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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON1 EP4  キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記
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キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記 #2

 当然と言えば当然だが、シキミはそのまま池袋警察署に連行されていった。どうやら今度もユニスポはスクープを的中させたらしい。警察は否定しているが、池袋では突然の喀血による即死、そしてその被害者は既に戸籍上死亡しているか戸籍がそもそもない人間なのだろう。

 ふと聞こえた話によると、あのフォン親分なる男とその懐刀のおかっぱ……テレンスと呼ばれていた男はキョンシーであり、ここ最近池袋で連続死しているのもキョンシーだという。

 それでも、シキミが入った店で人間が死んだ。フォン親分とテレンスはさっさと逃げていったが、シキミとしては人間のルールに従って警察に協力すること、警察署が今のところ安全であることに変わりはなかった。


「シキミさん……」


「キクコさん。ようやくお迎えですか。大丈夫ですよ、わたしは家族が警察まで迎えに来るような悪ふざけなんて一度もありませんよ、“おばあちゃん”」


 キクコは青い顔をして警察官に促され、シキミのいる小さな会議室に通された。

 公的機関である警察が人間や動物といった通常の脅威と悪意を取り締まるのに対し、怪異や怪奇現象と戦う東のナツメ商会と西の花咲産業はいずれも民間企業である。警察との連携はあまり進んでいないが、ナツメ商会のご令嬢でしかも出くわした事情が事情とあれば、警察の方も願ってもいない。シキミは現場の目撃者だが、VIPでもあった。


「わたしも警察の方に呼ばれたのですが……。身元引受人や保護者としてではないようです」


「では仕事ですか? 今日は日曜日ですよ」


「もうお一人、合流されるようです」


 しばらく二人ぼっち。シキミはキョンシーについて、ナツメ商会のアーカイブで簡単に調べてみた。

 キョンシー。中国由来のリビングデッド。

 道士による複雑なオペレーションの後に死者は復活し、生前を超える力を身に着ける。弱点は糯米(もちごめ)、黒犬の血、雌鶏の血などなど……。腕のいい道士に蘇生されたキョンシーは想像を絶する力を持ち、空を飛ぶことすら可能だという。しかし火葬中心の日本では死体不足、そもそも道士の激減でキョンシー自体が数を大きく減らしているという。

 つまり、個々の能力は非常に高いが、増えることに弱点を抱え、絶対数も少ない希少種だということだ。このあたりに、日本で確認されているリビングデッドであるゾンビの特徴である増えやすいが弱い、に対照的なものを感じる。

 知能も高く、ナツメ商会では池袋西口を仕切るキョンシーの集団を黙認……つまりキョンシーコミュニティによる池袋西口近辺の怪異のパワーバランスを高く評価しているようだった。ならばキョンシーが次々と殺害される現状をキョンシーコミュニティはよく思っていない……どころでは済まない。コミュニティが攻撃を受けていることも、数が減ることも、既に死んでいるキョンシーにとっても死活問題なのである。

 シキミは動じず悠々自適、食べ足りないのでかつ丼でも欲しかったが、キクコは警察に呼ばれたということで依然として蒼白としていた。どうやら権威や警察の体育会系のノリが怖いらしく、委縮してしまって自慢の可愛いお洋服を着ることもなく、唯一の正装である礼服でやってきて、パイプ椅子の上でレゴブロックじみてかくかくと緊張で角ばっていた。やがてこんこんとノックの音が聞こえた。


「どうぞ」


「失礼します」


 やってきたのは果たして、やや厳めしい表情の優男であった。まだ残暑の厳しい季節であり、シキミはTシャツにジーンズ、キクコも薄手の礼服であったのに、この男はボタンをすべて締めた真っ白なワイシャツ、板のようなネクタイ、よく糊の効いた紺の背広の上にベージュのトレンチコートを着ていた。髪は整髪料できっちりと七三分けにされ、もう頭髪ではなくそういった形の帽子のように整って微動だにしなかった。刑事ドラマの登場人物の主役にするには、少し面白みに欠けるくらいの真面目さが伝わってきた。コロンボや古畑任三郎、青島刑事のような愛嬌や俗っぽさが一切感じられない仕事一筋の遊びのない男といった印象だった。


