表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON2 EP1 27クラブ
23/32

27クラブ #1

「夏目さん、デカい車に乗ってますね。社用車ですか?」


 ナツメ商会の表の仕事は家電修理とメンテナンス、クレープのキッチンカー。シキミは家電の仕事と怪奇現象の両方をかけ持っている。顧客のほとんどは大学生のような若者であり、往々にして裕福な一人暮らしのものだ。これはナツメ商会の裏の顔とコネを持つ大物からの紹介によるところが大きい。

 今日もパソコンが壊れた、何もしてないのに壊れた、何もわからない、という連絡を受けてシキミが出張で修理に出かけた。ささっと片付け、見送りに来た男子大学生は自分とそう年齢の変わらない女性の車に目を丸くした。


「私物です。クライスラー・インペリアルの一九五七年モデル。『ウルトラセブン』で主人公が乗るポインター号のベースとなった車です。レストモッドも含めて数百万円かかりました」


「……結構稼ぎがいいお仕事なんですね。その若さで」


「ぼちぼちですよ。大切なのは人脈です」


「ああ、確かに親父も大学は勉強するよりもコネクションを作るところと言っていました」


「では、わたしはここで。ナツメ商会を今後もご贔屓に」


 ポインター号の自慢はいくらでもしていたい。それを譲ってくれた紬の自慢もしたい。だが、大学の話はしたくない。結局シキミはコロンビア大学では人脈どころか何も得ずに除籍され、日本に帰ってきてしまった。最近ではもうコロンビア大学に入学した、という見栄すら張れない。一番の自慢がコロンビア大学の門をくぐったことよりも、ポインター号に乗っていることに移り変わったのだろう。

 挨拶を終えたシキミはコンビニでタバコを吸った。

 すんと冷えた空。落ち葉……死んだ植物のにおいがする。つい最近まで暑かったジャケットがありがたい季節がやってきた。もうすぐ煙だけでなく、息そのものが白くなる。ミントタブレットを噛み砕いたシキミは愛車のドアを開け、抱擁されるように乗り込んだ。

 自分用に調整したハンドル、シフトレバーの固さ。座り心地のいいシート。Bluetoothが流してくれるのは、シキミと同じく悩める天才カート・コバーンがハイとローを繰り返し叫ぶ『Lithium』。

 同時にスマホにメッセージが入る。ナツメ商会の本拠地である原宿地下霊園でデスクワーク中のキクコより、急いで帰社してほしいとのことだった。

 シキミとキクコ。二人で仕事をするときは、家電もクレープも関係ない。

 超常現象(スーパーナチュラル)の仕事だ。




Daughters of Guns

EP5 The 27 Club




「おかえりなさいませ、シキミお嬢様。十三番のお部屋でキクコお嬢様とお客様がお待ちです」


「わかりました」


 受付嬢から部屋のカギを受け取り、シキミはホワイトボードのマグネットを外出中から応接中に貼り替えて十三番の扉をノックした。「どうぞ」と聞こえた声は厳かなものだったが、この一か月の彼との交流でむしろ随分と柔和な印象になったと感じた。ドアノブからは外の空気よりも冷たい感覚が伝う。


「こんにちは、明智さん」


「お邪魔しています。シキミさん」


 来訪者の明智はキクコと並んで座り、キクコは興味深そうに明智のスマホを覗き込んでいた。その明智は今は手と目が離せないとでも言いたげに画面のタップを続けている。ゲームをしているのだ。

 シキミはそれを悪いとは思わない。天使の化身と言えども本質的には人間であり、明智はネット、ゲームといったものに人間が依存し、新たな大罪になるかもしれないから検証しているとそれらしいことを言っているが、他にもトレーディングカードゲームやドラマなどサブカルチャー全般に興味を持ち、経費はミカエルに請求している。謂わば、それが明智なりの職権濫用だったが、明智の人間らしさが垣間見えていい。

 池袋抗争という修羅場をくぐった三人、紬を慕って悼むシキミと明智、無記憶故に自我の再形成時に偶然仲良くなったキクコと明智。言うまでもなく、シキミとキクコは明智が現れる前からのバディで、血縁だ。要はこの三人は公私ともに信頼し合えるトリオじみた集団になっていた。


