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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON1 EP4  キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記
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キョンシーvsゾンビvsヴァンパイア 池袋炒飯戦記 #1

 歩くのにも不自由しそうな程の黒のロングコートに、じゃらじゃらとけたたましい音を立てる貴金属の装飾品。新築のタワーマンションの床を踏んでも汚れたと感じそうな程ピカピカの靴。それがかつかつと高貴な足音を刻み、地下室に雅な香りを運んでくる。


「何人いる?」


「二十人程です」


 出た! ハチミツのような甘さと粘り気を持つ声を発したのは、国を傾けるような絶世の美男子。彼が纏うオーラはガスコンロの炎で可視化され妖美にゆらゆらと揺れ、彼の放つ爽やかな香水の香りは、この地下室に充満する……物の焼けるにおいと炊きたてのご飯、各種調味料でさえ侵せない。磔にされた二十人の捕虜……老若男女の阿鼻叫喚も喜怒哀楽も、この美男子の持つ情報量に比べればごくごく些細なものだった。この美男子の価値が、まるで二十人以上もあるとでも言うかのように。


「また一皿出来上がりました」


 西洋風のペストマスクと白衣をミックスさせた怪しい理系の男がバインダーに何か記入すると、下っ端研究員が湯気をもうもうと立てる出来立てほっかほかのチャーハンを若い男性捕虜の口元に運んでいく。


「さぁ、食え!」


「ヤメロー! ヤメロー!」


「食え! 空腹の苦痛は辛かろう!」


「ヤメロー! ヤメロー! ヤメっぐ……ギャアアアアアバババババ!?」


 目を覆う光景とはこのようなことだ。チャーハンを強制的に口にねじ込まれた捕虜は体が硬直し、しばらくの後夥しい喀血を始めそのまま臓腑を吐き出して死に至った!


「素晴らしい威力だ! なぁ、ハセガワ!」


「う、うう」


 ハセガワと呼ばれた泣いている男が、食べた人間を死に至らしめるこの恐るべきチャーハンを作った人物である。

 ハセガワは一流の料理人だが、彼を知るものは少ない。格付けや口コミとも無縁で、代々続く町中華の店長だった。店の床は油で滑り、換気扇はどろどろに黒ずんでいる。皿だって安いプラスチックだ。だが、彼が野心を持てばホテルのお抱えとなって合衆国大統領に、中華から日本料理へと派生した庶民の味を披露しても国の誇りになるレベルだった。

 辛・渋・甘・苦・酸! 料理を構成する五つの味を百段階で数値化し、それを舌先で察する鋭敏な味覚と、全く一致する再現性を持つ天才料理人だった。

 それが美男子の目に留まった! そしてハセガワは今、最高の美味と引き換えに命を失う恐るべきチャーハン、通称“暗殺チャーハン”を作らされているのだった。




 〇




「キクコさん。今日の晩御飯何食べるの?」


「オイスターソースの野菜炒めですかね」


「野菜炒めか……。わたしは外で食べてきます。気を遣わず、お好きなものを食べてください。じゃあ行ってきます」


 夏目邸。今日はショウヨウとフヨウの夫婦が留守のため、夫婦の娘のシキミと母のキクコが家にいた。キクコも料理を覚えてきたが、とある理由でシキミはキクコの料理を避けている。彼女の名誉のために話せば、キクコは料理上手だ。だからダメなのだ。

 せっかく両親が留守なのだからとシキミは羽を伸ばすことにした。両親は結構な頻度でこうやって二人で出かける。お見合い結婚だが仲は良く、それは何よりだ。普段は旧世代的な良妻賢母であろうと手作り料理を毎晩振舞う母フヨウも、キクコが一人でも留守を出来るようになったので安心して出かけられるのだろう。


「……お野菜余ってるのに」


 寂しく一人呟いたキクコは、エプロンを巻いた。




Daughters of Guns

EP4 Enter The IKEBUKURO




 シキミの主な遊び場は池袋。映画館はたくさん、ゲームセンターや家電量販店も充実している。少し値は張るが古着屋だってあるし、安いものも高いものも、ヘルシーなものもジャンクなものも飲食店はありとあらゆるバリエーションが網羅されている。しかも家から徒歩圏内。

 家のある椎名町からしばらくは不気味なまでに閑静な住宅街が続くが、立教大学を超えたあたりから池袋は自分の存在をアピールしてくる。

 立教大学と池袋西口の間はいかがわしい夜のお店やシーシャバー、ミニシアター映画館などよりディープな店が密集し、夜になると客引きは違法だ、金は帰ってこないと注意喚起する警察の音声がエンドレスでリピートされる。

 職場のある原宿が若者を健全な範囲での遊びに誘う町ならば、池袋西口は破滅の遊戯への耽溺の罠がそこかしこに仕掛けられた危険な町だった。この町で生きていく地図と術を知らねばならないのだ。


「……」


 シネマロサの裏に入ればカルマの濃さがさらに増す。

 一日で何億稼ぐだとか、従業員は全員何歳以下だとか、具体的な数字と爆音が煽情する。

 そんないかがわしい魔境で、化学繊維製ウィッグのようなサラサラヘアーのおかっぱ男が、タイトなカットシャツでスーパーモデルのような線の細さを見せつけつつ、区を挙げて全面禁煙のはずの豊島区で堂々と歩きタバコをしていた。だがシキミは不思議と悪い気がしなかったのである。シキミ自身も素行は優等生ではないが、この細身の男の堂々とした足取りと一切の後ろめたさを感じさせない歩きタバコは、この町で警察すらも恐れないタフを十分すぎる程にアピールしていたし、あまりの優雅とタフさにチンピラにすら見えなかった。それどころかその男は老婆に名前を呼ばれ、手を振り返すような場面さえもあったのである。

