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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON1 EP4  キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記
20/32

キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記 #6

「キクコさん、歩けますか?」


「あとちょっとなら」


「あとちょっとか……。実はまだ結構遠いんですよね」


 真夏のピークが去った。天気予報士がテレビで言ってた。それでも未だに街は、落ち着かないような気がしている。

 九月中頃の池袋。高架下のウイロードをくぐれば、池袋の東口に出る。大型家電量販店の密集地帯を抜けると、今度は一気にサブカルチャータウンの顔になる。

 西口のいかがわしい店とはやや趣の違うコンカフェやアニメショップ。町行く人々のファッションも全く違う町のようだ。むしろキクコはこちらに馴染む。ふりふりの服を着て、鞄にはアニメキャラの缶バッチを帷子のように無数に張り付けた女の子たち。値段を書いた看板を持って立っているコンカフェ嬢。都内屈指の大型シアターに向かう映画ファン。キクコは疲労しつつも、自分と似たファッションの女の子たちに目移りし、参考のためにメモさえ取りそうだった。

 首都高の下をくぐってサンシャインを超えると一気に町は灰色の住宅街と化す。首都高が線を引いたかのように。


「タクシーを捕まえますか」


「タクシー……」


「いいんです。明智さんに経費として請求します。前金の十万円には手を付けていないしね」


「ごめんなさい」


 タクシーを捕まえた三人はすぐにオメガ門なる町中華に向かった。路面電車である都電荒川線、その線路を超えてさらに下町の趣が強くなったところに、岩瀬が情報提供した町中華オメガ門はあった。

 薄汚れたガラスの向こうには型落ちと思われる食品サンプルが設置され、風鈴がちりちりと鳴っている。町中華の店主なら一度は憧れるであろう「冷やし中華始めました」の張り紙もなく、開店中の札がなければ既に廃業したと勘違いしてもおかしくはなかった。


「評価はなしか」


 ネット上にこの店の情報は存在しない。春日通り沿いという比較的恵まれた立地ながら、やはり誰もがこの店を見落としてしまうか無視してしまうか……。むしろ、店主はこの店を無視させるように振舞っている気さえした。


「こんにちは」


「ヘイラッシャ」


 がらがらがらと引き戸を開ければ、ごぼぉ、と吐き出すような音を立てて冷房がきん、と効いている。カウンター席にテーブル席、いずれもピカピカとは言い難い。床は油で少し滑る。厨房の換気扇は底なしのタール沼めいてどろどろ……。決して清潔ではないが、町中華のディティールとしては、趣、情報という一種の調味料になるだろう。


「どうも、ナツメ商会の夏目樒と言います。こっちは相棒の日出菊子。もう一人はテレンスさん。ただのツレです。あなたはハセガワさんですね?」


「……俺を殺しに来たのか?」


 キクコかテレンスか、或いは怪殴丸か。何かを察した店主ハセガワの顔からは血の気が引き、真っ青になった。まるで死体のように。やがて真っ赤に上気し、ばたばたと厨房の奥から黒光りする拳銃を取り出してカウンターの向こうからこちらに向けた。誰を狙っているかはわからないし、そもそも当たるような構え方ではなかった。特に、怪殴丸とシンクロするキクコには、あれでは誰にも当たらないとわかる。


「お、お、俺が……」


「落ち着け。あんたを今すぐどうこうしようというつもりはない。この二人は警察ではないし、俺もそうだ。あんたと話がしたいだけだ」


 テレンスが緩くハセガワに手を伸ばして制止した。口調はあくまでも穏やかだった。岩瀬はハセガワなる人物に話を聞きに行け、としか言わず、このハセガワがキョンシーを殺している可能性すらあるというのに、テレンスの口調は秋の夜の小川のようにさらさらと穏やかに言葉を紡いだ。


