懐かしい夢
アデルの件がひと段落して、レクター王子たちはひとまず別荘に戻る。レクターは懐かしい夢を見て目を覚ますのだが‥‥‥
「王子、いい加減お嬢様方にお声掛けくださいよ。ずっと頭を下げたままで可哀想ですよ」
「ん、ああすまん」
レクター王子が15歳の時。婚約者候補の女性が集い、王子がその中から自分のタイプの女性を選び、うまく運べばそのまま婚約しようという儀式が緊急で行われた事があった。
王子が、「俺は婚約などしない。女は事足りてる。めんどくさいから婚約者もいらない。ハンニバルが適当に選んで結婚すれば良いだろ」という王子の厨二病的な言葉を耳にしたシリウスが無理矢理決行したのだ。
王子は退屈そうに読んでいた本から目を上げた。
「顔をあげよ」
王子の一言で顔を上げる女性たち。
ふーん、まぁみんな俺の婚約者候補だけあって美しい女性が揃ってるな。
特にあの黒髪の‥‥‥。誰だっけ?
「アナスタシア様ですよ」
横に控えていたシリウスが耳打ちしてきた。
「アナスタシアか。へぇ‥‥‥。黒髪に黒い瞳とは珍しい」
呼ばれたアナスタシアはしずしずと王子の前でお辞儀をした。
少し顔色が悪いな‥‥‥。体も貧相で今にも倒れそうだな。大丈夫なのか?
だが、この黒い瞳の奥に見える意思の強さ。興味深い。
アナスタシアを下がらせ、王子は他の女性に目を向ける。
ん? あの色はなんだ?
燃えるような緋色の髪に、ギラギラした紫の瞳。その視線の先を見ると忌々しげにアナスタシアを見ていた。
このような場で、あんなに敵意を剥き出しにするなど‥‥‥。なるほど品のない女だ。
それにあの瞳の色。あれは悪魔の色じゃないか。
「王子、ヴァレリア様が気になるので?」
「ん? ああいや、紫の瞳が気になって見ていただけだ。呼ばずとも良い」
「そうですか‥‥‥」
あの紫の瞳の少女はヴァレリアというのか‥‥‥。まぁ俺は絶対にあの少女と関わることはないな。あの紫の瞳、不気味だ。
「ハァ、もう良い。あとは適当にやってくれ。俺は他の輩と違って暇ではないのでな」
「あっ、王子! まだ」
ハァ、シリウスのやつしつこいな‥‥‥
「全員の顔は覚えたから行っても良いだろう。あとは適当にシリウスが見繕ってくれ」
「そんな無理ですよ!」
その後‥‥‥
「おいシリウス! 何故あの紫の瞳の少女がいるのだ!? お前はあの紫がどういう色かわかっているのか?」
「ええ〜‥‥‥。そ、そんなことを言われましても‥‥‥。王子が適当に見繕えという御達しだったので。それに不気味でも、一度は王子が気にされたお方なので」
「はぁ、そんなもんかね。俺はただあの色が忌々しくて見ていただけなのだがな! まぁいい。これから俺はあの紫の瞳の少女とはバルカの宮殿では会いたくない。奥に引っ込めておけ!」
「承知致しました」
こうして何もしていないのにヴァレリアは宮殿内には入れなくなり、王子には学園と儀式以外会えないという状況になった。
レクター王子15歳。
アナスタシア、ヴァレリア共に13歳の出来事であった。
* * *
その夜、レクターとヴァレリアとニーズヘッグは一旦レクターの別荘に舞い戻ってきていた。
レクターは自室でパチクリと目を覚ました。
「‥‥‥。またずいぶんと懐かしい頃の夢を見たな」
あの頃は厨二病全開で、シリウスに迷惑をかけっぱなしだったな。今もそうだけど‥‥‥
バルカ城はどうなっているだろうか? ニーズが言うには、今は親父が政務を担っているようだが‥‥‥。いやそれは俺も親父に直接聞いたから知ってるんだが、国王に返り咲いたのか? 親父はああいう事は嫌だったはず‥‥‥。
俺はひと息ついた。
まぁ一応親父にも魔剣がいるのだし、それにオシリスから聞いた話では今は親父のそばにフランシスがいるようだし、問題はないか! うん、問題ない!
