第2話
【逃げ場のない世界】
金属がぶつかる音が、瓦礫の街に響いた。
キィン――!
レナの双剣が、黒い仮面の兵士の刃を弾く。
「遅い!」
そのまま身体をひねり、風のような動きで懐へ入り込む。
次の瞬間。
風が裂けた。
ザンッ――!
兵士が後ろへ吹き飛ぶ。
仮面が割れることはない。
だが衝撃で地面を転がる。
「まだ来る!」
レナが叫ぶ。
その背後で、巨大な影が動いた。
ガルムだ。
「任せろォ!!」
大剣が振り下ろされる。
ドォン!!
地面が揺れるほどの一撃。
瓦礫が跳ね上がり、常闇兵たちが吹き飛ぶ。
ガルムは笑った。
「ははっ! やっぱこういうのは気持ちいいな!」
「楽しんでる場合!?」
レナが怒鳴る。
「囲まれてるのよ!」
実際、その通りだった。
常闇兵は減らない。
倒しても倒しても、
黒い仮面が次々と現れる。
屋根の上。
路地の奥。
崩れた建物の陰。
どこからともなく現れる。
「……キリがないな」
静かな声が聞こえた。
シオンだった。
彼は一歩下がりながら、ゆっくり仮面を持ち上げる。
黒くも白くもない。
灰色の仮面。
表面には細い線が走っている。
侵食の仮面。
シオンはそれを顔に当てた。
カチリ。
仮面がはまる。
次の瞬間――
常闇兵の一人が、急に動きを止めた。
「……?」
別の兵士が振り向く。
「どうした」
だが、その兵士の仮面に黒い線が走っていた。
ヒビのように。
侵食。
シオンが小さく笑う。
「少し借りるよ」
次の瞬間。
その兵士は仲間に向かって剣を振るった。
「な……!?」
混乱が広がる。
カナタはその様子を見ながら言った。
「便利な力だな」
シオンは肩をすくめる。
「長くは持たないけどね」
その目が、少しだけ暗くなる。
「……それに」
「この仮面、あまり好きじゃない」
だがその言葉は、すぐに戦いの音にかき消された。
カナタは剣を構える。
一人の兵士が飛び込んできた。
ガキィン!!
刃がぶつかる。
仮面の奥から声が聞こえる。
「なぜ抗う」
「常闇は救いだ」
カナタは押し返す。
「それ、さっきも聞いた」
兵士は続ける。
「アルカディア様は世界を救った」
「戦争は消えた」
「争いも消えた」
カナタの動きが一瞬止まる。
兵士の声は、怒りではなかった。
むしろ――
本気で信じている声だった。
「……だったら聞くけど」
カナタは低く言う。
「自由は?」
兵士は答える。
「必要ない」
剣が押し込まれる。
「人は自由になると争う」
「だが仮面があれば争わない」
「だから世界は救われた」
カナタは歯を食いしばる。
「それのどこが救いだ!」
力を込めて剣を振り抜く。
兵士が後ろへ下がる。
だが周囲には、まだ数十の仮面があった。
レナが息を吐く。
「……無理ね」
ガルムが笑う。
「やっと気づいたか」
「最初から言ってるでしょ!」
その時だった。
遠くで、低い音が鳴った。
ゴォォォ……
重い振動。
地面がわずかに揺れる。
シオンが顔を上げた。
「……あれ」
レナも気づく。
「嘘でしょ」
カナタが聞く。
「何だ?」
ガルムが苦笑した。
「最悪のやつだ」
瓦礫の向こう。
黒い煙のような影がゆっくり近づいてくる。
常闇兵たちが一斉に膝をついた。
「……来た」
誰かが呟く。
崇拝する声で。
「常闇軍」
「都市制圧部隊」
レナの顔が険しくなる。
「街が……終わる」
カナタの胸が強く脈打つ。
祖父の言葉が頭に浮かぶ。
――世界が完全に支配された時
――その時だけ使え
カナタは胸元の仮面に触れた。
冷たい感触。
時空の仮面。
そして初めて思う。
もしかすると――
その時が、
もう来ているのかもしれない。
黒い空の下で、
絶望はゆっくりと街を覆い始めていた。




