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Daughters of Guns  作者: 三篠森・N
SEASON1 EP3 人間ソファ
12/32

人間ソファ #1

「シキミさん」


「ん……。ふぁい」


 夏目家は広い。古くから怪奇現象解決と家電の修理、時代時代の甘味の提供。それを支える経営者の夏目家は代々商才に恵まれ、それは霊感以上に稀有な才能だった。

 次の経営者になるはずの一人娘シキミ……。土日は昼過ぎまで眠る夏目家史上最高の秀才は、若さと共に短気な性格が消え、人望が伴えばよい経営者になるだろうとシキミの両親は考えている。だが短気ではないこと、人望があることも立派に商才という才能に含まれる。つまり今のシキミに商才はない。


「お昼ご飯はどうしますか?」


「わたしはいりません。もう少し寝ます」


 既に十三時。だが二十代も半ばの女子の生活なんてこんなものだ。特に孤独な女性は。

 キクコはガンガンに冷房の効いたシキミの部屋を見渡した。高級なゲーミングチェアにいくつも揃えられたゲーム機の数々、巨大なテレビ、アメリカのロックバンドや洋画のポスター、繁華街のネオンサインじみて様々な色に輝くアクアリウム。ベランダのそばにはバスケット。中には安物のライターと封の開いたタバコ。シキミの性格や生活がここにぎっしりと詰まり、彼女の趣味嗜好を光景とアイテムだけで完全に説明していた。


「シキミさんはいらないそうです」


「そうですか。キクコさんはどうしますか?」


「わたしも外で」


 リビングにいる義理の娘……。息子の妻である芙蓉(フヨウ)。彼女が嫁に来た日のことは全く覚えていないが、今は母のように頼もしく思っている。だが、どこかまだお客さんのような扱いを受けている気がする。仕方ない。……仕方ないと理解は出来るし、フヨウを責めるつもりもない。だから……。食事を外でとることも遠慮ではない。

 キクコは池袋のアパレルショップを眺めた後、手持ちの額では買えないと後にした。あんな風に可愛いお洋服を部屋に飾れたらどんなにいいだろうか。シキミのように自分の身上を語る部屋を作りたい。

 そのためには節約と仕事だ。近くの蕎麦のチェーン店に入り、つゆが白いレースにはねないように気を付けて食べた。

 結果的に何も成果はなかったが、池袋から自宅までは歩いて帰ることが出来、その一帯は古い時代には若手芸術家のアトリエ村……池袋モンパルナスと呼ばれた歴史がある。決して一駅分の交通費を惜しんだわけではないが、その名残のある道のりを少しご機嫌に、今の自分の精いっぱいであるお姫様ファッションと自慢の日傘を見せびらかすように街を歩く。色が褪せて何が入っているかわからないカプセルトイ、いつ営業しているのか不明な寿司屋、がらがらがらと回るクリーム色のコインランドリー。時折見えるアンティークの家具屋や、輸入品雑貨。……せめてティーポットの一つでも買えないだろうか。いや、我慢だ。とりあえず今は自慢の日傘と合わせられる服のローテーションを組み、お金を溜めて溜めて……。小物を多く買うか、多少値は張っても可愛い箪笥を買うか。……どうせ、誰も訪ねては来ないのに。


「……」


 仕事だ。とにかく仕事の質、量を増やすしかない。シキミは憑りつかれたように紬復活の手掛かりを探し、本来の明晰な頭脳からは想像も出来ない程楽観的に、紬は復活可能と思い込んでいる。熱心に仕事もしている。それだけに見ていて辛いのだが……。それは、シキミを見ていていたたまれないというよりも、自分への疑問や情けなさだったのかもしれない。自分の姿や記憶を戻すと言った最優先のことを考えずに漫然と仕事をしている。仕事のモチベーションは、お小遣い程度のお金が欲しいだけ。大きな野望やモチベーションもない。

 そこは挿げ替えてしまおう。可愛いお洋服、ステキな家具、美味しい紅茶やコーヒー。シキミの部屋みたいに、自分の部屋……聖域と呼べるものを作るため、もっと働こう。


「ただいま帰りました」


「おかえりなさい」


「ショウヨウさんとフヨウさんは?」


「知りません。多分出かけました」


 リビングではシキミが安いコーヒーを安い豆乳で割ったソイラテを飲みながら、陽気な日曜日の午後のバラエティを流し見していた。『ブレードランナー』のTシャツ、ハーフパンツ。シンプル極まりなく、むしろだらしなくも見えるのにキクコにはそんな孫娘に憧憬さえ抱いたのである。その上に衣類には水滴が滲んでいた。どれだけだらけた休みの午後であろうとも、紬の遺品の愛車の手入れは欠かさないのだ。そこにシキミの人間性を感じる。そして自分は、いくら服を飾ろうが自我は希薄なのだ。


