っ赤なミニスカにゴールドのパンプス。フリルのついた白のシャツにベージュの皮のジャケット。腕を組んで僕は中央に仁王立ち。これは僕の勝負服姿だ。

「なによ、脅かさないで。孝子と花咲このみの件で、どうしてもって言うからわざわざ来たんじゃない」って、かなえは抗議の声をあげた。

「そうね、そう言えば来るしかないものね。かなえさん」

「どういうこと。私は二人のことには直接関係ないって、警察でもちゃんと言ったわ」

「うふふ、直接には関係ないかもね」って、僕は言いながら舞台の中央にある階段からフロアーに降りた。

「ねー、懐かしいでしょこのフロアー。10年前も同じような作りだったんでしょう」

「そうね、確かに。それで、こんなところで何をしようとしてるの?」

「ねぇー、かなえさんは10年前、辻本だけが頼りだったのよね。その辻本が殺されて半分やけになったのよね」と僕。かなえは無言。

「だから孝子に言い含められた時、あっさり罪をかぶったのよね」

「ふん、それがどうしたの」

「でもそれが、憎き継父への仕返しにもつながったので自分でも納得したのよね」

かなえは無言になった。

「出所してからは、地道に生きようとしていたのも気持ちが整理できてたからよね」

「だから、それがどうしたの」と、かなえはいら立ちを見せた。

「でも二つの出来事が、あなたの気持ちを変えた。一つは、花咲このみが探偵まで使ってあなたの動向を探っていたこと。そのことで吉本がわざわざあなたに会いに来た」

「ふん」とかなえは腕を組んだ。

「そして、久司が現れた。どうでした?8歳年上の遊びなれた優男(やさおとこ)にやさしく口説かれた気分は」

かたくなにひっそりとした生き方を守っていたかなえの心に、上手(みごとに)にはいりこんできた久司。いまさら恋心を男なんかに抱くなんてと、かなえにしても予期せぬ出来事だったに違いない。

「そうでしょう。かなえさん」

かなえの顔はこわばっている。

「あなたは久司から、孝子たちがあなたを利用してこのみからまんまと300万円脅し取ったことを聞かされた」

「ふん、いい気味だわ。あんな鼻持ちならない大物ぶった女なんか!」と、かなえは感情をあらわにした。

そう、それが長年恨みを押し隠してきたかなえの本当の気持ちだろう。

「あなたは、職場でも支店長の抜擢を受けて気分もあげあげだった。そこにお母様からのもう一つの出来事の連絡があった」

かなえは、ぎょっとした顔つきになった。

「あの継父が脳梗塞で倒れた。しかも糖尿病の合併症もあって長くは生きれないようだと」

かなえの顔がこわばってきた。僕はかまわず続けた。

「秋元家は、川崎市内でも有数の資産家よね。あの首都圏の土地の相当数の地主。簡単には計算できないぐらいの大金持ちだわ」って、僕はかなえの顔を見据えた。かなえが「なによ」って、見返してきた。

「まさに逆転の人生ね。ほんの一部の遺産が入ってくるだけでも大変なものよ。暗く絶望的だったあなたの人生は、前途洋々たるものに変わったのね」と、僕はかなえにほほえんだ。僕が、啓治君に頼んだ調べごとの一つはこのことだった。

啓治君に直接かなえの母親に会ってこの事実を確認してもらった。

啓治君が川崎にあるその豪邸を訪ねたとき、まさに当主の則夫は寝たきりの状態で専属の看護婦が付き添っていた。

広い庭の中に離れがあり、その看護婦とお手伝いさん以外はそこに出入りしないひっそりとしたものだったらしい。

母親は娘のことを痛く心配していた。血のつながりとは不思議なもの。その秋元典子はかなえとそっくりのうりざね顔。和風な感じの美人さんだったって。

名家の手前、前科のついたわが子のことを大っぴらにすることはできなかったが、やがて時が来れば財産分けをして娘の行く末を守ってやりたいと考えていた。そしてそのことをかなえに手紙で伝えていた。

