二人のドタバタ寸劇
えーと、確かエリーは水の中に布をつけて絞って、それをおでこにつけていたような。
俺は記憶を辿ってエリーがルエラにしていたようにする。
「ああ、レクター気持ち良いですわ。アナスタシアだった頃の事を思い出します」
そうか! それはよかった。
あとは‥‥‥
「ヴァーリャ、汗はかいてないか?」
「あ、汗ですか? いえ、かいてないです!!」
「??」
焦ったようなヴァレリアの物言い。汗をかいているのが恥ずかしいのか? 可愛いなオイ!
「ヴァーリャ、恥じる事はない。汗をかいてそのままにしておくと、余計に体調が悪化するからな(とエリーが言っていた)」
「う、うん‥‥‥」
俺は意気揚々とヴァレリアの布団を剥いだ。うお! なんだこの絶景‥‥‥ッは!?
「す、すまんヴァーリャ!」
驚いた。布団の下のヴァレリアの姿は下着同然だった。いや考えてみればそうだ! 普段ヴァレリアが着てるようなあんな革のピッタリとした冒険服で、革のピッタリしたズボンで、ゆったり寝られるわけがないだろ! 俺の馬鹿者!!
‥‥‥一旦落ち着こう。俺は王子だ。女の下着姿など見慣れているはずだ。
「ヴァーリャ、すすすす少し汗をかかかかかいてるから」
「どうすればいいんですの?」
あ、そうだわ! アナスタシアだった頃にしていたようにすればいいのよ!
「わわわわわ! 何をしているのだヴァーリャ!! お前は一応お嬢様だろう!?」
ヴァーリャは唐突に上半身部分の布団を剥ぐと、服をデコルテの部分まで脱ぎ始めた!
「? 前にもこんな状況になった事があったの。その時に女中がこうしていたから、この方がいいのかと思って」
俺は思わず手で顔を覆った。いや「この方がいいのかと思って」じゃなくて! どこに目を向けていいのかわから‥‥‥いや、落ち着け!? 俺は王子だ! 女の裸など‥‥‥。
俺はそう自分に言い聞かせてヴァレリアに目を向ける。
うおお〜! ヴァーリャの胸元が眩しくて見えない! いや見れない!
何故!? 他の女は平気なのに‥‥‥。ヴァレリアが婚約者で、特別だからか? いやラッキースケベな場面は何回かあったけど! こういう時とは何か違うというか‥‥‥
俺は目を逸らしながら恐る恐る布を汗をかいている部分に押し付ける。柔らか‥‥‥布越しでもわかるこの肌の柔らかさ!
待てよ、これわざわざ俺がやらなくても良いよね!? いやでも他のヤツにやらせるのはもっと嫌だ!
「レクター。そのくらい自分でやりますわ」
ヴァレリアが俺の手に触れ、辛そうな目を俺に向ける。
「ほら、見てくださ‥‥‥あら? 目の前がクラクラして、視界がぐるぐる回ってますわ」
「ヴァーリャ、無理はしない方がいい。俺に任せておけ」
なんの事はない。心を無にすれば良いのだ。そうだ! こういう時こそクソつまらん政務の事を思い出すのだ。俺はバルカの王子として記憶の片隅に追いやっていたクソつまらん帝王学やら外国語やらを思い出し、それらの単語を別の外国語に訳したり入れ替えてみたりして、出来るだけ意識しないようにヴァレリアの肌に触れた。
やはり熱いな。汗もひどい。
「ん‥‥‥」
ヴァレリア変な声をだすな! 落ち着け俺! 心を無に。心を無に!
