第二十一話「宴なんだかなんなんだか」
【春臣視点】
「わわ、ごめんなさい……」
さくらさんが慌ててテーブルと自分のズボンを拭いている。
そんなに動揺する事か?
まさか本当に僕に惚れてるって事?
しかしマンガじゃないんだから飲み物を噴く事ないでしょうに……。
「その慌てよう、もしかして図星だった?」
「………………」
「雅也、もうそのくら……」
「野咲さん、まだこっちの話は終わってませんよ!」
「………………」
雅也を止めに入ったはいいけど、池谷さんに睨まれてそれどころじゃない……。
なんなんだよ池谷さん。とっちめるのは雅也じゃなかったの?
「どうなんですか野咲さん、私じゃダメなんですか!?」
「………………」
据わった赤い目で睨んでくる池谷さん。
ダメって言うか、無理だよ。
でもこう言う事は面と向かって言いづらいでしょうに…………。
「春臣困ってんじゃん。そんくらいで勘弁してやってよ、エイルちゃん。それにエイルちゃんがダメって言うより、春臣は女じゃ勃たないんだから」
「…………」「…………」
「雅也っ!!」
何言ってんだコイツ。
二人ともドン引きしてるじゃないか…………。
「まあそれは別として、誰だって惚れるよなぁ。春臣は男前だし優しいし」
「………………」
別ってなんだよ、別って。
雅也はさくらさんにサングリアを注ぎながら僕を流し目に見てくる。
コイツ、完全に楽しんでやがる。
楽しそうなのはお前だけだぞ。
どうすんだよ、この空気……。
【さくら視点】
「ほら、さくらちゃんも正直に言ってみなよ? って、さくらちゃん聞いてる?」
「え? あ、すみません。なんでしたっけ……?」
春臣さんが女じゃ勃……いや、衝撃的な言葉が飛び出してボーとしてた……。
ぐいっと一気にサングリアを飲み干す。
こんな飲み方して大丈夫なのだろうか?
でも飲まずにはいられない……。
「春臣は男前で優しいから誰だって惚れちゃうって話だよ。さくらちゃんも惚れちゃったんでしょ?」
「ま、まぁ、男前で優しかったら普通は好きになりますよ……」
「やっぱりそうだよね。況してや一緒に暮らし……」
「普通はそうでも私は違うんです! 確かに春臣さんは顔も良いし優しいし、それにお母様の頼みとは言え、こうして急に現れた私を快く受け入れてくれた訳ですから、凄く情の深い人なんだと思います。完璧ですよ、本当。春臣さんが人から好かれるのは当然です。昨日会ったばかりですが、私だって好きになりましたもん。でも私の好きは決して恋愛に発展しないんです。発展させちゃいけないんです。もう恋愛とかそう言うのは諦めてますから、私。だから惚れるとか惚れないとかじゃないから安心してください!」
何言ってんだろ、私。
なんか喋ってて盛り上がっちゃった?
「ふーん。さくらちゃんも相当こじらせてんだね? ま、とにかく飲みなよ」
「え? あ……」
冷めたトーンで言いながら、私の空のグラスにサングリアを注ぐ雅也さん。
なんか熱く語ってしまった感が恥ずかしい……。
これは飲まずにはいられない。
「ところで。安心してください、って誰に対して言ってたの? まさか俺?」
「そうですよ。雅也さんに決まってるじゃないですか」
応えながら手に持ったグラスを眺める。
なんだかサングリアの味がわからなくなってきたかも。
「なぁんだ。さくらちゃんは俺たちがゲイだって気づいてたんだ」
「へ? いや、そこまでは…………」
つい喋ってしまうこの感じ。
なんだろこの人。それともお酒?
このままだと余計なことまで喋ってしまいそうだよ……。
【あーあーあああああーあ、あーあーあああああー♪】
あ、蛍さんから着信だ。
グッドタイミング!
「ちょ、ちょっとごめんなさい……」
私は着信を理由に席を立った。
雅也さんは着メロに食いついてたけど無視だ。
【春臣視点】
「池谷さんがダメとかその前に、そもそもさくらさんとはそういう関係じゃないんだって……」
「信じられません。ハウスキーパーだったら一緒に住む必要ないじゃないですか」
なんでわかってくれないんだろう。
それより雅也とさくらさんの話が気になる。
でもここで話を終わらせてはくれないだろう。
この赤く据わった目の池谷さんが許しちゃくれない。
まあ、詳細を正直に話せばわかってくれるはずだ。
「そもそも同居する事になったのには理由があるんだよ」
「なんですか理由って」
不機嫌そうにワインに口をつける池谷さん。
それでも少しは話を聞いてくれそうだ。
「さくらさんは少し前にお母さんを亡くして、東京へ来るにも部屋探しどころじゃなくって……」
「だからって野咲さんの家に住む事ないじゃないですか」
聞いてくれそうだったけど出鼻から噛みついてくるし。
もう少し話させてよ……。
「まあそれもそうなんだけど、僕も知らなかったんだけど、ウチの母さんがそんな風に話をつけちゃったからなんだ。さくらさんは母さんを信じて北海道から出て来たんだし、聞いてないからって追い返せないでしょ? それにハウスキーパーの話だって、現にこうして料理を作ってくれてる訳だから嘘じゃないのは分かるよね? 一緒に住んでると言っても、要は住み込みのハウスキーパーなんだよ。実際給料から家賃を天引きする契約になってるしね。さくらさんはれっきとしたハウスキーパーで、男女の関係とかそう言うのじゃないんだ……ッ!」
【あーあーあああああーあ、あーあーあああああー♪】
びっくりした。
いきなり誰かが歌い出したのかと思ったら、さくらさんの携帯電話の着信音だった。
しかしこれ、誰の声だ?
「じゃあ野咲さんは女性も好きって訳じゃ……」
池谷さんはさくらさんの着メロに気を取られることもなく話を続ける。
「今はそういう事を言ってるんじゃなくて……」
「私には大事なんです!」
僕の言葉を遮って声を荒げる池谷さん。
なんか変な事言ったか?
「野咲さんは私じゃ勃たないんですか!」
「………………」
「私とはセックス出来ないんですか!」
「………………」
【さくら視点】
「あ、な、なんか変な時に電話しちゃいました?」
「い、いやぁ…………」
電話越しでも蛍さんには池谷さんの声が聞こえたみたい……。
そりゃ聞こえるか。
叫んでたもん。
びっくりしたよ、本当。
直球だもんね、ド直球。
「ま、まあ蛍さん的には最悪のタイミングかもですが、私的には最高のタイミングです……」
「そ、そうですか……。修羅場じゃない事を祈ります……」
とりあえずこのままキッチンに撤退だ。
もうパエリアも作っちゃおう。うん。
とにかく今はあそこに近寄らない方がいい。