そして弟(やがてこの家の跡取りとなる息子)も、姉のことを心配してた。

異母姉妹にあたるかなえの妹(すでに嫁いでいた)も、決してかなえを悪く思っている様子は無かった。むしろ傲慢な父親に反発してか、かなえに同情的だったみたい。

則夫は、校長職を不本意に退いてからは荒れていた。特に家族に対しては威張り放題の態度をとっていたようなの。

先祖代々から続いている秋元家の名を傷つけたという無念さが、彼のプライドをして許せなかったみたい。

どこにも持っていき場のない感情を、典子や子供たちにぶつけていたようなの。その結果、家族の気持ちは則夫から完全に離れてしまっていた。

「よかったわね。かなえさん。あなたは十分幸せになれる権利を持つことができた」

僕は心からそう言った。かなえは黙っている。

「でも、女の子ってなかなか秘密は守れないものよね。特に好きな男には」

僕は再びかなえを見つめた。

「私もガールズトークは好きよ。心が晴れるわ。いいストレス発散になるものね。でも、しゃべりすぎて失敗することもある」

僕はちょっと遠くを見るようにして語りかけた。かなえもちょっぴりうなづく。

「かなえさんが、遺産のことを久司に話してから久司の態度が一変したでしょう」

かなえはどきりとしたような表情をみせて、顔をこわばらせた。

「そのことが孝子を動揺させ、今度のこのみとの一件につながった。そうでしょう」って僕はかなえに相槌を求めた。

かなえは困惑しているよう。めまぐるしく頭を回転させて事態を掌握しようと必死。かすれるような声を、かなえはしぼりだした。

「そんなこと・・・」

ここで僕は一気に詰める気持ちになった。

「このみは、孝子の首をしめてそのまま逃げだしたと告白した。でも、なぜか孝子はドアノブに首をひっかけて死んでいた。しかも玄関には鍵がかかっていた。そうなるとこのみの証言とずいぶん食い違う。そうでしょう」

かなえは、僕をにらみながら思わずあとずさりした。

「なぜ食い違っちゃうのか・・・。その謎を解いてあげましょう」と僕。

後ろを振り向いた。舞台のそでから啓治君が現れた。手には黒の携帯電話をもっている。

「どうも、その節はかなえさん」とあいさつしながら舞台の中央に進んだ。ちょっと役者っぽい。なによ、かっこいいじゃん。

「この携帯、久司のものです」って、なにかの印籠みたいに前に突き出す。ちょっと芝居がかってるよ、啓治君。

今日の午前中、久司は恐喝の容疑で警察に引っ張っられていた。

「孝子の死亡推定時刻の午後2時前後に、この携帯とあなたの携帯番号とのやり取りが何本か記録されてます」そういいながら啓治君も中央の階段からおりてきた。かなえの緊迫した顔はものすごい形相になっている。

「つまりは、こう言うことですよね、かなえさん」って僕が言葉を引き継いだ。

「孝子に呼ばれていたのか、それとも偶然か、久司は孝子の部屋に向かってた」

そこであわてて逃げるこのみの後ろ姿を目撃した。部屋に入ってみると、キッチンで首をしめられて孝子が倒れていた。

「それを見つけたとき。久司が最初にとった行動は、あなたに携帯で事態を知らせることだった」

そうよねって顔で、僕はかなえを見つめた。

かなえは蒼白になり、倒れそうになるのをこらえるように半歩後ろにさがった。

「メールも、二つ残ってましたよ」と啓治君。

「一つは久司があなた宛てにうったメール。もう一つはあなたからの久司への返信」そう言って啓治君は久司の携帯からメールを開いた。

「すべてやったよ。言われたとおりに」それからと続けて「ゴム手袋は元通りの場所にもどして」とかなえの返信のほうのメールも読み上げた。

「あなたは久司からの連絡を受け取ったとき、例の休憩時間だった。そうですよね」って僕。

ハウスマヌカンは立ちっぱなしの仕事。途中で休憩を入れないと持たない。だから必ず交代で1,2時間の休みが入ってる。ミユキ店長の休み時間は、大体が午後の2時か3時。偶然とはいえ、ちょうど事件が起きてた時間帯だ。