「もう無理だ。すまない順子ォ!」


 BLAM! ハセガワは自らのこめかみに銃口を向け、引き金を引いた。……。しかし厨房が汚れることはなかった。テレンスの不思議な能力……。ポルターガイストが介入し、銃を弾いて弾丸を逸らしたのだ。その過程はあまりにも素早く、そもそも現象自体が不可視。弾は当たらなかった、銃は弾かれた、という結果のみが、順を追って理解された。


「あんたを助けに来たんだ。ヴァンパイアどもからな」


「そのヴァンパイアが言っていたんだ。いつかキョンシーが殺しに来ると……。その時は迷わず撃ち殺せと!」


「なぁ落ち着けよ。ひどい目にあったな。俺たちがどうにかしてやる」


 ハセガワはベトベトの厨房に床をついて号泣し始めた。確かに少し不潔な床ではあるが、ハセガワが積み重ねてきた仕事の可視化でもある。そしてテレンスをキョンシーと見破る。やはり無関係ではないのだ。


「トリダ・バイト……あくどいホストクラブ『ブルーブラッド』の男だ。ひどいヴァンパイアだよなぁ。俺はあんたを助けたい」


 テレンスの言葉は今のところハッタリである。ハセガワは何も情報を開示していない。だがテレンスは、この気弱な町中華の親父がヴァンパイアの半グレに利用され、拳銃で飼われたと見破った。拳銃さえあれば復讐から身を守れるが、それ以上に自死……自主的な口封じをするハードルも下がってしまう。そのために断片的な情報からヴァンパイア、ホストクラブ『ブルーブラッド』、トリダ・バイトを組み合わせ、理解ある味方の立場を装ったのだ。


「トリダ・バイトの退治と、あんたの知っていることを話す、どっちを先にしたい? 俺はどっちでもいいぞ」


「わかった……俺の知っている情報を話す。頼む……。絶対にトリダ・バイトを倒してくれ! そうでなければ俺はもう死ぬしかない」


 そして往々にして、意志の弱い人間や極端な状況下によって判断能力の弱った人間相手には、先に都合の良い選択肢を与えてしまう方が楽なのである。もうハセガワの中ではテレンスに協力するかどうかよりも、バイトを退治してもらってから話すか、話してからバイトを退治してもらうかの二択になっているだろう。弱っている人間につけこむようでテレンスは少し心が痛んだが、これが池袋で生き抜くタフな処世術にして、若頭という上に立つ人間としての手腕だった。


「わかった。約束する。話してくれないか? ああ、冷えたビールがあるといいな。あんたも飲むといい。青島ビールはないか?」


 ハセガワの語ったことはこうだった。

 娘の順子はホストクラブ『ブルーブラッド』に通い、トリダ・バイトに貢いで売掛の借金地獄に沈んでいた。だがそれは巧妙な罠で、バイトの狙いは最初からハセガワ自身にあった。

 糯米(もちごめ)や雌鶏の血……キョンシーの弱点となる食材を混ぜ込んだ“暗殺チャーハン”を作らせるために。

 娘を人質に取られたハセガワは抗えず、作らされた料理やレシピが密かに流通し、次々とキョンシーが倒れていったのだ。つまり、ハセガワのレシピに従って暗殺チャーハンを作った反キョンシー勢力も少なからず存在するのだ。

 ヴァンパイアの狙いは、キョンシーを一掃し、池袋を丸ごと乗っ取ることだった。そこに特別な思想や目的はない。おそらくヴァンパイアは偶然……或いは依存体質の若い女の子が多い池袋が気に入り、そこを仕切るキョンシーが邪魔だった。もしも池袋西口を仕切るのが人間のヤクザであれば、青酸カリか何かを混ぜたチャーハンで殺したことだろう。


