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ヴァレリアとアナスタシア  作者: 杉野仁美
第四章 新しい仲間
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青い薔薇の悪魔

装備も整って、再び歩き出したアデル。

相変わらず無言だが、その歩みは先程よりもずっと遅い。その姿を見ながらレクターはヴァレリアに‥‥‥

 

「なぁ、ヴァーリャ。さっきの話なんだけど」


 俺は再び歩みを進めたアデルについて行きながらヴァレリアに話しかけた。


「なんですの? レクター?」


「さっきの、俺だってそんな事思ったりしないからな! だとえヴァーリャが突然虚弱になっても、人生を無駄にしたとは思わない! アデルを見ろ。あいつは本当に見返りも無しに妹のために全身怪我だらけになってまで、薬草をとりに行っている! あれが見返りを求めているように見えるか!?」


 俺はそこまで言ってハッとした。いつしかユーリが言っていたヴァレリアの『無償の愛』とは、こういう事だったのか。


 病気の妹のために、傷だらけになりながらもアデルは必死になっている。俺ももし、ヴァレリアが病に倒れたら同じ事をするだろう。


「俺も見返りを求めない無償の愛で、お前を必ず助ける‥‥‥」


 相変わらず歯の浮くようなセリフをペラペラ話すレクター。


「もぉ、それは分かってますわよ!//分かってますから! それに今の私と昔の(アナスタシア)は違いますわ。さっきのは思い出して言っただけです!」


 俺たちがそんな寸劇を繰り広げていると、しばらくしてアデルが足を止めた。


「見つけた‥‥‥」


 そう言ったアデルの足元には、一面に咲き誇る薔薇の庭があった。青、青、青! 見渡す限り青一色の薔薇が広がっていた。


「おお! 雪山にこんな場所があったとは! なんと幻想的な‥‥‥」


 レクターが思わず感嘆の声を上げる。


「‥‥‥」


 アデルが無言で青い薔薇を摘もうと短剣を取り出した! 俺は嫌な予感がしてその手を止めた。


「待てアデル! こんな貴重な薬草が何の条件も無しに自生するわけがない」


「条件‥‥‥? 例えばどんな」


 アデルは真っ赤な目を血走らせて、一刻も早く目の前の薔薇を摘みたいようだった。むせかえるような薔薇の香りがそうさせるのか。確かにこの薔薇は人間を惹き寄せる香りを放っていた。


「この薔薇は罠かもしれない。例えば薔薇を引き抜いた途端に、摘もうとした薔薇に食われてしまうとかな」


「‥‥‥っ! 足元を見てレクター!」


 ヴァレリアの声で気がついた。俺たちの足元に生えている青い薔薇を見ると、犠牲になった奴らの血が花びらに赤黒くこびりついていた。恐らくこんな雪山に生えている青い薔薇の香りに引き寄せられた者の犠牲になった人間のものだ。


 (ある)いはこの薔薇の効能を知り、摘みに来たアデルのような人間の‥‥‥


 よく見ると青い薔薇の生えているそこら中に、そんな光景が広がっていた! 先程まで幻想的に見えた光景が途端に暗く、陰気なものに見えた。


「気が付いてよかったな。アデル。その短剣はしまった方がいい」


 薔薇についた血液を見てアデルの顔がサーっと青ざめる。先程まで血走っていた目はもう元に戻っていた。


「あ、ああ。すまない。おかげで助かった、ました」


「レクター、アデル! そこから離れて」


 ヴァレリアの紫の瞳が濃く、ギラギラと輝きを増していた。ニーズヘッグも毛を逆立ててグルルと唸り警戒している。


「悪魔がいる!」


「悪魔? こんなところに?」


 アデルが不思議そうに呟いた。俺は咄嗟にアデルを俺の後ろに追いやり、ヴァレリアと同じように目を凝らす。


 レクターの目が金色に変わり、金色のオーラを放出する! 確かに悪魔の気配がする。


「ヴァーリャ、俺の後ろに。アデルはエリーのところまで下がれ」


『ほほほ、ワシの存在によく気付いたのぉ。そなたたちは何者じゃ?』


 ゴゴゴゴ‥‥‥


 音がする方を振り向くと、岩の巨人(ゴーレム)を従えた少女がいた。いや、正しくは少女の見た目をした悪魔がいた。


 少女の見た目の悪魔は、銀色の長い髪にシンプルな白のワンピース。血色の悪い白い肌に悪魔らしいとんがり耳。そして紫の瞳。紫の邪悪なオーラが漏れていた。


『何じゃ、前の奴と比べてずいぶん若い人っ子じゃの。ワシはサラスィアじゃ。歳はもう数えとらんが、この地に住んで長いぞ。この青い薔薇には人間にとって栄養価が高い万能薬らしくての。ワシはここにとどまってこの薔薇を取りに来た人間の血肉を喰らって生きて来たのじゃ、ガハハハ』