「久司から連絡受けた時、あなたはとっさにこのみのしでかしたこの犯行を、逆手にとろうと思いついた。そうすれば、今後もそのことで久司がこのみを執拗に脅迫するネタができると考えたのね」

そう、かなえは別にお金を欲しがる立場にない。

ちゃんとした仕事を持っていて、昇進もしてる。しかも近い将来莫大な遺産が入る予定がある。だからお金に執着はなかった。

むしろその時かなえの胸に浮かんできたものは、全く別の感情だったに違いない。

今までかなえをこんな風に追い込んできたいろいろのこと。

継父の仕打ち。その継父の言いなりになって、自分の子供も守れない母親の姿。キャバクラを転々としていた頃の悲しい思い。大女優とその取り巻き達の理不尽な態度。

今までの報われなかった自分の人生全部に対する恨みつらみが、むくむくと心の底から湧き上がってきた。あの久司が、蛇のようにこのみに喰らいついて執拗にお金をせびる。

これ以上ない復讐ができる。願ってもないことだ。かなえは体中が熱くなるのを覚えた。その激情からか、かなえは久司に命令して首つり自殺にみせかける工作をやらせたのだ。

トイレ掃除用にきっとあるはずのゴム手袋を探させ、指紋の残らないようにその手袋を着けさせた。

そしてドアノブで首を吊ったように見せるため、孝子の体を移動させた。僕は、啓治君に丹念に現場検証の報告書を読み返してもらった。

これも僕が啓治君に頼んだことの一つ。ふつう首を絞められると、断末魔に被害者は首に巻きつかれたものを引っ掻いたりして爪にいろんなものが詰まっているもの。

それがあまり見受けられなかったと記録されている。これも自殺説の裏付けになっている要素の一つだったのね。

「爪を切らしたんですよね。久司に」

僕は、かなえに一歩近づきながらそう話しかけた。その分、かなえは後づさりする。無言のまま僕をにらんでいる。

こんな時に変だけど、この前ケンの目の前でたかし君のつめ切ったこと急に思い出しちゃった。なんで・・・?ほんとヘン。

「とっさの時に、そんな細かいことに気づくなんて。きっと、お芝居の筋書きの中にそんな犯罪に関する知識があったんでしょうね」って啓治君も、横合いから半歩かなえに近づいた。

「ふっ、そういうこと・・・。すべてお見通しって訳ね」と観念したようにかなえは肩を落としうつむいた。

その態度は、わかったわって罪を認めたような感じ。でも、それは演技。まだ真実(ほんと)のところを隠そうとしてるの。

僕はいよいよかなえを追い詰めなければならない。

「それだけでは、まだ事実が明かされてない」と、僕はかぶせるように付け加えた。

かなえが、はっとしておびえるような表情で顔をあげた。啓治君も、僕が何を言おうとしてるのか、怪訝そうに見つめてきた。

でも事件の核心はこれからなのよ。

「孝子の体を移動したとき、孝子は息を吹き返した。そうでしょ、かなえさん」

かなえの顔は蒼白になった。啓治君も「えっ?」って顔してる。

「最初の携帯は5分。間もなく2度目の通話。1分ぐらいね。その時、孝子が意識を取り戻しかけていると久司から連絡あったのよね。あなたは、すぐさまもう一度首を絞めろと命令した。そうでしょ!」

絶対そうよねって顔で、僕がかなえに迫った。

「そんな、そんなことない・・・」って、かなえ。しかし顔つきは不安げで自信なさげだ。思わぬ展開に、啓治君あきらかにおたついている。ここから先は、刑事の啓治君はあてにならない。