「突然で申し訳ございません。私は明智(アケチ)日日日(アキラ)というものです」


「警察の方ですか?」


「違います。鎌倉紬氏……。彼女の知人です。もっとも、私の方がずっと後輩ではありますが」


 すっと明智は名刺を差し出した。そこには大きな明朝体で明智日日日の字、小さくメールアドレスと電話番号が記され、肩書や所属は記載されていなかった。


「失礼、私はコミュニケーション能力に少々問題を抱えています。まずは私から感謝を述べさせていただきたい。鎌倉紬氏。先程も述べたように私の先輩であります。彼女は非常に優れた化身であり、温厚篤実な人柄、良い意味での閑職……担当地区でのトラブルの少なさによる優秀な閑職であり、私にはない愛嬌の持ち主であり、この世の全化身を見渡しても類を見ない程長く化身を務め、私も喉から手が出る程欲しい人望と人徳の持ち主でありました。私は彼女を深く尊敬していた。あのようなことが起きてしまって非常に残念に思っています。ご気分を害されるかもしれませんが、あのような最期を遂げることを選んだ勇気には敬意を表します。しかし、彼女は夏目さんと過ごせて幸せだったのではないかと感じております。重ね重ね、感謝を申し上げるとともに鎌倉紬氏を忘れないでいただきたい」


「紬さんの後輩ということはあなたも化身なのですか?」


「ええ。しかし多くを語ることは出来ません」


「立場上?」


「加えて、性格上の理由も。しかし、一つ断言しておきましょう、夏目樒さん。あなたは鎌倉氏の死後、さまざまな情報を集めて鎌倉氏の後任となるカマエルの化身が現れていないことを知り、鎌倉氏がまだ化身の任を解かれていない……即ちカマエルがまだ鎌倉氏を化身と認定していると考えている。そして、鎌倉氏の後輩かつ、同じ化身職である私の出現に困惑している。もし、私が鎌倉氏の後任のカマエルの化身だとしたらどうしよう、と」


「……」


「ご安心ください。私はカマエルの化身ではありません。カマエルも鎌倉氏を実に信頼しているのですよ。何しろ、彼女を四〇〇年以上も化身として起用してきたのですから」


「余計にあなたが何の化身か気になるのですが」


「先程も述べた通り私にはコミュニケーション能力に問題があります。逆撫でしてしまうかもしれませんが、夏目さん。あなたは自らの才能、学歴、血筋といったプロフィールを最大限にアピールして活用するタイプですが、私はあくまでも一人の化身……人間として肩書に頼らず仕事をします。しかしご安心出来ないのでしょうね。私に仕事を与えたのはカマエルと同門の天使、しかし化身としてのキャリアは鎌倉氏の足元にも及ばない。この程度では満足出来ませんか?」


「……いいですよ」


 とりあえず、シキミは明智が紬の後任ではないことに安堵した。その情報を与えられた安心でその先の明智の言葉はあまり頭には入ってこず、おそらく表情にも明智の言葉が右から左であることが出ていたのだろうが、明智は自覚している通りにコミュニケーション能力に問題を抱えているようで相手に自分の言葉が届いていないことを理解していないようだった。

 やがてシキミは思い出す。この三か月、紬の復活を願い、さまざまな化身とコンタクトをとってきたはずなのに、ここまで紬と親しい化身の存在は知らなかった。


「このようなタイミング、しかも日曜日に申し訳ないですが、お仕事を一つ頼みたい。何しろ私は日曜日が好きなものですから」


「日曜日は休めるから好きになるものなんですけどね」


「そういった諧謔、実にタフです。羨ましいくらいだ。本題に入りましょう」


 ここでようやく明智は椅子に座り、少しリラックスして肩と首の筋肉に刺激を与えた。そして少し猫背になり、指を組んで肘をつき、目線を下げて二人の女性を数秒眺めた。ようやく垣間見えた明智個人のアクションや感情にも思えた。先程までの紬への尊敬や友情もウソではないことはわかるが、それでも話の文脈的に社交辞令じみたものに見えてしまったのだ。シキミはそれを責めるつもりはないし、コミュニケーション能力に問題があることを開示しているくらいだから仕方がない。何より、彼女は社交辞令であろうと、私淑する紬があれ程熱烈に慕われていることが自分のことのように誇らしかった。