「やつらは殺しを楽しんでいたよ。やつらは……」


 ビールをビンから直で飲んでいたテレンスは、ハセガワのその先の言葉を遮るようにぽんと鳴らした。


「親父、娘さんはどこにいる? 『ブルーブラッド』か?」


「……ああ」


「じゃあ、二度とあんた自身が死のうなどと思うな。娘さんはすぐに助けてやる。あんたは今すぐに安全な場所に逃げろ。俺がどうにかする。シキミさん」


 シキミは頷いてスマホ、タバコを取り出し、店の外の灰皿のそばで火をつけた。


「明智さん? お疲れ様です。夏目です。キョンシーを殺しているのはホストクラブ『ブルーブラッド』のヴァンパイアでほぼ確定です。今夜、行ってみます。ええ、今夜。相手に不利な昼間に行くのはフェアじゃあないんでね。明智さんも来ますか?」




 〇




 欲望の街、池袋西口。

 そこに輝くカクテル光線に、大きくプリントされた絶世の美男子の顔写真。十分に大きな写真であるが、景観や予算、広さの関係でこれが限界だった。そういった制約がなければ、この男……ホストクラブ『ブルーブラッド』のカリスマ支配人にしてナンバーワンホストの鳥蛇(トリダ)刃威砥(バイト)は、エアーズロックをラシュモア山大統領彫刻じみて自分の姿に彫っただろう。それだけの美貌、承認欲求、稼ぎがあり、それは彼に万能の錯覚を与えた。もう自分は合衆国大統領よりも偉く、ビートルズより影響力があり、ハルク・ホーガンより強いと思い込んでいる。


「こんばんはぁ」


 今日のお客も大したやつらじゃない。

 バイトは開店前にやってきたVIPの顔を見て、それぞれのプロフィールを頭の中で検索してヒットさせた。

 ナツメ商会の夏目樒と日出菊子、天使の化身である明智日日日、キョンシーコミュニティの若頭テレンス・ファー、ミドリカワの閑職サラリーマン岩瀬十三。全員池袋の住人だ。

 何を恐れることがあるだろうか。アメリカ大統領が州知事を恐れるか? 既に池袋のプレジデントは自分だという自負がある。


「どうも。姫、どうぞおしぼりとお好きなお酒を」


 若いホストがキクコに恭しくおしぼりを渡し、ソファへと促した。そのホストも美男子で、その手は病的なまでに青白かった。だがその陶磁器のような白さは妖しい光を放ち、女性をそのまま棺桶まで誘いそうな危うい艶があった。


「何故わたしだけ?」


「そういうお洋服の姫はね、特に我々ホストにとっては直接の捕食対象なのだよ」


 確かにキクコのようなふりふりの服装の女性が、終電が過ぎた後の池袋や歌舞伎町でホスト風の男の足に縋りついて泣いている光景をよく見る。

 だが、姫と呼んだ女性を捕食対象と表現した時点でバイトら『ブルーブラッド』は、女性に対するホスピタリティや愛情などなく、金づるや欲望のはけ口、或いは文字通りに血を吸うための捕食対象であり、彼女たちの人権を尊んでなどいないのだ。


「単刀直入に言います、トリダさん。わたしたちナツメ商会は、こちらにいる明智日日日氏の依頼でキョンシー連続殺害事件の捜査を独自に行ってきました。簡単にここまでたどり着きましたがね」


「警察ごっこですか。一つ尋ねたいのですが、既に死んでいる人間……戸籍上既に死んでいる人間をもう一度殺すことは、何の罪になるんです? なんの法で裁くんです?」


「何も。道徳、倫理、義憤、悲しみ、私情。そういったものが下す私刑が裁きです。おわかりですね? だからテレンス氏、岩瀬氏も来ている」


「岩瀬氏が来るとは想定外でしたね。彼はてっきり牙を抜かれた閑職サラリーマンでしかないと思っていましたよ」


「彼をそうとしか認識出来ないのなら、あなたもその程度の人間ですね」


 実際、岩瀬を説得するのはバイトを追い詰めるよりもタフなシークエンスだっただろう。彼はキョンシーともヴァンパイアとも、極論人間ともかかわりを持たず、ゾンビを育成していたかっただけだ。その行程やマニュアルもまだ書き始めて数ページ、大事な時期だ。

