アーサーとグレース
アデルが一人残ってアーサーと対峙している事を知ったサラスィアはアデルの元へ向かい、そのあとをニーズヘッグ(ヴァレリア)は慌てて追いかけるのだった。
『お前お前お前! ストップストップストップ!!』
ヴァレリアと同化したニーズヘッグがサラスィアの腕を掴む。
『まぁ〜サラスィアちゃんの腕! すべすべでもちもちですわ!』
ニーズヘッグと同化したヴァレリアが感嘆の声をあげた。
『な、なんじゃお前! ニーズが出て来たと思ったら引っ込んだりして。口調をどっちかにまとめた方がいいんじゃないのか? ごちゃごちゃして分かりにくいぞ!』
サラスィアは呆れて思わず歩を止める。
『まあまあいいじゃないかその辺は。それよりお前、何の作戦もなく突入してどうする気だ?? それとも何かあるのか?』
『ない! だがアデルはワシを妹の幼い頃に似てると言っていた! できれば力になりたい! 放っておけんのじゃ!』
『だからってお前〜。そんな感情だけで突っ走っても何もできないだろうに』
今度はニーズが呆れたように肩を竦める。
『あ! 言い忘れておったがワシは戦闘力が皆無な代わりに、変身する能力をもっているのじゃ! 時間に限りがあるがな! あの父親はアデルに聞いたところどうやら死んでしまった嫁に固執するあまり、ちょっとおかしくなってしまったそうじゃ! ちょうどヴァレリアもいる事だし‥‥‥」
『おお! それ結構いい能力じゃん! それでそれで? なんかいい作戦思いついたのか??』
『うん! 我ながらなかなかいいと思うのじゃ! 耳を貸せ! ニーズヘッグ!』
ゴニョゴニョゴニョゴニョ‥‥‥
* * *
「親父、親父は俺たち双子が本当に生まれて来なければ、母さんは死ななかったんだと思っているのか?」
「ああ、今でも思っているよ。お前たちの母グレースは、お前たち双子を産んで死んだ。お、お前たちのせいで‥‥‥。お前たちのせいでグレースは!」
アーサーがアデルにナイフを向ける!
アデルは目を見開いた。
まさか本当に!? 親父は俺を殺す気か?? 自分が愛した女性の子供を?
「何でだよ! なんでだよ! 親父!」
アデルは泣いていた。
俺は希望を捨てたくなかった。親父はたとえ狂ったと言っても、少しは良心が残っていると信じたかった!
「何でだよ! 親父ィィ!!」
アデルは泣きながらナイフを避ける。アーサーは何の躊躇もなく、アデルに狙いを定めている。
「アーサー」
ふと、アデルの後ろから声が聞こえた。
これは、この声は聞いた事がある。俺たちの‥‥‥。母グレースの声だ。生まれてすぐに旅立ったが、俺たちの名前を呼んだ事を今でもハッキリと覚えている!
(アデル、ルエラ‥‥‥。私たちの子よ。見て)
『アーサー』
「あ、ああ‥‥‥。グレース」
カシャンと音を立てて、アーサーが持っていたナイフが落ちる。
アデルは恐る恐る振り向いた。そこには‥‥‥。にっこりと微笑む母グレースの姿があった。
な、なぜ!?
「アーサー。ずいぶん寂しい思いをさせてしまってごめんなさい」
「おお! グレース!」
アーサーは泣きながらグレースを抱きしめた。
グレース! 本物だ! このぬくもり! この香り! この声! 銀色の艶やかで長い髪の毛‥‥‥。何もかも!
アデルはその様子をポカンと口を開けて見ていた。
「グレース! どうして俺を残して逝ってしまったんだ!! お前がいない世界はいつも暗くて、まるで地獄のようだった!」
グレースはアーサーの問いには答えなかった。
「アーサー。私が現れたのは、貴方を止めるためよ。私たちの子どもをどうにかしようとしてたでしょ? そんな事しちゃだめよ」
あ‥‥‥。
「目を覚ましてアーサー。アデルとルエラは、私たちの子どもよ」
ああ! 俺はなんてことを考えていたんだ!?
グレースはアーサーの様子を見ながら口を開いた。
「‥‥‥。私にはあまり時間がないの。でもずっとずっと貴方が来るのを待っているから。私の愛するアーサー」
ふとグレースの足元を見ると、グレースの足元は消えかかっていた。
「グレース! お前はまた消えてしまうのか!? 俺を残して!」
グレースにしがみつくアーサーの手がわなわなと震える。
「アーサー、落ち着いて。私は先に旅立つだけ。また会えるわ。そしてその時には今度こそずっと一緒よ。私は一足先に行って、そこで待っているから」
「グレース! 俺も連れて行ってくれよ!! なぁ!」
その言葉にグレースは悲しそうに首を振る。
「アーサー‥‥‥。それは無理よ」
「グレース! じゃあせめて昔みたいに、俺の髪を撫でてくれよ‥‥‥」
グレースはほとんど消えかかった手でアーサーの髪にそっと触れた。
「お、おお‥‥‥。グレース!」
本当はわかっていた。泣いても喚いても、アデルとルエラを殺しても、グレースは戻らない事を。
グレースのこのぬくもりも、この声も聞こえない事を。
「‥‥‥。会えてよかったよ。グレース」
グレースはその言葉に無言で頷き、微笑んだ。その微笑みはやがてかすみ、完全に消えてしまった。
「グレース!」
アーサーは思わずグレースが今居たであろうところに手を伸ばした。
手のひらに残ったのはほんの少しのぬくもりだった。
グレース‥‥‥。会いに来てくれたのか。それとも女神オリビアが、会わせてくれたのか?