「夏目さんが先程遭遇した殺人事件……。どう思いました?」


「警察署内での会話である、というTPOを弁えたバージョンで話したほうが良いですか?」


「何もお気になさらず。餅は餅屋。この餅はあなた方の餅です」


「警察が自分たちの手に負えないからナツメ商会に託すというのなら、その餅ですら絵に描いた餅ではありますが……。会話を少し盗み聞きしました。殺されたのはキョンシーです。詳細は調べねばわかりませんが、どうやらこの一帯を仕切っているのはロー・フォンというキョンシー。その同胞……傘下か、キョンシー全体を含めたものかはわかりませんが、そのキョンシーたちが襲撃を受け、殺されている。そのようでした。あとは犯人がゾンビかヴァンパイアらしい……。そこが、絵に描いた餅。ナツメ商会は武闘派じゃないからゾンビやヴァンパイアの暴力団とは戦えない。殺されます」


「ふむ」


「でも警察でもゾンビやヴァンパイアと戦えない。じゃあ誰が搗くべき餅かというと、西の花咲産業は武闘派ですから、花咲家の次男、三男あたりのケンカ自慢のボンボンたちを何人か呼ぶべきでしょうね」


「あなたたちにこの抗争の決着を依頼します」


「聞いていましたか?」


「形はどうでもいいです。これ以上争いで傷つくものがいなくなるのであれば、キョンシー、ゾンビ、ヴァンパイア、或いは他の何が勝っても私は満足です。戦いが終結すればそれでよいのです」


「だから、それは花咲……」


 だん、と落雷じみた音がした。目の前の明智が、勢いよく机を叩いたのだ。それに呼応して室温が数度上がったかのように錯覚し、実際に照明がちかちかと点滅を始めた。隣に座るキクコはびっくん、と跳ね上がり、内蔵や脳髄が縮み上がる音まで聞こえてきそうだった。シキミも何が起きたかわからなかったが、臆するよりも先に反射的に鼓動に応じて興奮が全身に運ばれた。


「あなた方に頼むと言っているではないですか!! これは信頼だ! 鎌倉氏が信じ、鎌倉氏を看取ったあなた方だから出来ると信じている! 抗争だから暴力が必要? そうではない。決してそうではない!!! 我々は言葉を持つ。そう、言葉だ。殴り合わず、殺し合わないために我々は言葉を使うのだ。そしてこれは緊急の問題だ! このままでは池袋西口のキョンシーは絶滅するか、抗争の拡大によって今以上にひどくこの地は血で汚される! それでも出来ぬというのか!」


「ゴメンナサイ……」


 突然の激高! シキミには何が起きたか全くわからなかった。雲一つない空からの突然落雷……青天の霹靂。明智の眉は吊り上がり、眉宇には深々と皺が刻まれている。刑事ドラマの主役にするにはつまらない男のように感じたが、大企業を舞台にしたサラリーマン活劇の主人公のごとく、突然の激高を以て芝居じみたセリフを吐いたのだ。そしてそれは威嚇ではなく、本心であったし、もし口調さえ穏やかであれば実に穏便な内容の依頼に聞こえたことだろう。

 それでも激高は激高。それだって恫喝という暴力だ。キクコはさらに縮こまり、蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を発した。それすらもかなりの勇気を要した。