「でも久司はちゃんと自白してるわよ!」って、僕は声を大きくした。

そう、このことを一番に啓治君にお願いしてたの。自白に追い込むって、そこが本当の刑事の腕ですものね。でも久司は自白していない。啓治君ではまだ無理だったみたい。

久司もしぶとい。そりゃそうよね、認めれば殺人犯になるわけだから。久司は、今はまだ脅迫の容疑で拘留されているだけ。

でもそんなこと知ったことじゃない。久司がダメならかなえに直接ぶつけるしかない。僕も真剣勝負よ。もう顔つきは鬼のよう。

「うーっ」とかすかにうめいてかなえは僕をにらみかえした。

「でもね、かなえさん・・・、久司は孝子を本当には殺し切ってはいないのよ」

「えっ」

僕は啓司君が出てきた舞台のそでの反対側のほうを振りかえった。

少し間が空いて、そでの幕揺らいだ。

「前田さん出てきてください」

おずおずと前田さんが顔を出した。

グレーのストレートのパンツルックにしゃれたベイジュのジャケットの前田さんが静かに姿を現した。

かなえがさも驚いたように目を見開いて前田さんを凝視してきた。

啓司君にいたってはなにが起こってるのかと口をあんぐりとあけている。

それもそのはず、前日僕と打ち合わせていたこととは違う展開が次々に起きるのだから啓司君としてはついてくるのに精いっぱいといったところなんでしょう。

「かなえさん、前田さんのことはご存じよね。久司のお父様・・・」

かなえは無言で前田さんを見つめている。前田さんは緊迫した表情でかなえを見つめ返していた。

「かなえさん、私ねあの時孝子の部屋に行ったんだよ。別の用事だったんだじゃが・・」

「・・・」

かなえは無言のまま顔面が蒼白になってきた。啓司君も固唾をのむって顔つきで前田さんとかなえと僕を見つめていた。

「私はね、あの事件の半月前も孝子に会いに行っていたんだよ。久司と別れさせたくってね」

そう、僕は三日前に前田のおじい様のところに呼ばれて行ったの。僕はどうして呼ばれるのかうすうすわかる気がした。前田さんが僕に何かを伝えたがっているんじゃないかって前から感じていたの。

お部屋の応接室に前田夫妻は二人揃って僕に会ってくださった。なんだか僕がすべてわかって会いに来たみたいな雰囲気だった。

「やぁーマリコさん、わざわざ来てもらってすみませんねー」

前田さんは僕の目を見つめてきた。

僕はとても切なくなってきた。それでも思い切って切り出したの。

「いえーとんでもない。でも前田さんは私に前からなにか言いたそうでしたもの。ときどきお店に来てくれて、いろんな話をしてくださった。そしてかならずなぜか久司さんの話題を出されていましたね」

前田夫妻はお互いの顔を見合わせた。

「そして前田さんと話すとなぜか孝子と言う人の自殺が殺人ではないかという私の推理を裏付けるヒントが見つかるの」

「・・・」

「考えれば不思議でした。私は孝子の自殺についてなにも話していないのに、10年前の劇団春秋の事件の話をしてくれたり・・・。そうですよねあまりにタイミングのいい話ばかり」

