第一章前編 旅のはじまり
「ごはんは?」と、宇宙船から機械の声がした。船内でたった一人うずくまった少女が「ない」と吐き捨てる。「もう動けない……」と再び機械の声。宇宙船そのものから発せられているようだ。
「燃料なし。食料もなし。」
「うん……。」
「隕石もショートツ寸前だしね。」
「うん……。」
気力のない会話が数回続いたあと、静かに船内は沈黙となる。しかし、少女はびっくり箱のようにいきなり飛び上がり、船内のモニターを見た。ようやく事の重大さに気がついたよう。
「――ころろ!何とかして!」
気付かぬ間に目の前まで接近していた隕石は、今更避けようがない。船内は緊急を知らせるアラートが鳴り響き、赤い光に包まれる。直後――宇宙船は鈍く大きな音と同時にがくんと傾き、遠くまですっ飛ばされた。
☆
宇宙船はなんとか近くの重力に助けられ、惑星に不時着したようだ。砂浜に墜落した宇宙船の中から、アメフトボールのようなものが飛び出して地面を転がる。
ボールの中から、先程の少女が顔を出した。
「た、助かった……。」
少女は辺りを見渡す。砂煙が落ち着いてきた頃、宇宙船は少女と同い年くらいの女の子に変身していた。
「ころろ?」
少女が声をかけると、ジジ……と電子の音。その後に、ノイズ混じりの女の子の声が少女に語りかけた。
「救命弾は無事サドーしたよ。」
お互い、目立った外傷はない。けれど機械の女の子の方は先程の事故で片腕が外れてしまったようだ。今は野太いコード一本でつなぎ止められている。
「しゅーりが必要かも。」
女の子の腕を拾い、少女は「工具箱がない」と返す。どこかに落としていないかと再び周りを見回していると、一人の少女が駆けつけてきた。
しかし少女は、二人を見つけるなり「ああ、なんだ」とぽつりと呟く。
「あ、ごめんね。私はぴかる。」
褐色肌のその少女は、二人と歳は変わらなく見える。
「“なんだ”ってゆーのは?」
機械の女の子が問う。ぴかるはすぐに首を振った。
「こっちの話。大きな音がしたからビックリしてさ。」
まだ疑問は残るけれど、機械の子の隣にいる少女から唸るような腹の音が鳴り、話題が持っていかれてしまった。
「お腹がすいてるの?着いてきて。私が振舞ってあげる。」
しかし、空腹も限界だった彼女らは目をぴかぴかと光らせて、疑問そっちのけで「いいの!?」と身を乗り出す。
「その代わり、君たちの名前教えてよ。」
歓喜に溢れた少女は、ぴかるの言葉に喜んで応じた。
「私は船長かろ。こっちは全自動型アンドロイド船566号、通称ころろよ。」
ぴかるは底なしの笑顔で「よろしくね」と頷き、二人を拠点へ手招く。
しかし、三人の目に止まったのは半壊したぴかるの家だった。何があったかと中を覗けば、屋根を貫通して床にめり込む、かろの工具箱があった。
「ごめん!あの工具箱は私たちので……」
顔を青ざめ慌てふためくかろを、ぴかるが慌ててフォローする。
「きにしないで!どうせ仮拠点だから。それに故郷にもそろそろ顔を出さないとだし。」
「それでもお詫びするわ。何かできることはある?」
「う〜ん……じゃあ、食料調達にでも行って貰おうかな。」
☆
ぴかるは二人を連れて森にやってきた。出発前に拠点で片腕を直してもらったころろは、歩きながら何度も動作を確認して嬉しそうにしている。
「そういえば、ころちゃんは何を食べるの?」
「人と同じものを食べれます。機内に入れたものは何でも燃料に変換するよう、かろ船長が開発してくれました。」
「へえ〜。かろりん凄いんだね。」
「かろりんって何よ?」
