縦穴
三人がこの原始的なたて穴で一年半もの間生活を送らなければならなったのには、大きく三つの理由がある。
一つ目はカイを修練に専念させるためだ。
基本的な霊操を身につけたカイは、学ぼうと思えばさらに複雑な霊操や、さまざまな術法を身につけることが可能だろう。
しかしカイに求められているのは有能な技師になることではなく、縮地というただひとつの技を極めることだった。
縮地以外の術法を身につける必要はない。
縮地以外にうつつを抜かせてはならない。
朝廷は縮地成功のために、カイを俗世から隔離し、厳重な管理下に置かなければならなかった。
二つ目は霊堂でカイが力を暴発させたためだ。
故意ではないといえ、カイは霊堂で傷害沙汰を起こしてしまった。
建物へ甚大な被害を出し、多くの候補生を負傷させた。
死者こそなかったが、長期の療養を余儀なくされた者、顔に深い傷跡が残ってしまった者もある。
修練の最中に同じことが起こるとは限らない。
加えて、カイ自身への戒めの意味もあった。
被害にあった候補生たちへの示しとして、わかりやすい罰を、カイに与えなければならなかったのだ。
そして三つ目はカイという希少な存在を保護するためであった。
カイがいなければ世界は災嵐の大打撃を受ける。
それは理解していながら、カイの身柄をおさえ、利用しようと企む者がいる。
その悪手からカイを遠ざけるために、皇家の者しか知らないこのたて穴が、カイの居場所として当てがわれたのだった。
「労いの言葉ひとつないなんて」
岩壁の窪みを背に建てられた幕屋に戻った三人は、一息ついたあとで、なぜ自分たちがたて穴に戻されたのか、改めて首をひねった。
特にシェルティは一度収めた苛立ちを露わにしていた。
「カイが縮地を会得するのにどれだけ努力したと思っているんだ?喝采を受けて朝廷に凱旋するべきところを、まさか尻を叩くようにしてまたこの穴倉に押しこむなんて、信じられないよ」
しかし当のカイはまるで他人事のように、のんきに笑っていた。
「シェルティでもそんな苛立つことあるんだなあ」
「君がそんな調子だから、代わりに起こっているんだよ。少しは腹が立たないのかい?」
「まあ、びっくりはしたけど、おれからしてみればこの七日間は一瞬だったし、施術だって、集中はするけど、疲れるもんでもないし……」
「そこに至るまでの過程を考えてよ。血のにじむ努力があったじゃないか」
「いまはとにかく無事に終わってホッとしてるって気持ちしかないな」
カイが最も危惧しているのは、アフィーのときのように力を暴走させてしまうことだった。
それがなかったことに、カイはただ安堵するばかりだった。
「それよりさ、さっきの続きだよ。縮地の間に、一体なにがあったんだ?」
「具体的にはなにもない」
「じゃあなんでみんなあんな慌てて、逃げるみたいに散ってったんだよ」
「たぶん、あれのせいかな」
「そうですね」
シェルティの言葉を引き継いで、ラウラがカイの問いに答える。
「縮地がはじまって、ちょうど一日経ったころでしょうか。ケタリングが我々の上空を通過したんです」
「ケタリングって……あのドラゴンみたいなやつ?」
ケタリングというこの世界の生物について、カイは座学で教わった知識しか持っていなかった。
全長十メートルに及ぶ巨躯。
その三倍はあるさらに巨大な翼。
全身をウロコと短い体毛に覆われた、この世界最大の生物。
ケタリングの生息域は寒冷地で、ふだんは人の住まう盆地の外、いわゆる外界にいる。
氷雪に閉ざされた外界でケタリングがどのような生態をもっているのかは明らかにされていない。
人びとがケタリングの姿を観測できるのは、エレヴァンのはるか上空を移動するときだけだった。
しかし年に数度、人里に降りてくる個体があった。
理由は不明だが、ケタリングは町も畑も森林も見境なく破壊するため、害獣として忌み嫌われていた。
その害獣を駆除する役目は、主に朝廷の技師団が担っていた。
カイが目覚めるまでの間、ラウラも技師団員として、何度か駆除にあたったことがあった。
「でも降りてきたわけじゃないんだろ?それにあそこには技師団の精鋭が集まってたわけだし、そんな焦るほどのことじゃないんじゃない?」
カイは楽観的な意見を述べたが、シェルティもラウラも概ね同意見だった。
「私もそう思います。ただ――――陛下たちは、あれが自然に生きているものじゃなかった場合を危惧したのかもしれません」
「自然じゃない?」
「これは数年前から噂されるようになった話なんですが、どうもケタリングを使役している人物がいるそうなんです」
「あのでっかい生き物を、飼いならしてるやつがいるって?」
「はい。私も最初はよくある流行話だろうと思って気に留めていなかったのですが、噂は大きくなるばかりで、目撃者も年々増えているんです。それにどうも盗賊まがいのことをしているらしくて、地方都市の役人から被害報告があがってくるほど、信憑性が高いんです」
「じゃあなに、そのケタリング飼ってる強盗が襲いにくるかもしれないから、みんな逃げ出したってこと?」
「憶測ですが……。殿下は、なにかご存知ですか?」
「……さあ」
シェルティは大きく間を空けてから答えた。
「たしかにノヴァたちは慌ただしくしてたけど、僕は蚊帳の外だったから」
シェルティは肩をすくめた。平然とした様子だが、どこか皮肉を含んだ口調だった。
「じゃ、考えても仕方ないか」
カイはシェルティの頭を乱暴に撫でた。
「……なにするんだい」
「さっきのお返しだよ。シェルティ、頭なでられんの苦手だろ」
「苦手というか……」
シェルティは口をへの字に曲げて、視線を泳がせた。
そんなシェルティを見て、カイは朗らかに笑った。
「二人とも知らないなら、考えても仕方ないってことで、保留にしようぜ。どうせノヴァがすぐ来るだろうし、そのとき教えてもらえばいいよ」
カイは立ち上がって伸びをした。
「さーて、一休みも済んだことだし、もうひと踏ん張りいきますか」
「カイ、まさか君、いまからまた?」
「うん。疲れてるとこ悪いけど、ラウラ、準備お願いできる?」
「ですが、さすがに今日はお休みしてもいいのでは?それでなくてもここ最近は根を詰めていたようですし」
「こういうの、ちょっとでも怠ればすぐに感覚が狂うんだろ?」
ラウラは自身が説いた言葉を返されて、それ以上強く出ることができない。
「大丈夫だよ、まじでおれ、疲れてないから。なんてったって無限のチート霊力持ちですから」
「でも――――」
「頼むよ」
カイはラウラに懇願する。
ラウラはこの一年半、カイが修練に打ち込み続けてきた理由を知っている。
カイは不安なのだ。
自分の一手に世界の命運が預けられている。しかし力の暴走でアフィーをはじめ多くの人を傷つけてしまった。
もし災嵐時に同じことが起これば、被害がどれだけのものになるかわからない。
カイは少しでもその不安を払拭するために、もてる全てを犠牲にして修練に取り組んでいた。
「――――少しだけですよ」
結局、ラウラは承認した。
こうすることでカイの重荷が少しでも紛れるなら、手を貸すべきだと思ったのだ。




