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急襲

ラウラが表に出て、術具を組み立て始めてしばらくすると、それまで木々に止まって枇杷をつついていた鳥たちが一斉に飛び立った。

「?」

ラウラが顔をあげると、陥没穴の上空に、光り輝く球体が浮いているのが見えた。

(太陽……?)

ラウラは目を細める。

しかし光は雲よりずっと低いところにある。ラウラは異変を感じ、泉で夕食用の虹鱒を釣っていた二人に近寄った。

「なんだあれ」

二人もすでに光球に気がついていた。竿を置き、上空を見上げている。

「ちょっと見てくる」

カイがそう言って、足元に霊力を集中させた直後、光球が落下してきた。

「!?」

そして光球を追うようにして、突如一頭のケタリングが現れ、穴の底目がけて下降してきた。

カイは咄嗟にラウラとシェルティの前に出て、地面を強く蹴りつけた。

ドオオッ!

地面が大きくめくりあがり、カイの前に土の壁ができる。

しかしケタリングは両足を伸ばし、その壁をいとも簡単に踏み潰す。目の前に着地したケタリング、その巨体に圧倒され、カイは膝を折ってしまう。

その隙をついて、ケタリングは三人に咆哮を浴びせた。

ガアアアアアア!!!

耳を塞ぐ間もなく、三人は至近距離でまともにその爆音を受けてしまう。

音の壁に弾かれたように、三人は揃って後方に倒れ込む。

(耳が……!)

ラウラは平衡感覚が狂わされ、立ち上がることができない。

激しい耳鳴りと頭痛で視界もかすんでいる。

隣でうずくまるカイとシェルティも耳をおさえたまま動かない。

(助けなきゃ……)

ラウラはそう思って、どうにか半身を起こす。

「――――っ!」

すると、目前に迫るケタリングと目が合った。

金色の虹彩、黒色の瞳孔、恐ろしい猛禽の瞳が、ラウラを睨み付けている。

ラウラの思考は完全に停止し、「死」という巨大な一文字に支配される。

ラウラは恐怖のあまり目を閉じる。

すぐに自分の身体を襲うであろう、衝撃、痛み、そして死に対して身構える。


「おい」

ラウラはびくりと痙攣する。

「おい――――起きてんだろ」

ラウラは我に返り、目を開けた。

そこにケタリングの猛禽の眼球は無かった。

代わりに、朝焼け色の、獣のように鋭い眼光を持った男が立っていた。

男はケタリングの視線を遮るように立ちはだかり、三人を見下している。

上背のある、屈強な肉体。

浅黒い肌と象牙色の髪。

それらを包む、古典的な毛皮の衣装。

ラウラははじめ、彼を本物の獣だと思った。

人間だと理解するまでに時間を要した。

彼女は見たことがなかった。

黒い肌を持つ人間を目にしたのは、生まれてはじめてのことだった。

この世界では珍しい肌と髪の色を併せもつ男は、ただ立っているだけでとてつもない威圧感があった。

その姿はまるで百獣の王、あるいは大衆の面前に立つ皇帝を思わせた。

豪華な服飾を脱ぎ去ってしまえば、一介の官吏と見分けが付かなくなる現皇帝とは雲泥の差といっていい。

ラウラはまた身震いした。

男が放つ威厳に畏怖を覚えたのだ。

思わずひれ伏し屈服したくなるような、自ら進んで隷属を願い出たくなるような魅力が、その男、レオン・ウルフにはあった。


「――――二人に、手を出すな」

膝に手をつきながらも、カイはどうにか立ち上がって言った。

「……」

レオンはカイに近づく。カイは身を固くするが、その視線は決してレオンから決して逸らさなかった。

「……ふん」

レオンは鼻をならし、カイに背を向ける。

同時に、頭上の光球が点滅する。

ケタリングが顎を地面につける。

鼻先を伝って、レオンはその背に跨る。

ケタリングは首をあげると地面を蹴り、口を大きく広げ、三人に向けて突進した。

「やめろ!」

カイは叫び、シェルティとラウラを庇おうとするが、駆け寄る間もなく、ケタリングに食われてしまう。

「あっ――――」

カイに続いて、ラウラとシェルティも、ケタリングに飲まれてしまう。

「――――あ?」

それはおよそ生物の口内とは思えない、冷え切った、無機質な空間だった。

唾液も、臭いも、血の通ったものはなにひとつ感じられない。

歯も舌もない。喉の奥さえない。

ケタリングの口内は、まるで鉄の箱のような閉鎖空間だった。

「だ、出せ!」

カイは叫んだが、ケタリングはぴたりと口を閉ざしてしまう。

口内は完全な暗闇に落ちる。


すべてが、瞬きの出来事だった。

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