草木に囲まれた細い獣道を散策していると、草陰から何かがガサガサと音を立てて近づいてきた。警戒する三人の前に現れたのはバスンバスンと地面を飛び跳ねる丸い牛。文字通り、体はまるまる太ってボールのように膨らんでいる。
「あれはマンマルウシ。ああやって地面を跳ねて移動するウシさんで、大きくてとっても元気な子なんだよ。」
「ふうん。三等分してもたらふく食べられそうね。」
「えっ」と驚くぴかるに、かろは「食べられないの?」と首を傾げる。
「食べられない訳じゃないけど、無理に捕まえようとしたら怪我しちゃうよ。」
「その点なら安心ね。ねぇころろ?」
かろの言いたいことを理解したころろは、片腕を前に伸ばしてターゲットに向ける。
「救命弾、作動。」
どしゅん、と腕からアメフトボールのようなものが飛び出してマンマルウシへ一直線に飛びかかる。それがウシを一呑みすると、ぴかるから小さく歓声が上がる。
「凄い……そんな事もできるんだ。」
☆
三人はウシを拠点まで連れて戻ってくる。重たいウシを運んでへとへとになった二人は、更にお腹を空かせて地面に倒れていた。
「お疲れ様。それじゃ後は私に任せて!」
「手伝わなくて平気?」
「私が振る舞うって約束でしょ。気にせず待っててよ。」
対して、疲れた様子も全くないぴかるの様子は感心させられるものがある。足取り軽く厨房へ去っていく彼女を見届けた二人は、だいぶしばらくして思い至った。
「……作ってるとこ、見に行ってみる?」
「いいわね。」
フラフラと厨房へ向かっていく二人。ぴかるの邪魔をしないようこっそり覗くと、そこには手際よく調理する彼女の姿があった。
丁度、肉を焼こうとしている所だったようだ。切り分けられた肉がフライパンに乗せられていく度、熱で溶かされたバターと肉がジュワーッと音を立てて絡み合い、濃い香りが食欲をそそる。
しかし、思わず鳴ったお腹の音にぴかるがまた気づきそうになったので、二人は急いで厨房を出た。
☆
「二人ともお待たせ!」
三人で囲う食卓に大きなステーキが並べられる。丁度良いサイズに置かれたステーキの断面は、赤いルビーのように輝いている。
「いただきます!」
元気な三人の声が、自然に囲まれたぴかるの庭いっぱいに広がる。フォークで刺した大きめのひと口を放り込むと、肉の旨みとたっぷり溢れる肉汁が口の中でとろけ、あっという間に虜にさせる。柔らかくホカホカの白米も着々と進み、三人のお皿は気がつけば空になっていた。
「あれ?これ何だろ?」
ぴかるが指さすお皿の真ん中にはそれぞれ、虹色を僅かに光らせた真珠色のダイヤが転がっている。
「これは真心です。料理に込められた気持ちはこうして形になり、かろ船長はそれを集めてます。」
「知らない?全ての星で共通認識だと思うけど……」
「ううん、どうだろ。真心こもった料理なんて、遠い昔に食べたきりだから忘れてるのかも。……ところで、どうしてそれを集めてるの?」
首を傾げるぴかるにころろは答える。
「かろ船長の星、アルケミー星は百年後に原因不明の大飢饉を迎えると予言されてます。だから宇宙研究チームは数々の星から真心を持ち帰って、錬金術を通して“食べなくても死なない薬”を作ろうと試みてます。」
「薬……?それって自分の星の料理じゃだめなの?」
「その星の料理では、薬は出来ませんでした。だけど作れたってゆう記述はのこってるんです。だからチームは宇宙を巡って材料になる料理を探す事にしました。」
「そっかあ。それじゃ、もっと料理が必要だよね?何百種類作れば足りるかな?」
かろが慌てて立ち上がる。ぴかるはその反応をみてゴメンゴメンと謝りながら「冗談だよー。」と笑う。
「料理を集めるなら故郷においでよ。美味しいお店がいっぱいあるんだ。」




