悲しき少女との出会い
サラスィアが裸足でいることに気づいて焦るアデル。
何かを履かせようとしたアデルに、仕方なさそうにサラスィアは口を開くのだった。
『なんじゃそんな事。ワシに任せるが良い! うまい飲みものをくれたお礼じゃ。お前の家を教えてくれ!』
アデルは少し微笑んでサラスィアの頭を撫でた。お、なんじゃコイツ。だから子供扱いすんなってのに!
「ふふっ、頼りになるよ。でも大丈夫だ。これは俺たち家族の問題だから、俺が何とかするよ」
『むむ〜!! このワシがなんとかしてやると言っているのじゃ! 人間は大人しく悪魔の言うことを聞くのじゃ!』
そう言うとサラスィアはカウンターにあぐらをかいた。
ふとアデルがあることに気づいて慌てて言った。
「サラスィア! お前裸足じゃないか。寒くはないのか!? な、何か履くものを! 靴かなんかないか?」
アデルがバタバタと焦る様子を見てサラスィアはため息をついた。
『はぁ〜。アデル落ち着け。ワシが裸足なのには理由があるのじゃ。それにアデルに協力するのはワシがそうしたいのじゃ。なんせ、人間にこんなに優しくされたのは、初めてじゃったから』
理由? 初めて? アデルはサラスィアの話を聞く為に席に戻った。
ワシがあの山にいたのは、大戦が終わっても、うまくその後の世界に溶け込めなかったからじゃ。それにワシは、ニーズヘッグやフレスベルグのように飛ぶことができなかった。その場から離れようにも離れられなかった。
ワシは最初のうちはあの山にはおらんかったんじゃが、悪魔だったワシは人間たちに疎まれていたので、あっという間に人間たちにあの山に追われたのじゃ。
そうして仕方なく細々と暮らしていた時、ワシと同じように、故郷を追われていた一人の少女に会ったのじゃ。
少女はある貧乏貴族の不義の子らしくての。ワシが見た時にはすでに少女は息も絶え絶えで、少女の命は今まさに尽きようとしていた。
ワシはその様子に自分を重ねてしまい、つい声をかけたのじゃ。
『おい、お前。死ぬのか?』
「‥‥‥」
少女は答えない。この寒さで喉が凍り付いていたのじゃ。ワシは魔力を使って、少女の声が出るようにした。今となっては何故あんなことをしたのかわからんが、この少女が今際の際に何を言うのか、ただの好奇心だったのかもしれん。
「あ、あたしは‥‥‥。ビジュヌの、サラスィア」
ビジュヌとはこやつの住んでいた領地の名前(今はとっくになくなっている)だった。
「あ‥‥‥。たしは、不義の子。生まれてきちゃ、いけなかったの」
お母さんが、あたしを産んで。あたしを残して、お母さんは死んだ。その後にお父さんがあたしの体を蹴りながら『お前は生まれてきちゃいけない子だ』って。『お前は悪魔の子だ』って。
あの時のお父さんの顔、悪魔みたいだった‥‥‥
サラスィアのその言葉に、悪魔にはないはずの感情が一気に湧き出た! この感情は何じゃ?
とても悲しくて、寂しくて‥‥‥
「生まれてきちゃ、いけなかった。望まれてなんか‥‥‥いなかった」
サラスィアはその言葉を残して、やがて死んだ。裸足のままで。サラスィアはよく見ると雪山にはとても耐えられないようなぼろぼろの布きれ一枚だけ着ていた。
サラスィアの足やら顔は、すでに凍傷で紫に変色していた。
まだ体温が少し残っているサラスィアの頬にそっと触れた。
【あ‥‥‥。たしは、生まれてきちゃ、いけなかったの】
『そんなこと。ないじゃろ』
【生まれてきちゃ、いけなかった】
生まれてきちゃいけないなんて‥‥‥。望まれてなかったなんて。そんなこと‥‥‥
『サラスィア、お前はまだ生きるべきじゃ。まだこんなに小さいのに。絶望を抱えたまま死ぬこともなかろう』
ワシはサラスィアの頬を撫で続け、そう言い聞かせた。とっくにサラスィアは死んどるのにじゃ。
ーーーーワシも、もう疲れたな。
誰からも嫌われて、疎まれて。生きるのに疲れた。サラスィア、ここで会ったのも何かの縁じゃ。死ぬのなら一緒に連れて行ってくれ‥‥‥
『そして目が覚めたらワシはサラスィアの体に! 中身は悪魔のラタトスクになっていたのじゃ! ははは! どうやらワシはサラスィアを生かしたいあまりに、サラスィアに魂が宿ったらしい! 凍傷は消えて、可愛いらしい少女の体を手に入れたのじゃ! サラスィアもさぞ喜んでいることじゃろう!』
サラスィア‥‥‥。ルエラ!
何も言わずいきなりアデルがサラスィアを抱きしめた。
『はわわわなんじゃアデル! お前やっぱりロリコ‥‥‥』
「サラスィア‥‥‥。お前が裸足のままなのは、そういう理由があったのだな」
『ん‥‥‥? うん。そうじゃ。サラスィアが生まれてきた証を、なるべくそのまま受け入れたいのじゃ』
もうサラスィアの肉体は死んでるけど。ここまで生きた証を残したくて。
『なんとなくその方がいいと思ったのじゃ。サラスィアに会ったのは一瞬だったけど‥‥‥』
こんな小さな子が‥‥‥。ルエラよりも小さな子が、無念のまま死んで。
【生まれてきちゃ、いけなかった】
ルエラよりも小さな子に、そんな言葉を言わせて。どんなにかサラスィアは無念だっただろう!
アデルの胸にふつふつと湧き上がる感情。怒りとも、悲しみとも。なんとも言えない感情が湧き上がってきた。
「わかった。サラスィア! 行こう。今こそルエラに薬草を与え、あの狂った親父から離れよう!」
『うん! やっとやる気になったな! アデルかっこいいぞ!』
サラスィアとアデルはどちらかというでもなく拳を突き合わせた!
トンッ!
「アデル、その前にこのお茶を飲んで行ってくださいね。青い薔薇を煎じたお茶です。まずは貴方の体調を回復しないとダメですよ」
いつのまにかセクメトを抱っこしたエリーがセクメトをあやしながら降りてきていた。エリーは二人の盛り上がりには全く触れず、冷静に言い放つ。
エリーは青い薔薇を煎じたというお茶を差し出した。
「一気に飲み干してくださいね!」
ニッコリと笑ってエリーは再び立ち去ってしまった。どうやらセクメトを連れて庭に出るようだ。
「ああ、ありがとうございます!」
アデルの目の前には青々としたお茶。アデルはエリーの言う通りグッと飲み干した!
「ま!! まずいぃぃぃぃ!!!!」
アデルの人生初じゃないかというくらいの大声が酒場中に響いた!
サラスィアの名前の由来、裸足の理由には悲しい事情があったんですね( ;∀;)
何かに火がついたアデル!無事父アーサーからルエラを救うことはできるのか!?
そしてヴァレリアとレクターはついていくのか!?
ここまでお読みくださってありがとうございました。