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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
EP2 ご機嫌な万華鏡
9/15

ご機嫌な万華鏡 #3

「さて……どうします?」


「家電の修理やチェックをしてくれる業者が、あんなに大きくて派手な車で来るっていう設定に無理があるんじゃないでしょうか? “ナツメ商会”の文字も入っていないし」


「設定の話じゃないんですよ」


 浅沼なる青年はシキミとキクコを門前払いした。シキミには東京で生まれ育ち、果ては東京よりもさらにすごいアメリカの大学にまで行ったのだから、東京出身というだけで地方の人間は怯み、学歴でも必ず自分が勝るのだから言いくるめることは可能という実に驕り高ぶり甚だしく不遜極まりない前提が存在する。「わたしは東京から来ました」と言えば、「はぇー、東京から来なすった!」とそれだけで驚かれると思い込んでいる。だが交渉や会話というものは、根拠が弱くとも高圧的なものが主導権を握る。そのためにシキミは今までの地方出張でもうまくやれていた。

 そのシキミを門前払い出来たのだから、この浅沼も東京の人間の相手に心得があるということなのだろう。実際に浅沼は東京の名門大学を卒業し、ナツメ商会とは比べ物にならない平均年収の大企業東磁化学(トウジカガク)に入社し、将来の役員まで期待された男だった。しかしその後に起こしたトラブルはあまりにも大きく、解雇は免れたが会社には到底いられる状態ではなかった。だがまだ語るには早い話である。


「どうします?」


「いったんここを離れましょう。東京の大きい車がずっと家の前に停まっていると警戒されます」


「どこか観光地はありますかね? ……あるわけないか」


「シキミさん、わたしここに行ってみたいです」


 キクコがスマホで提示したのは山の上にあるフォッサマグナミュージアムだった。日本海側はこの糸魚川、太平洋側は静岡を横断する裂け目……フォッサマグナ。シキミは当然社会の授業で知っているものだったし、日本の怪奇現象解決はこのフォッサマグナを境に東側が東京に本拠地を置くナツメ商会、西側が福岡に本拠地を置く花咲産業が担当する。仲は悪く、お互いの管轄地域での無許可での行動は激しく非難される。そのためキクコを奪還した奈良での行動の顛末を巡り、花咲産業とはひと悶着あったものの、互いへの抗議は形骸化して「遺憾」と言い合うだけで実際に問題は起きず、面倒ごとの範疇に収まる。

 急カーブを繰り返す急な坂道を登った先に、フォッサマグナミュージアムはあった。糸魚川の町が一望出来、車を出ると凄まじい音量のセミの合唱が二人を出迎えた。


「石の町、か」


 フォッサマグナミュージアム内にはヒスイや水晶と言った宝石、恐竜のような派手なものはないが植物や貝などの化石が展示されていた。館内は涼しくよく管理されており、ここだけがこの田舎の港町には不釣り合いな最先端の空気が流れていた。


「シキミさん。なんでさっきの……」


「浅沼?」


「浅沼さんの家に最初に聞き込みに行ったんですか?」


「んん、勘……。という言葉は嫌いですね。すべての行動は経験と知識に基づく根拠あるものでなければならないとわたしは考えています。何故ならわたしは……」


「誰よりも賢いから」


「ご名答。でもなんですかねぇ。理由はわかりません。しかし、あの浅沼という男は確実に何かを隠している。そして東京か……大阪にいたでしょうね」


 根拠はある。だがまだキクコには言えない。だが言語化するならば、それは自分との共通点だった。あの浅沼という男はそれなりのエリートでありながら、その能力とは関係のないところでとんでもない挫折を味わっている。だがまだエリート意識が残り、自分の得意分野においては自らの優位を確信している。おそらくあの男の前職は、東京か大阪の大企業の営業職。一見抜け殻のようでありながら、交渉においては自信を持っているように見えた。そしてかつてのメソッドを今回も問題なく履行し、技術屋に過ぎないシキミを門前払いすることに成功したのだ。