‥‥‥。それにしてもヴァレリア、あの時にはまさかこんな事になるとは思わなかった。
まさか自分があれほど忌々しいと思っていた紫の瞳に、これほど魅入られてしまうとは。
今ではヴァレリアのいない世界は考えられない。
「ハァ、ヴァーリャ。会いたいな」
「レクター?」
気のせいかな‥‥‥。ヴァーリャの声が聞こえる。
「レクター! 私レクターに会いたくて来てしまいましたわ。ほら、窓の外を見てレクター。なんと見事な月でしょう!」
え‥‥‥
「この見事な月をレクターと一緒に見たくて来たのですわ」
俺の目の前には月に照らされた女神‥‥‥。じゃない!ヴァレリアがいた。
「あははは! レクター! なんてお間抜けな顔をしているんです」
ヴァレリア‥‥‥。夢にまで見た。美しい紫の瞳がキラキラ輝いて、ほころんで‥‥‥
「ヴァーリャ」
俺はたまらなくなってヴァレリアをこの腕に抱きしめていた。
ああ〜、柔らかい! いい匂い! あっちこっちにほっちらかってる寝癖さえも愛おしい!
俺はスンスンとヴァレリアの匂いを嗅ぐ。
「まぁ、お下品ですわレクター! まるで変態ですわよ」
「好きな人の前では男はみんな変態になるんだよ」
ムラムライライラ〜!
あかん! このままでは俺のムラムラゲージが溜まってしまう!
「ヴァーリャ、すまん。確かに今のは変態みたいだったな」
俺はヴァレリアから慌てて体を離し、姿勢を正した。
「え‥‥‥」
「見事な月だ‥‥‥。教えてくれてありがとう」
「そ、そうでございましょう??」
そう言ってヴァレリアは、俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
やばい! また胸が当たって変な気持ちになってしまう!
俺はその腕をサッとかわし、行き場を失ったヴァレリアの手を繋ぐにとどめた。
「え‥‥‥」
「会いに来てくれてありがとうヴァーリャ。俺も会いたくて眠れなかったんだ。ハハッ」
「レクター。私あなたに何かしましたか?」
「えっ??」
困惑して自分でもびっくりするほどおかしな声が出た。何故? ヴァレリアが俺に何かしたとはどういう事だ? 俺が勝手に変な気持ちになっているだけでヴァレリアは何も‥‥‥
「だって、いつものレクターなら私が腕を組んでも離したりはしなかったんですもの」
えっ? ひょっとして俺が今ヴァレリアの腕を離した事を言っているのか? それで心配そうに俺の顔を見ているのか? えっ可愛い〜好き! なんと愛おしくて可愛いんだ!
「ヴァーリャ!! なんと愛おしくて可愛いんだお前は!」
思わずまた抱きしめてしまった! うおおお〜! こんな事をしたらまたムラムラするだけなのに! 俺の馬鹿馬鹿馬鹿!
「レクター‥‥‥」
そう呟いたヴァーリャが俺の胸に頬を擦り付けそうになった! やめろヴァーリャ! それ以上俺を惑わすな!
「ヴァーリャ、今宵はよく冷える。あったかくして寝るんだぞ。部屋まで送るよ」
脳内から欲という欲を追い出してやっとの思いでヴァレリアの体を引き剥がして、引きつり笑顔を作りながら言う。
「え‥‥‥」
体を離すと残念そうな顔でこちらを見上げるヴァレリア。いや、そんな顔をしないでくれヴァーリャ。俺はお前が好きすぎるだけなんだ!
俺はなるべくヴァレリアと目を合わせないようにして、ヴァレリアを部屋に送る。
「じゃあ、また明日」
「あの、レク‥‥‥」
ヴァレリアが何か言いかけたのを無視して無理矢理頑丈な扉を閉める!
シーンとした冷たい静寂が心に突き刺さる。
「‥‥‥クソッ、」
俺だって、ヴァレリアに触れたい! でもいい加減我慢の限界なんだ! 俺にしては初めの頃の傍若無人な振る舞いからずいぶん成長した!
「ハァ、でもどうしようか‥‥‥。ヴァーリャを傷付けたくはないのに。時々めちゃくちゃにしてやりたくなる」
それというのもヴァレリアが無意識にあんな事やこんな事をしてくるからだ!泣
(レクター‥‥‥。やはり冷たい感じがするわ。私が気づかない内に何かした?)
ドキドキとヴァレリアの心臓が高鳴る。いつものようなトキメキとは違う。嫌な感じに高鳴っていた。
何故、いつもは何も気にせずに抱きしめてくれるのに‥‥‥
締め切った窓から冷たい風がヴァレリアの腕を通って行ったような気がした。
この二人は婚約してるのに今更何やってるんですかね。こんな話前にも書いたような気がす(ry
いじいじさせる二人が大好きです。
超スローペースですが更新しています。
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