「うむ」

ぼくは前田さんをしっかりと見つめた。今ままで何人かの人と対決してきたけど、今が一番胸の詰まる思いをしていた。

「啓司君が孝子の自殺の裏付け取るためにお伺いしたんですよね。そしてお店を任せた私と啓司君が幼馴染だってことお聞きになったんですよね」

前田さんたちは心なしかうつむき加減で黙ったままでいる。僕は構わず言葉をつづけた。いままでの経験で核心を突かれた時の表情には慣れているつもり。

「啓司君も言ってましたけど、久司さんと孝子がよりを戻して付き合っていたのはうすうすお気づきになっておられたんでしょう」

前田さんの奥さまのほうは完全に固まったように下を向いてしまった。

「きっとお二人とも、久司さんがまたあの孝子と一緒になることには反対だったんでしょうね」

「そうとも、マリコさん。あの女は久司にたかることしか考えていない性悪な女としか思えない。久司はそこに気がつかんのじゃよ」

前田さんは膝を打つように前に体を乗り出してきた。

「それで、前田さんが直接孝子に手切れ金を渡そうとしたのですね」

僕も間髪をいれずに応じて見せた。

「うむ、さすがマリコさんよくご存じですな」

ごめんなさい前田のおじいちゃま。マリコは尋問するときに、直感でカマをかけることで結構相手のガードを崩してきたの。だからこんなことほんとごめんなさい。

「そうなんだ。孝子の奴、最初にこいつと二人で会いに行ったとき、ぬけぬけと別れるにはそれなりの誠意を示せと言いおった」

となりの奥さまもうつむいたまま小さくうなづいた。

「それでお金を用意されたんですか」

「そう・・・100万ほどじゃったが」

「久司さんはそれで孝子と別れると納得されたんですか」

「ええ、なんとか」

奥さまのほうが小さく答えられたの。

「でも、実際はそうではなっかった」

僕は探るように前田さんの顔をのぞいていた。もうー、以前の僕だったらこんなことなかったのに。そうとう性格悪くなったような気がする。

「まったく久司の奴め、だらしない。というよりやっぱり孝子がしたたかなんだ。なんだかんだと久司につけいっておった」

「それで孝子の部屋に訪ねていったんですね」

「そう、悔しいが頭をさげてでも孝子には遠ざかってもらわねばと思ったんだ」

「あの時・・・私も一緒に行けばよかったのかしらねぇ」

奥さまの声は相変わらず小さかった。

「いやぁー、二人で行くほどでもない。わしはほんとに土下座でもする想いで出かけたんだ」

「でも久司さんだってもう30過ぎの大人だからほっといていても・・・」

「うーむ、しかしなぁマリコさん。あの子のことはわしら夫婦片時も気にしないことはなかった」

「心優しい子でねー、小さい時はほんとに聞き分けのいい子だったんですよ」

僕は奥さまの消え入りそうな声に少しばかりうなずいた。

「それだけにいつまでもふらふらとさだまらない生き方をしてばかりなんで、ついつい心配してしまう」

わかる気がする。ダメな子ほどかわいいって昔から言うもんねぇ。

「部屋のドアは開いてたんですか」

僕はいよいよ核心のところに踏み込んだ。

「・・・」

前田さんは無言だ。わかるー、子供の更生を願って何としても女と別れさせようと必死の思いで出かけてきたんですもの。年老いた親がだらしない息子を思っての決死の行動ですものねぇー。でもその時思いもかけぬでき事が起きていた、そうですよね前田さん。僕はまじまじと前田さんを見つめた。