「ユニスポ買ってきました」


「面白そうな記事はありましたか?」


「これなんてどうです?」


 ……

【謎の洋館の家具職人、失踪! 異次元で女王様用ベッド製造中か!?】

 東京都練馬区谷原の石神井川沿いに、地元民から“木工の魔窟”と恐れられる洋館がある……。

 本誌特派員(洋館近所の新台導入取材帰り)が突撃取材を敢行!

 敷地内はジャングル化、家具の残骸が道に散乱し、玄関の呼び鈴を押すと登場したのはまるで映画に出てくる伯爵夫人ばりのマダム!

 「ここは家具店ですわ」……そう言うと、マダムは豪華すぎる屋内を案内してくれた。

 箪笥、椅子、ベッドに至るまで、ビクトリア朝、昭和初期の純喫茶、江戸幕府の御台所モデル、さらには「ペリー来航記念リクライニングチェア」まで完全カオスなラインナップ! しかも全品手作業の超高級品……なのに価格はなんとホームセンターより安いッ!! なんとこの春に上京した大学生でも仕送りかバイト代か新台導入で買えてしまう程だ!

 「うちの家具は庶民派ですの」。マダムは微笑む。だが……。

 実はこの屋敷、かつて住み込みで家具を作っていたたった一人の天才職人が、ある日“密室で”忽然と消えた怪事件の現場なのだ!

 家具職人の行方は今も不明。だが近所に住むジョージ・マクフライ氏(76)は「夜な夜な異次元から木を削る音が聞こえる」「窓から見える影は家具なのか人なのか分からない」と怪証言。

 中には「彼は宇宙女王に招かれ、銀河最強のベッドを作っている。次は惑星タンス座の戴冠式用スツールに取りかかるらしい」と話すハンス・グルーバー氏(12)まで飛び出した!

 怖いけど安い! 安いけど怖い! この家具、買うしかないッ!!

 次回の新台導入日に再突撃だ!!

 ……




「谷原ならここからも近いし……。悪くなさそうですね」


「ええ」


「それに、家具が欲しいんでしょ? 資金を作らないと」


 本当にそんな素敵な家具がお安く買えるのなら……。是非とも!

 だってわたしはオバケなんかこわくないんだから!




Daughters of Guns

EP3 But I refuse




「よっしいただき!」


 シキミの小さな勝鬨と同時に耳を聾する爆音と目がちかちかするようなド派手な点滅が繰り返され、ジャラジャラジャラと排出される銀の玉。キクコは斜め後ろからそれを見ていた。同じ銀の玉でも、悪霊退治なら自分たちは銀でも“玉”より“弾”がお似合いなのに、なんて思いながら、キクコは悪い気はしなかった。

 ここは興奮のるつぼパチンコ店。何一つ静止せず、音、光、におい、その中で生きる人間は常時動き続ける。ナツメ商会の本拠地は原宿地下霊園で墓地であり、シキミやキクコは職業柄よく神仏や天使の類、あるいは悪魔やモンスターにも遭遇するが、意外と人はそういったものに慈悲や恵みを祈らない。人々を最も祈らせる場は賭場なのだ。


「大当たりなんですか? 運がよかったですね」


 そしてキクコはそれを悪いとも思わない。世の中には主観と客観があり、自分の中で完全に線引きされている。彼女は客観的な規則やルールの中で許容されているものならば、自分の主観がどうであろうと絶対的な間違いはないと考えている。例えばこのギャンブルだってルールのもとに許されているのだから悪いとは思わないし、仕事前に一発決めているシキミを責めるつもりはない。だが主観的にはノーサンキューだ。主観では否定したいことも、それは自分の意見であるから他人の行動を指摘しない。それは自分にも適用される。見た目が二十歳とはいえ、実年齢は七十七歳の老婆がお嬢様女子大学生のようなふりふりの可愛らしい服装で可憐な日傘を秘かに自慢しながら歩いていても、それを縛るルールはないのだから、よく思わないと個人的に想う人間は心の中で思うにとどめて何も言うな。