【目を覚ましてアーサー。アデルとルエラは、私たちの子どもよ】
ああ、俺が間違えていたよ! グレース。ありがとう。目を覚まさせてくれて‥‥‥。あと少しで俺はとんでもない罪を犯すところだった!
「お、親父!!」
アデルの呼ぶ声にアーサーが顔を上げた。
「親父? だ、大丈夫なのか? 母さんは‥‥‥。あれはまぼろしだったのか?」
アーサーは初めてまっすぐに息子の顔を見た。
俺に似たボサボサの黒髪、ルエラの寿命と引き換えに捧げたという片目の眼帯、ルエラとグレースにそっくりな赤い瞳。
ああそうか、アデルとルエラは、俺とグレースの子供だった。ボサボサの黒髪は剛毛で、どうセットしても決まらないのは俺にそっくりだ。
俺は一体何をしていたんだろう。グレースが旅立ったのを子供のせいにして。そしてその子供は、さっきまで自分を殺そうとしていた人間の事を、まだ父と呼んでくれて、その上心配までしてくれて‥‥‥
こんな人間を。まだ父と呼んでくれる。
俺は目頭が再び熱くなるのを感じた。
「‥‥‥。お前も見ただろう。俺は情け無い事に、たった今グレースに会うまで正気を失っていた。自分が情けないよ。きっと、女神オリビアが見かねてグレースに会わせてくれたに違いない」
「‥‥‥」
「あ、と。それから‥‥‥」
アーサーはアデルの方にしっかりと顔を向けて口を開いた。
「色々とすまなかった! 今まで酷い事ばかり言って!‥‥‥」
そう言ってアーサーは頭を下げて来た。足元を見ると、水滴がポタポタと床に垂れていた。アーサーの涙だった。
「‥‥‥。も、もういいよ。親父も、苦しかったんだろう」
きっと、俺以上に。いや、そもそもこんな事比べることじゃないんだ。
俺たちは傷つき、傷つけて、お互いに充分苦しんだ。傷つきあった。寂しかった。悲しかった。
恐らくグレースが旅立った時から、止まっていた時間。その時間は取り戻せないけど、少しずつ‥‥‥
「いい方に進むといいな」
(進められるわ、きっと今の貴方達なら大丈夫)
* * *
『いや〜それにしてもなかなかキモかったなあいつの親父! 俺様にしがみついて泣きながら髪撫でてくれって、ゾッとしちまったよ! 耐えたけど!』
「あら、そんな事があったんですの?? 私は体を貸す事しかできなかったから覚えていないの」
『ワシもサイズがもう少し小さかったらグレースに変身できたんじゃがの。どうやらこの体になってからサイズが小さな奴にしか変身できなくなったようじゃ。なんと口惜しい!』
※サラスィアは小さいのでヴァレリアの体を借りてヴァレリアをグレースに変身させて、外から様子を見ていた。
『それにしても俺様名演技じゃね?? グレースの事サラスィアにちょっと聞いただけの割にうまかっただろ? な! ヴァーリャ!』
褒めて褒めて〜! とニーズヘッグが頭を突き出す。その頭をヴァレリアが撫でくりまわす。
「よしよし、ニーズヘッグ今回も大活躍でしたわ! それにしても大丈夫かしら? アデルとそのお父様は?」
ニーズの頭をわしゃわしゃと撫でくりまわしながらヴァレリアが聞いた。
『まぁあの様子を見るに何とかなるじゃろ。アーサーを見ろ。まるでつきものが落ちたように人相が変わっとる』
サラスィアは窓からアーサーの様子を見てそう言った。
『あいつら見てると人間の愛ってやつの偉大さがよく分かるなぁ。長年生きて来たけどまったく不思議だぜ。サラスィア、頃合いを見計らってアデルを呼んでこいよ』
「あら、ニーズはもうわかってるじゃないですか。私の事を愛してるでしょう? 私もニーズの事、愛してますわ」
そう言ってヴァレリアはそっとニーズヘッグの頬に口付けた。
『うわばばば!! やめろやめろヴァーリャ! こんなところ王子に見られたらどうす‥‥‥』
言いかけてニーズヘッグとヴァレリアの目が合う。
「そういえばレクターはどこに行ったのかしら? ルエラを抱えていたから‥‥‥」
その頃オシリスの酒場では、レクターが抱き抱えて来たルエラに、エリーが青い薔薇を煎じたお茶を飲ませていた。
アーサー何とか目覚めてよかったですね。
愛の力って本当に偉大ですね。
いや〜この章は本当に苦しみました(笑)。アデルがなかなか私にとっては厄介なキャラクターだったので。書きながら模索しながら書きながらでした(?)
忘れられてるレクター王子ワロタ
ここまでお読みくださってありがとうございました。