 だが、この町では少しでも怪しいと思ったものには関わらないに限る。シキミはさらにぶらぶらと西口近辺を探索する。ぶらぶらすればする程、あのおかっぱが頭から離れなかった。この下品な町であまりにも優雅でタフだったのだ。

 最初は焼肉かステーキでも食べようかと思っていたシキミは、結局歩くのも考えるのもおっくうになって真新しい緑のネオンサインの中華料理店に入った。店は階段を下って地下にあり、少し怪しい発音で店員が出迎えた。店内には中国語のポップスがかかっていた。


「キスノ、ライセンスゥウ」


 よく耳を凝らすと奇妙な日本語でジャッキー・チェンが歌った『チャイナブルー』だった。


「青島(チンタオ)ビールと自家製チャーシュー、あと焼き餃子と牛肉の麻辣炒めと北京ダックお願いします」


「ハイヨロコンデー」


 料理を待つ間店内を観察してみると、壁には猛禽があしらわれた西洋風の盾、甲冑の胸当て、昔のファミリーレストランにあった一回百円のチープな占いの玩具……。レジの横の冷蔵庫はワインセラー。居抜き物件であることが一目瞭然だった。

 店の奥には、先程のタフで細身なおかっぱ、皺だらけのアロハシャツを着た若い数人……と言ってもおかっぱとさして年齢は変わらないのだろうが、精神年齢が違って見える若者。最深部には、白いダブルのアルマーニスーツを着込んだ男が、飲食店にもかかわらずフルフェイスのガスマスクを被ってしゅこー、ぱたん、しゅこー、ぱたん、と、一定のリズムで弁を開閉させていた。


「オ待チ」


「どうも」


 料理はよく八角が効き、牛肉の炒めは舌が痺れる程の辛さだった。心地よい汗が白い肌を滴り、シキミはスマホのロックを解除してユニスポ・オンラインを眺めた。


 ……

【池袋で血みどろ大乱闘!? 死んだ男が三度死んだ!】

 東京・池袋西口で「死人がまた死んだ」という前代未聞の事件が頻発していることが26日、本誌取材で明らかになった。

 情報提供者のマイルズ・ダイソン氏(99)によると、近隣のホストクラブ『ブルーブラッド』の周辺で、国籍も年齢もバラバラな死体がゴロゴロ発見されているという。だが驚くべきはその身元。ほとんどが「すでに死亡届が出ている人間」だったのだ!

 ダイソン氏は興奮のあまりに今にも爆発しそうな起爆スイッチにトリガーをかけているがごとく、息も絶え絶えに本紙記者に語る。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、もう、黙っていられない……ッ! いやぁ、目の前で見ましたよ。血をドバーッと吐いて、白目むいて、そのままドサッ。外傷はなし。しかもその一人は私が雑誌に広告を出している“技(何の技かは不明)”“金”“顔”の三つが完璧に揃ってモッテモテになる“トリニティストーン”の購入者で、マカオでハリウッド女優とパリコレスーパーモデルを同時に抱いたという伝説の男。十年前に上海で死んだはずなのに、なぜか先週今度は池袋で死んでたんですわ!」

 さらには「ホストたちが巨大な中華鍋を持って走り回っていた」と証言。米粒が武器になったのかどうか、専門家の間でも意見が割れている。

 警視庁は「そのような事実は確認されていない」とコメントしているが、現場付近では「ヴァンパイアがニワトリを追い回していた」「ゾンビが経験値稼ぎをしている」といった噂が絶えない。

 一体、池袋の闇で何が起きているのか? こんなひどいことをしたてめぇらの血は何色だ!

 答えは……アナタ自身の目で確かめてほしい。

 ……


「ゴボーッ!?」


 突然の轟音に周囲を見渡すと、隅の席に座っていた若いアロハシャツの男が明らかに人体の容量を超えていると錯覚する程の量の血を吐き、倒れるというよりも壊れた。外傷はなかったが一瞬にして神経の支配も生命の波長も、ギロチンめいたものにより強制的に遮断され、瞬く間に生物から物質へと変質し、一切の抵抗がないままこの世のすべての物理法則に任せて机に倒れ込み、死んだ。死んだのだ。食事に毒でも混じっていたのかもしれないが毒殺と言う範囲を超えている。苦しむ間もない即死。文字通りの即刻の死だった。


「……」


 アルマーニの男は血塗れのスーツで腕を組み、ガスマスクの弁の開閉速度を少し早めた。表情はうかがい知れないが、一気に曇ったガスマスクのレンズが雄弁すぎる程に尋常ならざる怒りを語っていた。


「フォン親分、ここは冷静に」


 おかっぱの男がガスマスクの男のそばで静かに、それでも動揺する店内を鎮めるようにはっきりとした声で言った。実際にフォン親分と呼ばれたガスマスク男は腕組みしたまましばし堪え、彼もまた静かに言った。


「またいつも手口で同胞が殺されたのか」


「そのようです」


「おい、テレンス……。もう穏便には済まないぞ。池袋は誰のものだ?」


「偉大なるキョンシーの英傑、ロー・フォン大親分のものです」


「それがわかってるならな、テレンス……。青二才のゾンビ共とすけこましのヴァンパイア共、話しつけるか、ブッ殺すか……。お前が始末つけてこい」

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