 サラスィアという悪魔は聞いてもいないのにペラペラとよく喋ってくれた。おかげでこの悪魔の目的がよくわかった。


『それでお前らの目的は何じゃ? やはりこの薔薇か? この青い薔薇はいいぞ。好きなだけ持っていくがいい。その前にワシが全員食らうがな! お前らは皆美味そうじゃ。特に金色の目のお前!』


 そう言ってサラスィアが指差したのはレクターだった。


美味(うま)そうじゃのぉ〜』


 サラスィアは紫の邪悪な瞳をギラギラさせてレクターに狙いを定めると、片手の爪を伸ばしていきなりレクターに向かってきた!


『お前だけは特別にこっちから食ろうてやる!!』


「私のレクターにそんな事はさせないわよ! ストゥルルエッダ!」


 え‥‥‥


『は? 何じゃ!?』


 サラスィアがレクターに伸ばした手を、悪魔化したヴァレリアが素早く握り、そのまま逆方向に曲げた!


 ボキボキッ!


『ぎゃあああ! 痛いのじゃ! 何をする!!』


「ヴァーリャ! ニーズヘッグ!」


 レクターが焦ってヴァレリアの方を見る!


「‥‥‥! ヴァーリャ!」


 レクターの目の前には、悪魔化してドラゴンの翼を生やしたヴァレリアがいた。ギラギラと紫の瞳を輝かせて。


(ヴァーリャ? 笑っている?)


 驚くべき事に、ヴァレリアの口角にはうっすらと笑みが浮かんでいた。まるでこれから始まる戦いに浮き足だってワクワクを隠しきれない子供のように! 何故、いつものヴァレリアはこんな事はなかった。


『うははは! 久しぶりの悪魔化で何だか気分がいいな! レクター、ここは俺様に任せて下がりな!』


「ヴァーリャ! 俺の事は心配するな、それよりアデルを」


『いいの! 今日は俺様がやるの! 久しぶりの戦いだ。好きに暴れさせてくれよ!! ガハハハハ!』


 ヴァレリアは完全にニーズヘッグと同化して、本来の悪魔の素性が表面化していた! なんと、しばらく悪魔化していなかった事の反動か??


『それにいくらレクターでも、少女の見た目の悪魔は少し躊躇するだろ!! その点俺様は何も感じないしなぁ』


 俺はチラッとサラスィアの方を見た。なるほど‥‥‥。確かにそうだな。いや本当はどっちでもいいんだけど‥‥‥


 まぁヴァーリャが【主にニーズヘッグだが】そうしたいというのならいいか? 見たところ、あの少女のような悪魔と戦ってもニーズで勝てそうだしな。  


「わかった。今回はお前に譲ろう。ニーズヘッグ」


 レクターはアデルをエリーのいる場所まで引き下がらせ、万一の時に備えて二人を庇うようにして立った。


 サラスィアは片手をダメにされた怒りで震えていた。


『おのれ、何じゃお前は! 悪魔か!? 人か!?』


『俺様は悪魔と人間のハーフだよ! お前も俺様と同じく長生きしてきたんだろう? 少しは楽しませてくれよ!』


 悪魔‥‥‥。ワシと同じか?? この女。でもさっきまで全然そんな感じはしなかったが?


『お前、悪魔のほう。名前はなんという?』


『ん? 俺様? 俺様は【ニーズヘッグ】だぜ〜! 長生きしてる悪魔なら名前くらいは聞いた事あるんじゃないのかぁ? まぁ俺様はお前のこと何も知らんけどな!』


 ニーズヘッグ‥‥‥?


『ひょっとして世界大戦の折に、地獄に降りて大戦の終わりを待っていた悪魔か?』


 サラスィアは腕を治すために青い薔薇をむしゃむしゃ食べながら聞いた。この薔薇は人間だけでなく、悪魔にも効果があるらしい。


『おお〜、詳しいじゃないの。当たり! ビンゴ!』


『当たり前じゃ、お前と同じく大戦が終わるまで飛び続け、時々お前の様子を見に行っていたフレスベルグがお前の事を言い回っていたからな! ワシは今はサラスィアと名乗っているが、ラタトスクじゃ! この名前に聞き覚えはあるか? あるじゃろう?』


 ラタトスクとはニーズヘッグがいた地獄と繋がっていた木の枝をしょっちゅう行き来していた子リスの事だ。


『なぁ〜!!?! お前お前お前! ラタトスクだったのかよ! フレスベルグと俺様を喧嘩させようとして失敗してたあのラタトスク!?』


(※フレスベルグについては、第一章の51話「覚醒」をお読みになると一層「あ、そんな感じね」って分かると思います)