「ふー、マリコさんはすべてお見通しみたいじゃなぁ」

そう言いながら前田さん、奥さまのほうを見やった。奥さまもうなづきながら前田さんを見つめ返した。

「私がね、マリコさんに相談しようって言っていたんですよ」

そう言って奥さまは下を向いた。

僕はじっと黙って待つことにした。そうこのが人に話をさせるには大事なのよね。

「ああ、あの時は夢中でやってしまったことなんじゃが、だんだん怖くなってのうー」

僕は無言でお二人を交互に見つめた。

「まさか久司があの女の首を絞めてるとは。びっくりしましたよ」

もう奥さまは消え入りそうな様子でうつむいている。

「わしはなにしてるんだと駆け寄ったんじゃが、すでに孝子はぐったりしておった」

僕は前田さんの苦しそうな表情に胸がいっぱいになった。予期せぬ惨状に出くわし、しかも守るべき息子がとんでもない犯罪を犯したところ目撃してしまった。

それもすでに取り返しのできない事態になってしまっていた。とても冷静な判断などできるはずもない。

久司も久司でさぞ驚いたはずだわ。あろうことか自分の父親が人を殺した現場に突然姿を現すなどとは想像に絶する。

とんでもない親子の鉢合わせってこと。思わず奥さまの方を見てしまった。奥さま下を向いたまま、もしかしたら泣いておられるのかも・・・。

「わしはあの時久司を救うことしか考えられなかった」

奥さまからはかすかに嗚咽のような声が漏れた。ぼくももう呼吸が止まりそうな気がした。前田さんの声はますます苦しそうだった。

「わしは久司をはねのけ女の首にかかってるタオルを自分の手で強く締めたんだ。そう久司の罪を自分にかぶせようと思ったんじゃ」

前田さんは空を睨みながら唸るようにつぶやいたの。

3人とも黙っちゃたの。長い長い沈黙だったような気がした。しばらくして僕はようやく想いを口にした。前田のおじいちゃまのこといたわりたかった。

「それでは前田さんが孝子をドアノブにつるすようにしたんですね。自殺したようにみせようと・・・」

前田さんは少し驚いたような顔をした。僕は思っていた。自殺に見せるように示唆したのは誰だったんだろうと。かなえではないような気がしてならなかった。かなえはあまり自分の人生に執着してない感じ。だから自殺工作なんかまでして自分を守ろうとはしない気がしていたの。ばれたらばれたで仕方ないぐらいの気持ちだと思うの。だからなんで孝子が自殺のような姿になっていたのかわかんなかった。でも前田さんがからんでることでつじつまが合う。

「ドアノブでも首が吊れるって知っておられたんですね」

「ああ、貧乏芸人の若い女の子がそんな事件を起こしたこと、なぜだか突然頭に浮かんだんじゃよ。たぶん・・・タオルをもっていたからだと思う。孝子の首筋が思ったより傷ついておらなんだ。わしは久司を守りたかったんじゃ」

「それでとっさにドアのところまで運んだんですか。久司さんに手伝わせたんですね」

「そうじゃ、ぼーっとしてる久司を叱りつけてな」

「そうですか。これで私もすっきりしました。久司さんだけでは自殺に見せる工作はできないと思っていましたから」

「やっぱりマリコさんは久司を犯人と思っておられたんですな」

「うーん、なんとなくでしたけど、おじさまはなぜそう思われていたんですか」

「久司から連絡があってな。マリコさんが会いに来たとか刑事からいろいろ聞かれたとか、情けない声を出しておった」

「それで・・・全部話す気になられたんですね」

「ねぇマリコさん久司の罪は重いんでしょうねぇ」

奥さまがすがるような目で僕を見つめてきた。

「わかりません、でも真実が一番大事だと思います。本当のことがかえって身を守ってくれると思います」

奥さまも前田さんもうなだれながらうなづかれた。

「前田さん。久司君には正当な罪の償いをさせるのが一番だと思います。前田さんご自身にも罰は加わりますけど・・・よろしいでしょうか」

前田さん夫婦はお互いを見合いながらほっとしたように僕に頭を下げてくれたの。

さすが人生の大ベテラン、いさぎよい態度にはほんと尊敬しちゃう。

この日から今日までの僕は、ほんと生まれてはじめっていうぐらい忙しく駆け巡った。

僕にだってわかる。つい昨日までの自分は、おしゃれが全てだった。かわいいとわくわくが楽しくて生きがいだった。でも陽児君を授かって、たかしくんのことも本当に好きになって大切なもの守るってことの意味がね。生きるってことが自分ひとりのことじゃ無いってことなのね。愛するもののために必死になるってとても自然なことなんだから。だからもうマリコは頑張ったの。

啓司君にもかなえにも連絡をつけて、この劇団春秋の舞台を段取りしたの。そして今、前田さんに舞台のそでから登場してもらったの。誰も傷つけたくない。起きてしまったことはもう取戻すことはできない。でも必要以上の悲劇はいらない。ぼくは意地でも一件落着させて見せる。