「すまない、一区切りついた」


「いいですよ」


 ぱたん、と明智は手帳型のスマホケースを閉じた。そして鞄から書類を取り出し、シキミとキクコに共有した。


「このたび、私が考えている計画だ。協力してほしい」


怪異皆保険(カイイカイホケン)ですか」


「内容は文字通りだ。先日の池袋での抗争を顧み、キョンシー、ゾンビ、吸血鬼はもちろん、厚生労働省では管理出来ない怪異、それでも生きて生活している怪異。そういったものたちの身の安全を保障することの必要性を感じた。あの抗争でトリダ・バイトは負傷し……。その後に死んだわけだが」


「……」


 残念です、という言葉は返ってこない。明智がシキミに期待していたその言葉は。


「負傷した段階で、怪異にも保険が必要だと感じたのだ。その窓口と運営業務をナツメ商会に担ってほしい」


「無理そうですね。まず発案者の明智さんがミカエルの化身という時点で宗教的理由がどうしても壁になります」


「そこは君たちナツメ商会の手柄にすればいい。私が欲しいのは手柄ではなく、平穏な世界だ」


「手柄だけは受け取れません。どうしても責任が伴う。加入を拒否されて背景を追及された時には明智さんの名前を出さざるを得ない状況が必ずやってきます。それに宗教や流派によって死やケガ、必要な治療の定義も変わってくる。これは人間だけに限っても起こりうる話です」


「故に、まずはそこの段階の検証だ。この怪異皆保険は実現可能なのかをまずはこの三人で検証する。制度としてのロジックを固めていく段階でどうしてもクリアが不可能な破綻があれば私も諦めるが、現段階では試行錯誤をしたいと思っている」


「うぅん、あまり気が進まないんですが」


「だからどうした」


 ……。明智の纏う空気が一気に変わった。先程までの少しズレた生真面目すぎるサラリーマンから、急に大企業を舞台にしたドラマの熱血主人公じみた口調とセリフを吐いたのだ。


「気が進もうと進まなかろうと、共存共栄を目指すために我々はこの同じ世界に存在しておるのだ! 弱音は結構、だが、やるかやらぬかだ! 不可能と思える試練を乗り越えてこそ、現在の繁栄があることを忘れるでないぞ! その偉大な先人たちと肩を並べるよう、無茶に挑戦していくことが前進だ! 頭でっかちの机上の空論でやるかやらぬかを決めるだけならば人類に残された道は衰退しかありえぬ! 共に進歩しようではないか、夏目樒!」


「……ごめんなさい」


 突然の激高! あまりの迫力にその姿は数倍の大きさの巨人にさえ見えた。キクコが蚊の鳴くような声で謝罪すると、スイッチを切ったように元の冷静な明智に戻り、ネクタイを直し、キクコに少し顔を近づけて謝罪するように会釈した。


「すまない、私も少々熱くなってしまったな。だが、検証の結果不可能だったとしても、不可能だとわかったということは進歩であると私は思う」


 これが明智の悪癖である。突然激高してしまうが、暴力は決して振るわない。そしてその激高は数秒で去り、謝罪と反省の後、その日のうちはもう激高はしない。そして実際激高中の言葉は口調が強いだけでほとんど正論である。


「わたしたちにどう協力してほしいんですか?」


「しばらくは君たちの超常現象の仕事に同行させてくれ。キョンシー、ゾンビ、吸血鬼は生きている怪異だが、ゴーストは死んでいる怪異だ。私の案ではゴーストは保障の対象ではなく、可能な限り早く昇天してもらいたいと思っている。端的に話せば、私の中では生きている種族、死んでいる亡霊、既にこの世にはいないものたちの三つしかない。人間、キョンシー、ゾンビ、吸血鬼、他にはワーウルフなども私の中では生きているか死んでいるかでしかなく、種族に貴賎はなく遍く幸福と平穏を享受するために追求する権利があると考えている」