『そうそう! そのラタトスク! 本名バレると色々めんどくさいから名前を変えて、ひっそりとここで【時々人肉を喰らって】暮らして来たんじゃ。まさかニーズヘッグだったとはな! 驚きじゃ。ニーズヘッグならわざわざ争う事もないわ。好きなだけ薔薇を持っていけ』


 さらっと怖い事を言うラタトスク。


『えっ!? いいのか!』


『いいのじゃ! それでフレスベルグと喧嘩させようと画策していた事はチャラにしてくれ。大戦中のワシはどうにかしてたんじゃ』


 ニーズヘッグ(ヴァレリア)は羽根をバタバタさせながら口をとんがらせた。


『ほぇー! せっかく戦闘かと思ったのに戦いもせず平和的解決かよ! 悪魔化して損したぜ!! あっそうだ。せっかく悪魔化したんだ。一発殴らせてくれない?』


『なっ! 何でじゃ!!』


 ボゴォッ!!


『理不尽じゃぁ〜!!』


 ラタトスクは頭を殴られて悶絶している。側にいたゴーレムが心配そうに焦っている。


『まぁまぁ、これでチャラにしてやるよ! 大戦の時に頭がどうかなっちゃうのは俺様も人の事言えねーし! お前もラタトスクって名前で苦労したんだろ! サラスィアでもサスティナブルでも好きに名乗って生活すればいいさ! 俺様たちの目的は元々この《青い薔薇》だったんだから』


 そう言ってボフンと音を立てて、ニーズヘッグは変身を解いた。


「もうニーズヘッグ! 久しぶりだからってはしゃがないでよ! 私の意思も無視して! 今度やったら許しませんからね。今度悪魔化する時はお料理を作る時以外しないですわ!」


『わぁ! 悪かったよヴァーリャ! 殴らないで! 俺様こんなに小さいんだぞ! 可哀想だろ』


「‥‥‥。うーん、言われてみれば可哀想ですわ。しょうがない! ニーズヘッグ! よく魔力を暴走させる事なく平和的に解決しましたね。お利口さん!」


『どぅへへぐへへ俺様お利口さん』


『うーむ‥‥‥』


 頭をさすりながらラタトスクは考えていた。


 大昔、ワシは人間にこの地に追いやられていたのだ。ワシはサラスィアと名前を変え、とにかく目立たないように、体をなるべく小さくして、ワシをこんなところに追いやった人間どもを憎んで過ごしてきたのに‥‥‥


 何故こいつ(ニーズヘッグ)はこんなにも楽しそうなのじゃ‥‥‥


『ほらよ、アデル。目的の青い薔薇だ』


 そう言ってニーズヘッグは青い薔薇をまるで花束のようにしてアデルに差し出した。


「ああ、ああありがとう! ありがとう! 小さなドラゴンの(かた)


 アデルはトゲも気にせず青い薔薇の花束を抱きしめて、案の定トゲに刺されて怪我をしていた。

 アホである。


『堅苦し!「ドラゴンの(かた)」なんて。初めてそんな呼ばれ方したわ! じゃあな〜! ラタトスク、じゃないサラスィア! お前もこんなところで人間を罠にかけて食うなんて悪趣味な事はやめろよな!』


「ありがとうサラスィア! おかげでアデルの妹さんを救えるわ!」


 ニーズヘッグとヴァレリアが二人揃ってサラスィアに手を振った。


「お嬢様大丈夫でしたか!? お怪我は??」


 エリーが慌ててヴァレリアに寄り、ヴァレリアの体のあちこちをチェックする。


「大丈夫よありがとう! レクターもありがとう! あなたのおかげで安心してエリーとアデルを任せる事ができたわ」


 レクターは不思議そうに肩をすくめた。


「俺は何もしてないぜ」


「まぁレクター! 謙遜しないでくださいよ!」


 そう言ってヴァレリアはレクターに抱きつき、頬にキスをした。


「おっと。ヴァーリャからキスとは。嬉しいな」


『こらヴァーリャ! また隙あらばイチャイチャして! 目的も果たしたしさっさと降りるぞ』


 ニーズヘッグに叱られて、ごめんなさいと言うヴァレリア。しかし謝りながらもその表情は柔らかい。


 ヴァーリャ、というのか。あの小娘の名前は。

 ニーズヘッグは羨ましいのう‥‥‥



バトルシーンに入るのかと見せかけて、特に争う事なく解決してしまった。てかニーズヘッグ知り合い多くない?今回はニーズヘッグ、グッジョブ(?)でしたね。

ファンタジーの世界でも、現実でも戦争が起こるとみんな精神的におかしくなりますよね(急に真面目)

アデル君ニーズヘッグの呼び方ワロタ。


ここまでお読みくださってありがとうございました。

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