「レクター、ごめんなさい。迷惑をかけて。看病させてしまって」
「ん? いや俺は平気だ。目のやり場に困ってるだけで迷惑だとは思わない」
そういえばヴァレリアは言っていたな‥‥‥虚弱な人は優しい人が怖いと。
【なんで私なんかに、なんでこんな弱い自分なんかに優しくしてくれるんだろうって。もちろん優しくされるのは素直に嬉しいわ。でも同時に泣きたくなるの。
申し訳なくてね。この人も、あの人も、こんな弱い自分に優しくするために、こんな自分の介護をするために、生まれてきたんじゃないのにって】
「‥‥‥」
そんな事、一度たりとも思った事はない。俺はヴァレリアが好きで、ヴァレリアの看病だって。俺が好きでやっているのに。
何故ヴァレリアは普段なら気にしない事を考えてしまうのか。もっと人を、俺を信じてくれよ。
「ヴァーリャ、俺を信じてくれよ。俺はヴァーリャが好きなんだ」
そう俺はヴァーリャが好きだ。今更何を戸惑っているのだ!? ヴァレリアの胸が柔らかいやら目のやり場がどうたらこうたらと‥‥‥
「‥‥‥レクター、嬉しいわ。レクターがそうおっしゃるのなら」
俺がそう言うと、ヴァレリアの瞳がパッと綻んだ!
「実は私、先程から汗で服が張り付いて気持ちが悪いのです。脱がせてくれませんか?」
ファー!! 予想の斜め上ェェ!! いやある意味予想通りだったけど?! 何それ何そのセリフ! 俺を信じてくれと言ったが信じすぎだから!! もう本当このヴァレリアの極端すぎるところ本当ヤダ!!
「レクター? 私は汗をちまちま拭くのが嫌なのですわ。それならいっそのこと裸になって‥‥‥。って、えっ??」
「えっ」
「レクター!// 嫌ですわ! まじまじとこちらを見ないでください!」
ヴァレリアは慌てて胸元を隠す。いや、今更?
「せめて目隠しをしてください!//いくらレクターが私の婚約者で、好きなお方と言っても! 裸を見られるのはまだはっ、恥ずかしいですわ!//」
「ぶはっ」
俺は思わず吹き出してしまった! 恥ずかしいとは? 今更ヴァレリアは何を言っているのだ! 今まで何度も恥ずかしい場面があったはずなんだが!? 布団を剥いだ時とか、自分から脱いだ時とか!
いや、俺もヴァレリアの事は言えないが‥‥‥
「わかったヴァーリャ。背中をこちらに向けて、布団は被ったままでいいから。布団の中で脱がせてあげるから。それで良いだろう?」
今思いついたんだが我ながら良い案だ!
「あっ。それなら平気ですわ! 布団の中でしたら‥‥‥」
ヴァレリアは心底ホッとした様子を見せた。先程まで「脱がせて」と言っていたのに。自分がどれほどおかしな事を言っていた事に気付いていなかったのか? いや、ヴァレリアなら充分有り得るな。
俺は先程のヴァレリアのセリフを思い出してまた笑ってしまう。大丈夫だヴァレリア。この間大人になったばかりのまだ16の少女に、ましてやまだ結婚もしていないのに。俺が手を出すはずがなかろう!(何度か危なかったが)
‥‥‥まだ16歳か。真面目に考えると本当危なかったな色々と。
「レクター」
「んー?」
ヴァレリアは俺に背中を向けたまま話しかける。
ちょっと脱がしにくいか? まぁでもこのくらいちょっと魔法を使えば何とかなるか。
とかなんとか俺が考えていると
「レクター、私幼い頃一度あなたに会った事があるんですのよ」
「えっ?」
俺は布を落としそうになった。
「私も気づかなかったのです。私がレクターに会ったのは、まだ私が幼くて、レクターが王子だって事を知らなかった頃」
ヴァレリアの幼い頃、という事はまだ体がアナスタシアだった頃か。
「あの頃の私は体調が良くなると、少しでも熱が下がるとすぐ外に出て遊ぶほどおてんばだったの。その時にお会いしたのが、王子だったのです」
まさか私も知りませんでしたわ。従者も何も付けておらず、あの身分の高そうな少年が、後に王子になるお方だったとは‥‥‥
ヴァレリアは懐かしそうにそう言うと、昔話をし始めた。
なんかこの二人可愛いんですよね。ジタバタ具合が。