「すまない、少々熱くなってしまったな。だが、この程度のことで臆するようでは、この現代のストレス社会と東京砂漠でタフに生きることは出来ぬ。先程も述べたように私にはコミュニケーション能力に問題が……。もう免罪符にはならぬな。だが私がタフに化身職をまっとうするための処世術、そして変えられぬ性格だ。すまなかった。……それでも、頼みたいのだ。暴力団と戦わなくてもいい。いざという時の実力行使は私がやろう。何が起きているのか、調べてくれるだけで良いのだ」


 霹靂は去るのも一瞬だった。コミュニケーション能力に問題があるどころではない。この場で言葉を荒げるとキクコがさらに怯えてしまうので踏みとどまれたが、シキミと明智の一対一ならば殴り合いのケンカになっていたかもしれなかった。


「……」


「だが実際に人が殺されている。鎌倉氏の存命中にこんなにひどいことは起きなかった。彼女の死に乗じたものが起こしたカオスだ。だからこそ、鎌倉氏の遺志を継いだあなたちに任せたかった。調査の末、花咲産業の力を借りることが最善択を考えたのならばそれでよろしい。動きの制限される私の代わりに、この町で何が起きているのか調べてほしかっただけだ」


 実に扱いの難しい男である。口調はこの部屋に入ってきた時のサラリーマンめいたものよりもやや砕け、明智日日日という一人の男の私情……鎌倉紬への想いで、現状の改善を訴えている。メッセンジャーじみた化身であり、ドラマの登場人物のような熱血であり、一人の人間として私情も多分に持つ。難しい……。難しい? さまざまな顔を持つから人間なのではないか。


「この依頼を受けてくれるならば、報酬は弾む。報酬額とは別に調査経費も私に請求すると良い。もし身の危険を感じたら私を呼んでくれ。化身という立場上動きは制限されるが私も非力ではない。緊急時ならば事後承諾でどうにかなる。最大限の礼は尽くす。可能な範囲で構わないから、この仕事を受けてくれないか? 倍返しで礼を尽くそう」


「……」


 シキミは腕組みし、ちかちかと怯えるように点滅する蛍光灯を見上げた。悪くはない案件だ。池袋はシキミの大事な遊び場だし、ここの治安は守りたい。ナツメ商会のアーカイブによれば池袋西口は長らくキョンシーが治めているので、そのバランスも崩したくない。

 そしてゾンビだ。紬を死に追いやったゾンビの勢力が池袋に手を伸ばし、さらに明智の言う通りに紬の不在でこの抗争が勃発したのならば、自分で解決はしたい。ゾンビには倍返し……一千万倍返しが必要だとシキミも思っていたところだ。


「お受けします」


「ありがとうございます。今日は日曜日ですので、明日十万円を振り込みます。前金ととるか、経費ととるかはあなた方次第です。警察のご担当者様には私が説明しますので、このままお帰りになられて結構です」


「はい、そうします」


 扉をくぐるともうシキミとキクコを止める職員はいなかった。ただ、ここに来る時よりも好奇に近い目を向けられているような気がする。

 摩天楼のライトが薄く張った雲に投影される大都会の夜。少し冷えるようになった残暑の季節、シキミはとりあえずキクコを落ちつけようと軽口を叩いてみた。


「『半沢直樹』みたいな男でしたね」


「『半沢直樹』?」


「キクコさんが記憶を失っていた間に人気を博したドラマの主人公です。銀行員ですが熱血の正義漢で、不正や横暴を働くものならば上司であろうと全力で食ってかかって戦う。さっきの明智さんみたいに、突然キレてしまうこともあるのですよ」


「そうですか」


「面白いドラマですよ。みんなオーバーソウルな演技で」


「……」


 キクコにとっては、突然怒鳴った明智は確かに恐ろしかったが、その一方で明智の持つ情の深さと自らのコミュニケーション能力不足への強い苦悩が見て取れた。悪人ではないし、上手くやれそうな気がする。

 だが、真に恐ろしく感じたのは激高や口調ではない。その聖なるオーラの強さだった。シキミにはそのオーラの強さがわかっていなかったらしい。


「タフな仕事になりそうですね。キーワードになりそうだ、タフ」

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