 個と群が完全に分けられ、場合によっては共存を拒否するロジックが通った考え方。実際孤独な思想である。


「わたしに幸運という言葉はありません。すべてが必然! ハァーハッハッハ! 知識! 経験則! 予測! そして弾き出される勝利の方程式!」


 孫娘の傲慢さは人によっては癇に障るだろう。だがキクコはそんな孫娘が大好きだった。彼女はキクコとは逆にどう思われるかばかり気にしている。そして先手を打って尊大な態度で圧倒し、イニシアティブを握ろうとしている。人間らしく、若くていい。公私ともに行動を共にし続けている人物を嫌いになれるはずがない。ましてや自分を助けてくれた人間だ。


「迷わずにこの愛を信じ生きていく」


 止まらぬ玉に有頂天になったシキミはついに店内にかかっていた一昔前のアニメソングをなぞって歌い始めた。

 母を蘇らせたいという罪のない愛を求めた結果、代償として何も得られずに大事なものを失った兄弟は世界の真理に触れていく。この曲はそのアニメの初代エンディングだった。

 ……。

 曲のタイトルは『消せない罪』。なんと皮肉なのだろう。


「よし、資金も溜まったし“木工の魔窟”に向かいますか」


「はい」


 二人のいたパチンコ店からポインター号で数分もかからないところに謎の洋館“木工の魔窟”はあった。車に乗ってエンジンをかけて、運転してまた止めて、という一連の動作を含んだ時間よりも、パチンコ店からそのまま歩いた方が早いくらいの位置にその洋館はあった。

 ユニスポでは“木工の魔窟”と称されていたが、洋館自体は当然石造りだった。日付以外全部誤報の異名を持つユニスポにしては正しくその洋館に家具屋の看板はなく、鉄門扉から洋館までの間には古びてカビの生えたベッド、足の折れた椅子、蜘蛛の巣状にひび割れたテレビ、元はアロワナでもいたのだろうか、巨大な水槽までありとあらゆる粗大ゴミが散乱していた。生ゴミの類は一切なく、あるのは全て粗大ゴミだった。それらを包むように鬱蒼とした樹木が生い茂り、この洋館だけが夜のように静かで暗かった。

 なんの変哲もない鉄門扉は羅生門と化し、一切の来客を拒む厳かというよりも禍々しい空気を放っていた。まるでこの向こうに抜き身の刀を持って興奮する三船敏郎がいるとでも言いたげに、静かに一切の人間を拒んでいたのである。

 それくらいに静かで、それくらいに一種神秘的な場所が俗を極めたパチンコ店からの音やにおいすら感じられる場所に佇み、空気感を完全に異なものにしていることにシキミとキクコは少なからず驚きを抱いた。あまりにも静かで暗すぎユニスポ記事がなければこの洋館に気付くこともなかっただろう。聞こえているはずのパチンコ店の音さえも、洋館を認識した瞬間に空気ごと切断されて取り出されたような錯覚さえ覚えたのだ。

 魔窟。言い得て妙。ゴミや樹木を見ずとも、尋常ならざる場所であることが直感的に理解出来た。


「呼び鈴を押しますよ」


 キクコは最後にシキミに尋ねた。この場所は怪しすぎる。その怪しさを列挙して書き込んでいったらジャポニカ学習帳の一冊や二冊は今日中に埋まるだろう。だがキクコはこの三か月の怪奇現象解決において、唯一の例外を除けば一発の射撃の元にすべての存在を完全消滅させてきた怪殴丸を持つ。だからオバケなんかこわくない。そして洋館の前庭に散乱する木造の家具の残骸は、元は実に巧みな造りの高級品であったことが十分すぎる程に伺える美しい骸だった。これがホームセンター以下の価格で買えるとなれば、買うしかない。

 シキミは掌を差し出してどうぞご自由に、のジェスチャーをとった。

 ねずみ色に褪せた呼び鈴を押す黒のネイルと白い指。やがてインターフォンから応答があった。


「どちら様ですか?」


「こんにちは。わたしは日出菊子と申します。こちらは夏目樒」


 今日はナツメ商会の怪奇現象解決は二の次だ。まずは家具を見てみたい。そこに悪霊や、家具職人が消えた原因の怪異があるならばようやくナツメ商会と名乗りなおして解決するだけだ。


「家具を購入したいのです」


 高級な板チョコレートのようなドアが開き、五十がらみのこぎれいな貴婦人が訝し気な目で門前のシキミとキクコを眺めた。どこか確かめる……値踏み、品定めするような、決して歓迎されているとは思えない視線だった。インターフォンにも二人の姿は映っているにもかかわらず、肉眼で二人を目視した貴婦人は手招きし、「どうぞ」と唇が動いていた。

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