「わたしたちに同行し、生きている怪異をすべて保険対象に含めるかどうか、そしてゴーストを保険の対象に含まないべきかの見極め。そういう理解でいいですか?」


「そうだな。私が見てきた限り、ゴーストとは皆、飲む薬のない精神的な病を抱えて苦しんでいるようなものだった。一刻も早く救われねばならない。そして昇天こそが一番の救いであろう。そういう訳で、一つ仕事を頼みたい」


「ええ、なんでしょう?」


「その場所は見つかる時と見つからない時があるというミステリースポット。詳しくはこちらを見てほしい」


「ユニスポですか」




 ……

【ラスト・サムライ発見か!? 山奥の怪村で“平家落人”生存説!!】

 舞台は栃木県の山中──。

 本誌特派員が突撃取材に向かった先は、地元で「行く者を拒み、或いは誘う」と囁かれる禁断の寒村だ!


 初日は現地民のリッキー・ボーン氏(49)から「メガネをかけたら見える気がする」という謎アドバイスを受け、愛車で山道を爆走するも成果ゼロ。

 仕方なく鬼怒川温泉で二泊目に突入! 「湯煙怪奇事件」と地元スナックで豪語し、現地のお姉さんと二次会カラオケで『関白宣言』を熱唱してしまった。

 だが二日目の朝、同乗したお姉さんの悲鳴と共に、ついに異変が……。

 なんと山中に突如出現した木造アーチ看板に、血文字のごとく「平家落人村」と記されていたのだ!

「アタシ、怖いわ……」

 お姉さんは特派員にしがみつく。だがジャーナリズムに後退はないッ!

 アーチをくぐると、イモリや獣肉を炙る焚火台が出現。焚火を囲む老人はこう語る。

「ここは壇ノ浦で散った平家の生き残りの村。シカもクマも山で獲る。我らは山で採れたものしか食わない。我らは建礼門院……平家の悲劇の姫である平徳子を偲んで暮らす」

 さらに村内の茅葺屋には、マタギの仕留めた獲物の剥製、内臓標本、得体の知れぬ信楽焼の巨大タヌキ像がズラリ。立入禁止区域には必ず巨大な信楽焼タヌキ像が立ちはだかっていた。奥へ進む道でもまたタヌキ……異様な雰囲気に包まれる。進路を塞ぐタヌキタヌキタヌキ……。タヌキが村を警備する奇怪な空気に震えるお姉さん……。まさに平安末期の悪夢が現代に蘇ったかのようだ!


 極めつけは村の出口で、老人が発した一言。

「失礼ですが……おいくつですか?」

 恐怖に震えるお姉さんが「三十四歳」と自白した瞬間、空気は凍りついた。

 三十四歳だとォーーッ!? 昨夜のスナックでは二十六歳と言っていたはず……!

「あなたは違う」

 老人は不気味に言い放つと、焚火へ戻り、怪しく発光する眼差しでこちらを凝視した。


 取材を終えた特派員は、震えるお姉さんを鬼怒川温泉へ返し、すごすごと退散。

 だが残された疑問は山積みだ。

 この“落人村”は本当に存在するのか? それとも狸と平家の呪いに踊らされた幻想か?

 次号、「タヌキの正体はサムライ!?」「平徳子はいまだ生きていた!?」怒涛の続報を待て!!

 ……




「この近辺では謎の発光現象、電子機器……主にカーナビやスマホの異常などが観測されている。私の知識ではゴーストか否かは判断しかねるが、アーカイブを見るだけではなく君たちの仕事を間近でよく見てみたいと思っている」


「詳細な場所はないけど鬼怒川温泉近辺か……。これ、どちらに経費を請求すればいいんでしょう? ナツメ商会? それともミカエル?」


「タフなジョークだ。確かに温泉が心地よい季節にもなってきたという下心があった頃は否めない。だが、山中で目当ての場所が見つからず、迷ったままだというのならば車中泊の可能性もあるとだけ言っておこう。君の車なら三人でも泊まれるだろう」


 確かに明智とは仲が良い。尊敬もしているし親近感もある。だが、出会ってまだ一か月の殿方と車中泊をするつもりはない。


「明日出発しましょう。酔い止め、お菓子、飲み物。ああ、それからキクコさん。ポインターに毛布を積まなきゃいけないかもしれないですねぇ」


「私の分は不要だ」


「皮肉ですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