「たった一つでも“絶対”が見つかれば、それを紐解くことで一六〇通りの“絶対”が見つかる。シャーロック・ホームズも言っています。あの浅沼って男からどうにかするのがいいでしょうね」


「シキミさんは人魚はいると思いますか?」


「ナツメ商会のアーカイブでは人魚の存在は明らかになっていないですけど、“絶対”いないとは決めつけない。それがわたしの“絶対”です。見てください、キクコさん」


 シキミは山の向こうの町、その町のさらに向こうに広がる広大な海を指さした。虫か何かのように小さくしか見えないタンカーが行き交っている。タンカーがあれだけ小さく見えてしまうのだから、海とはなんともスケールが違う大きさだ。


「わたしたちが今いる糸魚川市に隣接する上越市、あるいは新潟県の隣県の富山県とも言われていますけれど、この近辺の海には人魚の物語が存在します。“赤い蝋燭と人魚”。昔話にしては殺伐とした内容でしてね。人魚の子を拾った老夫婦は、その人魚を育てる。美しい娘となり、家業の蝋燭屋は人魚の娘のおかげで繁盛した。でも老夫婦は金に目が眩み、育ったその人魚の娘を見世物小屋に売り払う。獣を入れる鉄格子の檻に入れられた人魚の娘は、自分の乗った船を海に沈め、人魚の呪いが町を滅ぼした」


「昔話に出てくるおじいさんとおばあさんに悪人が出てくるパターンは初めて聞きました」


 しばし涼をとった後、二人は車に帰った。助手席のキクコは眉を顰め、ダッシュボードを開けた。そこには、白い麻布が幾重にも巻かれた……銃があった。


「怪殴丸が反応しています」


「近くに怪異がいると?」


「そういうことでしょうね」


 キクコは何のためらいもなく布を外し、怪殴丸のグリップを握って目をつぶった。そして怪殴丸の意識にダイブした。この光景だけは、シキミも何度観ても慣れはしない。

 殺せ……。殺せ……。殺せ!

 怪殴丸は自分の声を聴いてくれるキクコに、自らの殺意を伝え続ける。それでもキクコは正気を保ち、身体的に苦痛も異常も生じない。シキミと紬は怪殴丸を素手で握っただけで精神と身体に異常を来し、発砲と同時に致命傷を負ったにもかかわらず、キクコはその怪殴丸の殺意に呑まれることなく、言葉ではなく魂と魂で簡単な意思疎通が可能なのだ。

 だが、キクコでも怪殴丸の言葉を通訳することは出来ないのだった。それでも怪殴丸は怪異に反応し、その怪異の存在をキクコには教えてくれる。いわばダウジングやセンサーのような役割を果たすのだ。車から出たキクコは、周囲に誰もいないことを確認しながら駐車場でゆっくりと一回転し、三六〇度に怪殴丸を向けてサーチした。


「すぐ近くにいるみたいです」


「物騒なことはキイエエエ!?」


 近くに怪異がいる。怪殴丸からキクコへ、キクコからシキミへとそれが伝わり、それをシキミ……つまりこの場にいるシキミ、キクコ、怪殴丸の三者が認識した瞬間、シキミは不可視の打撃に襲われてのけ反り、鉄板焼きじみた車のボンネットに叩き付けられて痛みに顔を歪ませた。


「ファック野郎……。キクコさん! ブッ殺してしまえ!」


 往々にして怪異……生物が死を経て霊になったものは、強い寂寥と自己顕示欲を抱えている場合が多い。元人間の場合は特にそれが顕著であり、今までは当たり前のようにそこに存在していた自分が、肉体という物理的依代を失って誰にも気付かれなくなってしまうとその寂寥と自己顕示欲には拍車がかかり、さらに心がねじ曲がって悪霊と化していく。それだけに、自分を認知してくれる存在には過剰なアピール……多くの場合は暴力によって自らの存在を訴えかける。