 だが、テレンスがキョンシーコミュニティと岩瀬が管理するMBP所属のゾンビとの不可侵条約を提示すると重い腰を上げ、トリダ・バイト捕縛へと同行してくれたのだ。岩瀬としてもここでキョンシーにローリスクハイリターンな恩を売ることは得でしかなく、キョンシーが皆殺しにされれば次はゾンビと考えれば断る理由はなかった。岩瀬はこういった店には慣れているようだった。おそらくミドリカワ本社の営業だった頃に、ホストではなくホステスのいる店にはよく接待か何かで行ったのだろう。


「……」


 シキミは見抜いている。バイトは表面上何も恐れないように振舞っている……本当に怖いもの知らずのクソ度胸かただの傲慢なバカか知らないが、周囲にいるホストたちはどこか明智から距離をとり、いつでも逃げ出すか攻撃出来るように用意している。

 ナツメ商会のアーカイブで確かめた通りだ。

 ヴァンパイアは見た目に恵まれる……仮にそうでないものでも、ヴァンパイアになるとそうなる。覚醒直後から力も強くキョンシーを超えるが、日光、十字架、お祈りなど聖なるものに極端に弱く、キョンシーやゾンビと比べて弱点がはっきりしており対策を立てれば退治は人間でも不可能ではない。

 キョンシーのテレンスやゾンビの相生なら明智の聖なるオーラは平気でも、ヴァンパイアのホストたちは恐怖に感じているのだ。だからこそ、恐れていないバイトの異常性が際立つ。ここまで堂々としていると、そういった弱点を克服している可能性すら考えられる。


「OK。俺のことを話そう」


「話せ」


「好きな作家はアンデルセン。何故かって? 俺のような王子様を目の前にすると、みんな照れすぎて薬を飲んで言葉を失った人魚姫のようにしゃべれなくなってしまう」


「じゃあわたしはお前ごときに熱が上がってないってことだねぇ。わたしの好きなスポーツ選手も教えてやる。O・J・シンプソン。歴代最高の強心臓の持ち主だよ。あそこまで証拠が揃っていながら、シラを切って最終的に逃げ切った。お前はシンプソンになれるかな?」


 互いにジョークと嘲笑の応酬。

 シキミとバイト、互いに突かれると困る急所があった。

 シキミの急所はここでバイトを明智の裁きにかけられず、情報提供者のハセガワが殺害されてしまう場合。

 バイトの急所は明智の存在だが、少し厄介な明智さえ殺してしまえばあとは烏合の衆だ。手下のホストでも人間、キョンシー、ゾンビを始末するのは姫を売掛地獄の果てにヤクザのビジネスへと出荷するのより簡単だ。


「麻雀するか。このヴァンパイアのプリンスであるトリダ・バイトがお相手しよう!  ちょうどいい。池袋の人間、キョンシー、ゾンビ、ヴァンパイアの代表者。血を流さずにケリをつけ、勝った勢力の代表者の願いを、互いに叶えてやる。去れと言われれば去る。代わりに死ねと言われたら死ね。どうだ?」


「……いいですよ。麻雀なんて所詮は統計学。上手、下手の概念がある時点でじゃんけんのような運任せのゲームじゃないんだ。誰よりも賢いわたしにとっては数式でしかありません」


 この二人……似た者同士かもしれない。互いに挑発を重ねた結果、むきになって急所はもちろん、大義や正義がもうどうでもよくなり、目の前の生意気な女、あくどい吸血鬼を負かしてほえ面をかかすことが第一になってノーガードの殴り合いになってしまっている。


「テレンスさんは麻雀出来ますよね。事務所で打っていましたし。岩瀬さんは?」


「俺が閑職なのは今だけだ。元は本社の営業だ」


「グッド」

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