忠臣の裏切り
ー何故、こんなことに。
燃え盛る部屋の中で王妃はぼんやりと姫を見つめていました。この部屋に広がる火は姫が出したもの。暗殺者の1人が姫を掴み上げたその時に、姫の体から火が飛び出てきたのです。その暗殺者には火が移り、生きたまま焼かれていました。彼は仕方なく他の暗殺者に見捨てられ置いていかれます。王妃は肉が焦げる音がする暗殺者には見向きもせずにただ燃え盛る部屋に立っていました。
「王妃様。」
アイラが部屋にゆっくりと入ってきました。何故、助けを呼ばず、王妃を助けようともしないのか。
「しくじったのね。」
王妃はそんなアイラにゆっくりと話しかけましたが、アイラは答えません。
「私は幸せになりたかった。これではどうしようもないじゃない。今も楽に死ねずにいる。アイラ、あなたさえしくじらなければー。」
「依頼はなかったんです。あの暗殺者達は本物。私たちの一族はなんの関与もしていない。」
突如、アイラは口を開きました。
「そんなわけない!確かに私はあなたに依頼した。なのに、この惨状はなに?!」
「暗殺に失敗は許されないんです。信用第一ですから。ですから標的が殺せないなら、依頼者としくじった暗殺者ごと消します。王妃とてそれは関係ないことです。」
落ち着き払ったアイラとは対照的に王妃は必死でした。自分の生き死にが立場が下の人間に握られる状況に恐怖しています。
「私は、和の国の王妃よ。原因不明の死はすぐに暴かれる。あなたの一族も終わり。」
「なにか勘違いをしておられるようです。裏の世界に法はありません。王妃はそこに足を踏み入れた。自分だけ守られようなどと、虫が良すぎるのですよ。」
静かなはずなのにアイラの声には強い威圧感があります。暗殺者の家系ゆえのものなのか、アイラ本人の特性なのか。
「姫は今頃気持ちよく眠っていらっしゃるのでしょう。無垢な赤子ですから、自分の母親に殺されそうになったことも、殺そうとしたことも気がついていません。」
彼女は姫の元に行き、姫を優しく抱き上げました。すると姫の体の周りにうっすらと白いモヤが出てきます。
「霧のようにひんやりしている。姫は今頃何を感じているのでしょうね。」
「何故、私を助けようとしないの ?」
王妃は自分の体が焼かれていくことに気がついていませんでした。そして、自分が歩けないことを知った時の絶望は如何程か。彼女の美しい顔も苦痛で歪み、綺麗だったはずの声さえ掠れています。いつも長い時間をかけて整えている髪はぐちゃぐちゃ。誇り高い王妃の姿ではなくなっていました。
「神はこの姫を守れ、と言ったのでしょう。姫を害するものは始末しなくては。セージ、王妃をよろしく。もともと火は大丈夫でしょう ?」
アイラは付けていたイヤリングを外しながら言いました。すると、生きたまま焼かれていた暗殺者が起き上がり、ジリジリと王妃に近づいていったのです。
「何故。お前は焼かれていたはず。」
「冥土の土産に一つ教えて差し上げましょう。私の異能は言霊を使うことなのです。あなたには今まで記憶操作の異能と伝えていましたが、それは私の能力の一つでしかありません。相手の命まで左右することは出来ませんがまあ、これぐらいは。」
暗殺者はその身を焼かれながらも王妃に剣を向けます。しかし、剣を握る力はありませんでした。
「セージの剣はもうあなたを斬ることはできないようね。仕方ない、か。」
言霊は動きを誘導することはできますが、相手にその力がなければ操ることはできないようでした。アイラはまた王妃の方を見ました。
「助けて。」
王妃は泣きながら懇願します。死ぬと分かっていてもなお、得体の知れないものから逃れたいという思いが強いようです。
「苦しみながら死ぬのは嫌だなんて。でも、おかしいですね。和の国の人間は相手に殺されるぐらいなら自害するらしいのですが。それもただの噂ということかしら。」
アイラは王妃の手を取りました。そして彼女の目を見つめるとー。
「お役御免です。永遠におやすみなさい。」
王妃はその場に崩れ落ちました。アイラによって眠らされたのです。
「セージ、あなたもお疲れ様。火による痛みは消えたけどあなたはもう治らない。だからあなたも我が一族のところにいられない。そして、私の仕事は役に立たない暗殺者を処分すること。ごめんなさいね。」
アイラは躊躇することなくセージの剣を手に取り、彼を手にかけました。しかし彼女は顔色ひとつ変えません。もう一人の暗殺者はいつの間にか姿を消していました。
ーーセーラなら、まあいい。いつでも殺せる。彼女に暗殺の技術はない。ただの移動手段。
「仕事に戻らないと。」
アイラは外したイヤリングを付け直しました。そして、泣きだした姫をおいて城から出ます。燃え盛る部屋にはすやすやと眠る姫と、倒れた暗殺者しか残っていませんでした。