前田さんは落ち着いていた。さすが年の功・・・。

「かなえさん、お久しぶりですね。前田です。久司がいろいろお世話になっております。あんたには感謝しております。馬鹿な息子にやさしくしてくれた。久司もそう言っておりました。今度のことは久司からも聞いておられるでしょう。結局あの孝子の息の根を止めたのはわしだと思う。とっさのことじゃが久司に殺人の罪を負わせたくなかったんじゃ。首つりに見せる工作もわしがやった。だからあんたの罪もそんなひどいもんではないと思うよ。ここはマリコさんに従って自首してください。そうすればより罪も軽くなる。せめてもの年老いた親の子を思う気持ちをくんでくだされや」

静かだが、我が子を思う父親の切実な気持ちがその声にはずしりと込められているよう。僕はじんと感じ入ってしまった。

えって感じで啓司君はあっけにとられた顔をしている。

やがてかなえの顔に諦めのような表情が浮かんだ。

「そう・・・。そこまで知られてたの・・・」と、かなえは気落ちしたような顔つきになった。

「孝子なんか、死んで当然なのよ。人をたぶらかすことばかり。うそで固められた生き方しかできない。演劇だってたいして才能もない。努力もしないで、ただ男にくっつくだけしか能がなかった女」

かなえは、けがわらしいものでも見るような目つきで吐き捨てるようにつぶやいた。

「劇団がつぶれた時も演劇に残れなかったのは、ただ実力がなかったからよ。吉本みたいな事務屋にくっついて・・・」

ふん、と言った感じでかなえはいかにも憎々しい顔つきになった。きっと久司をめぐっても、孝子を嫌っていたはず。

というより、孝子から久司を奪うこと自体が、かなえの目的になっていたのかもしれない。彼女の何かに復讐したい気持ちが、すべて孝子に向いてしまったのかもしれない。

「詳しいことは署に行って聞きましょう。あなたには殺人教唆の容疑がかかります」

ようやく気を取り戻した啓治君がかなえの腕に手をかけた。ガチャと音がして、後ろの扉が開き、二人の刑事が入ってきた。

ここら辺の手配は啓治君がしたみたい。これから警察でいろいろ取り調べるだろうけど、たぶんかなえは素直に話すはず。

久司は殺人の未遂犯になり、このみも殺人未遂の罪に問われることになる。前田さんが殺人の実行犯になるんだろうけど、情状酌量ってことになってきっと罪は軽くなるはず。とにかく啓司君、がんばってかなえの自首ってことにして欲しいの。

その啓司君が前田さんを促して出口に向かって歩きはじめてる。

僕は、ほっと肩の力を抜いた。抜いてみると足ががくがくしてきた。一世一代の大芝居を打ったって感じ。

二人の刑事につれ添えられながら、かなえがドアの前で振り返った。

「マリコさん。すごいわね。まるで見ていたみたいに説明しちゃうのね」と、叫ぶように言った。

僕も叫ぶように返したの。

「かなえさんに、警察署なんかで追い詰められて欲しくなかった。自分から認めてほしかったのよ」

「それで私をこの場所に呼び出したの。そう・・・、そうよね。狭い部屋で自白させられるより、こっちの方がよかったわ。」

ありがとねって、小さく言いながらゆっくりと出口に向かって背中を向けた。僕はおもわず大きく声をかけた。

「かなえさん。こんどこそ、こんどこそ本当にやり直せるはずよ。あなたを痛めつける人は、もういないのだから」

僕の声は小さくなっていた。かなえは足を止めた。

そしてわかったというようにうなずきながら、そのままドアの向こうに歩んで行った。

そう、かなえはこれでいろんな呪縛から自由になれるはず。下手に罪を免れたら、これから先もずーっと暗い人生を背負いこむことになる。

「だからこれでよかったのよ」と、僕は小さくつぶやいた。

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