 動物では自分が誰からも気付かれなくなった悲しみを覚える程の知性はなく、元より怪異だったものは在り方……一種生き方に変化がないため、ここまで暴走することはない。

 そのため、成仏出来ない人間霊こそ最も手に余る存在と言える。

 どれだけ強力な怪異であろうとも怪殴丸で射殺可能なシキミとキクコのペアでは、心の痛みと人間故の暴力性を備えてしまった人間霊が最も厄介なのだ。

 そして霊感こそあれ、特別に強い感性の持ち主ではないシキミも、亡霊に暴力を振るわれ霊障を経由することでその亡霊を視認可能になることがほとんどである。そしてそれは亡霊にとって願ってもいないことだ。亡霊は、自分の存在を認知させたいのだから。


「フェアでないので警告はします。警告は一度」


「このクソッタレ……。絶対わたしから狙っただろ! わたしが武器を持っていないの知ってて!」


 亡霊は、駐車場に停まる職員のものと思しき車の屋根の逃げ水めいた陽炎から、這い出るように、或いは釣りあげられるように、魚のごとくどろりと現れた。変哲のない初老の男性であり、服装は派手ではなかったが白いワイシャツを着ていた。


「そう古い時代の人間ではないな」


 シキミが“絶対”の自信を持つもの。優秀な記憶力、運動神経、美貌。もう一つが、非常に正確な目測である。視力自体は悪いものの、メガネ等で矯正してものを見れば、その大きさや距離をかなり正確に測ることが出来るのだ。怪殴丸の無制限射撃とコミュニケーションというキクコの特異性に比べれば地味なものだが、実際これはゴースト退治にかなり役に立つ。時代時代の平均身長をすべて把握しているシキミは、ゴーストの身長を目測し、推定年齢と照会することでゴーストがどの時代に生きていたか推測することが可能なのだ。身長が低ければそれだけ古い時代の人間である、というように。

 今、目の前にいるゴーストの身長は特段低いものではない。服装などからも近代の人間と言えるだろう。


「警告します。この銃で撃たれるとあなたはこの世から完全に消滅します。この世に残した無念、想いはすべてなかったものとなります」


「……」


 亡霊の目は血走っていた。そして歯をむき出してケダモノじみて唸り、殴ったシキミに認識されるようになったことに著しく興奮しているようだった。既に人間性は失われている。人間も亡霊も、コミュニケーションをとる知的な存在は会話をしなくなるうちに言葉……即ち人間性を失うのだ。

 それを認めたキクコは怪殴丸のトリガーに指をかけた。かんかん照りで銀の車の反射光を受けながらも、すべての物理法則を無視して怪殴丸が殺意の白炎を帯び、それはキクコへと流れてかき消えていった。怪殴丸は無差別にすべての存在を害さんと暴走する殺意の暴れ馬であるが、キクコは完全に怪殴丸の手綱を握り制御が可能なことを意味していた。

 言葉を使わなくなって久しく、人間の根源的な寂寥と歪んだ自己顕示欲、動物的な衝動だけが残っていた亡霊は、その怪殴丸の圧倒的殺意の恐怖と会話を試みるキクコの呼びかけに、急激に落ち着きを取り戻して話し始めた。


「人魚と言ったか。俺は人魚を知っている」


「知っている?」


「俺は人魚に会ったことがある。だから俺は呪われた」


「詳しく話せ」


「さっき、お前は俺を殺すと言ったな。その銃で撃たれれば、俺は完全に消滅すると」


「そうだ。この銃で撃たれたものは確実に死ぬ。死ぬということは、つまりもう二度と話せないし何も感じないということだ」


「それでいい。俺は人魚の肉を食った。人魚の肉には不死の効果がある。だから死ねない。死にたくても死ねない。死にたい……。だから、その銃で俺を殺してくれ」


「人魚について知っていること、すべて話せ」

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